27.鉄と火の大陸
この世界──ドラゴニアは、広大な海と四つの巨大な大陸から成り立っている。一つは、ヴァリア王国を擁するヴァリア大陸。
他にも、“帝国”と呼ばれる大陸や、“知の街”と呼ばれる大陸がある。つまり、それぞれの大陸には独自の特徴があるということだ。
それは──ティアマト達が降り立ったこの大陸──“メタル”も同じだった。
「……グ……ガ……ァ」
ヴァリアより海を越えて、隣のメタル大陸へと全力で飛行したティアマトは……うめき声のようなことを呟いたかと思うと……。
「……な」
驚嘆するジーク。ティアマトの体が……光の粒子に包まれていき……次第に、冒険者の見知った“人間”の形に戻ってゆく。
疲労からか、少しふらついているバハムートも、人間体へと戻ったティアマトへ駆け寄っていった。
「し、しっかりするのじゃ! ティア!」
ドラゴン少女は、倒れる“ティア”を抱えてそう言う。その姿を見て……ジークは少したじろいだ。
というのも……ティアマトの体は全身傷まみれ。そこら中から血を流しており、“痛々しい”という表現で済むような状態では無い。
もちろん、彼とて竜の姿のティアマトが傷を受ける様子は見ている。しかし……人間の体に戻った際のその体は……あまりに、目を背けたくなるほどボロボロだった。
「……目を……目を、開けよ……妹よっ!」
必死な様子で叫ぶバハムート。その願いが届いたのか──。
「……ふふ」
少女の腕の中に横たわるその女は笑って見せた。だが、誰が見ても“やせ我慢”だと分かる笑みだ。
それでも、彼女が生きていると言うことは伝わる。
「……姉様に求められて……感激ですわ、わたくし」
「……お、お主というヤツは……」
満身創痍の体で目を覚ましながらも、いつもと変わらない調子で少女へ告げるティア。バハムートを心配させまいとした行動なのだろう。
「……あまり、心配をかけさせるでない……お主達」
「……“達”? 姉様? お待ちください」
バハムートも、ティアマトを心配させまいと負けじと彼女を労って見せたのだが……どうやらそれが、あだになったらしい。
ティアは、傷だらけの体でその場から立ち上がり……ジークを指差す。
「姉様? まさか、まさかとは思いますが……わたくしと、あの人間を同列に扱いましたの?」
「……変わらねぇな、お前。本当に」
呆れたようにジークは言う。珍しくあたふたするバハムートの姿を尻目に……男は周囲を見渡した。
幸いにもティアマトは無事だったが……ここが仮に魔物達の支配領域の中だとすると、こんな言葉を交わしている場合じゃない。
あーでもない、こーでもないと言い合うティアマトとバハムートと対照的に、冷静に周囲を観察するジーク。
だが、すぐに、彼の不安は消え、安堵へと変わる。それは……。
「……なるほど」
彼の視界に、あるものが入ったからだ。それは……山。雲を破り、天に届くと言われている……“アイン山”。
その山があるのは……“メタル大陸”ただ一つだからだ。
海の上を飛んできた彼は、ここでようやく、自分がどこへ飛んできたのか理解した。──ドラゴニアを構成する四大陸のひとつ、メタル。
「……あいつ」
安心したからこそ、ジークの脳内には……“アーサー”の顔が浮かぶ。自分たちを逃がすために囮となった騎士団長。
ヴァリアの民を守る使命を全うした……そう考えてもジークは割り切ることができない。
「……いつか、礼を言わないとな」
命の恩人であるアーサーの状況はよく分からない。この大陸で、彼らはそれを探る必要もありそうだ……と。
「……ティア、ゆけるか?」
「……えぇ。ですが少し……休みたいですね」
ジークが見ると、ティアマトについていた傷は先ほどよりは酷くない。この一瞬で傷が治ったのか──そこまで考えて、彼女が竜であったことを男は再度思い出す。
ドラゴンという、あまりにも荒唐無稽な存在。もはやジークは……“竜”という存在を受け入れるほどに感覚が麻痺してしまった。
「……二人とも。陽が落ちるまでにどこかで休もう」
「じゃがのう……。妾とて、この土地のことはよくしらなんだ。闇雲に歩くのは得策ではないのでは無いか?」
「だが……夜になれば魔物が出る。それよりはマシだろ」
そう言って、ジークは歩き出す。ティアマトも、歩ける程度に回復していた。だが……戦闘となると流石に厳しそうだ。
ドラゴン少女はと言うと、“ティア”と手を繋ぎながらジークの横を歩くという器用なことをしていた。
「で、ここはどこなのじゃ?」
「メタル大陸。今のヴァリアに比べたら、平和な所かもな」
「……アリア、か」
ジークの認識では、ヴァリア大陸に強い魔物など居らず、平和そのもの……といった感じだったのだが……それを“アリア”が見事に砕いた。
結果として……ともすれば、ドラゴニアで最も危険な大陸とされそうなほどの状況になってしまった。
「……ティアマト。あいつと面識は無いのか?」
「……いいえ。わたくしも眠る前の記憶が曖昧なので確かなことは言えませんが……記憶には無い顔でしたわよ」
普通に返すティアに、どことなくぎこちなさを感じるジーク。その横を歩くバハムートが口を開く。
「この大陸にもヤツらはおるのか?」
「あぁ」
メタル大陸の、どこともしれない道を歩く三人組。道なき道……ではないが、周囲に構造物も無い、岩に囲まれた場所だ。それだけ……死角も多い。
「……だが……アリアみたいなヤツがいるかは分からないな」
「……そうか」
ドラゴン少女は、そこで会話を終えた。で……バトンタッチをするかのようにティアマトがジークに絡み出す。
女は、冒険者の肩を軽くどついた。
「……それで、姉様とはどういう関係なんです? 人間──いや、ジーク」
「……少なくとも、お前が考えてるような関係じゃない。絶対に」
「あら? それはどういう意味です? わたくしがどういった関係を想像していると?」
冒険者に詰め寄るティアマト。その瞳はまるで暗闇。いや深淵。夜の闇より深い……“人の闇”ならぬ“竜の闇”。
「なぁ、竜娘。この“ドラゴン”は元からこんな感じなのか?」
「うん? そうじゃ。嫉妬深くてかわいいじゃろう?」
「……親馬鹿じゃなくて姉馬鹿だな」
そのバハムートの発した“かわいい”という表現をきき、頬を赤らめて喜ぶティアマト。傍から見れば、まぁ微笑ましい光景ではあるが……“嫉妬”の対象になっているジークからすれば気が気でない状態だ……と。
「……あれは──止まれ、二人とも」
ジークは、突如ドラゴン二匹の前に手を出して、その歩みを止めた。不思議がるバハムートの目線に、ちょうど男の腕がかかっているせいで……少女は前が見えない。
だが、その後ろに居るティアマトは、ジークが何を見つけたのかを察したようで──。
「……」
無言で、背中に携える大剣の柄を握る。だが、その腕に残る生々しい傷は、体が回復していないことを証明するものだ。
……そんな、緊張した空気が流れるなか。“それ”は、三人へ向けて声をかける。
「……オメェ──その剣、見せてみな」
低い身長ながら、渋い声色。……メタル大陸に多い“ドワーフ族”の男が──彼らの前に立ちはだかった。




