28.ドワーフ族
「……は?」
冒険者の口から飛び出したのは……“困惑”の言葉。メタル大陸に降り立った彼と二匹のドラゴンは、寝床を探して、どこともしれない道を歩いていたのだが……。
そんな男と女二人の前に姿を現したのは、人間の半分ほどの身長ながらも、筋肉質な体を持つ……“ドワーフ族”。
メタル大陸を居住地として、優れた鍛冶技術をもって、武器や日用品の交易を行う種族。気難しい正確で、どこか職人気質な彼らは、よそ者に対しては厳しい。
……彼らの出会った、このドワーフは例外として、だ。
「……言ったろう。その剣を見せてみろと」
「……それは、“戦え”という意味か?」
ジークは警戒しながら剣の柄に手をかける。その後ろのドラゴン──特にティアマトはそのドワーフ族の男を怪しんでいる様子だ。
だが……それを気にもしていないように……男は三人組へ近づいてきた。
「……ちょっと、貴方──」
ティアマトが剣を抜こうとしたその時──。
「……かわいそうに。こんなにボロくなるまで使いやがって」
……ぽかん、と口を開けるティアマト。彼女の想像では、てっきり何か仕掛けてくるものだと思っていたのだが……現実は、あまりに拍子抜け。
近づいてきたドワーフ族の男は、本当にジークの剣を手に取って眺めている。
「悪いやつではなさそうじゃのう。そうじゃろう? ドワーフ?」
「……好きにしやがれ。オレぇあ、これだけ傷ついた剣をほっとけねぇってだけだ」
そのままドワーフ族の男は──ジークの剣を持ってどこかへ行こうとする。さすがに冒険者はそれを呼び止めた。
「お、おい」
「……ついてこい」
「……え?」
ドワーフは、森へ入る道に立って、三人へ目を配らせた。
「お前の剣、オレが打ち直してやる」
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「罠、ではないでしょうね?」
暗い森の中。木の葉の間から、僅かに陽の光がこぼれる……どこか恐ろしく、どこか神秘的な森を進む一行。
ティアマトは、未だドワーフに対する警戒を解いておらず……指示には従っているものの、いつでも剣を抜く準備はできている。
「悪いが、オレは旅人を追い剥ぐシュミはねェよ」
「……信じろ、と?」
「信じねェなら、好きにしな」
……そこまで言ってティアマトは黙る。バハムートは周りの景色を見てはいるが、ここまで一言も発していない。だが、少女はジークについて行っている。
と、なれば……ティアマトがここから離れる、というのはありえないだろう。
……で。そんなやり取りの後に……ジークが口を開いた。
「なぁ。俺の物を盗んだ割にはずいぶん……ずいぶん余裕そうだな?」
「さして大事にしていない剣を取られた。それで、何かお前に不利益が?」
「……俺がクルを出して買ったやつなんだが」
そこまで言うと……ドワーフは声色を強めて続けた。
「そこまで言うなら、自分の剣ぐらい手入れをするこったな」
……ジークは情けないことに……言い返すことができない。というのも……彼の剣がボロボロであったのは、事実だからだ。
ティアマトとの戦闘の後、刃は欠け、柄との接続部分はぐらぐらと揺れている。
“竜の力”という、用途上想定されていない力をかけたのだから、仕方の無いことではあるが……それでもまぁ、酷い状態ではある。
「妾のように拳で戦えばどうじゃ? 手入れも楽じゃぞ?」
「……冗談で言ってるのか本気か、どっちだ?」
「あら、姉様はいつだって本気ですわよ? 人間には分からないかもしれませんが」
ジークは深いため息を吐く。バハムート一人で手一杯であるのに……それに加えて、めんどくさいドラゴンが一人……いや一匹。
彼女たちを拒絶するわけでは無いが……冒険者が疲れているのも事実だ……と。
「あら……あれが」
ティアマトの視界に……こもれびに照らされた小屋が映った。木造の小屋で、そこまで大きくは無い。
場所からしてもそうだが、誰かが立ち寄っている、といった雰囲気はなさそうだ。
「オレの仕事場だ」
「……お前、武器を打ってるのか?」
「ドワーフに、他に何を望む?」
ドワーフ族の男は、小屋の中へと入っていく。それに付いていくようにして、三人もその中に入っていった。
小屋の中は……殆ど何も無い。かろうじて、一人分の寝床があるぐらいで……他には鍛冶の道具がずらっと並んでいる。
「ここで生活しておるのか?」
道具を興味津々に見るバハムート。ドワーフはそのうちの一つをもって金床の前へ行く。
「武器を打つ以外に興味はねェ。オレに合ってるのさ、この場所は」
「……ほう。面白いのう」
ジークは、部屋の中を……物色している。ティアマトの方は、小屋の出入り口の辺りで壁にもたれかかっていた。
ドワーフの入っていった“鍛冶部屋”の床には、彼が打ったであろう武器がそこら銃に転がっている。だが……“刃”の部分だけで、柄が付いているものは一つも無い。
「……あなた、武器を大切にしているのでは?」
「……こいつらは、忘れねェためさ。オレの腕の未熟さ故に、“武器”になれなかったヤツらをな」
そう言うドワーフ。ドラゴン少女は、その床に転がる刃を手に取ってみた。それはどこからどう見ても……店売りの品に劣らないように見える。
ジークも、少女に近づいてそれを見た。
「……店じゃ見たことのない品質だ」
「当たり前だ。オレの打つ剣は店には並ばない」
「……じゃあ、何のために打つんだ?」
素朴な疑問を、ジークは投げかける。それに対してドワーフが答えたのは──。
「──竜神様の加護を受けた武器を、商人なんぞには渡さん」
“竜”という言葉。そして──“竜神”という聞き慣れない単語。だが──“竜の姉妹”を探す彼らにとって──それは最も重要な情報だった。
「貴方……どこで、“竜”という言葉を?」
「知らないのも無理はない……この大陸は──」
ドワーフは、金槌で刃を打ちながら口を開く。
「──竜の神に、護られてるンだ」




