23.決戦へと向かう道
港湾都市リーベは、いつも以上に騒がしい。町中から商人達が出払っているのにも関わらず、だ。
都市中に鳴り響くのは、騎士の怒号と、大砲やバリスタなどの大きな武器を運び込む音。その光景は、およそ“自由な街”と呼称されるリーベにふさわしくは無い姿なのだが……。とはいえ、背に腹を変えられない状況であるのも、確かだった。
せっせと“陣地”を築く騎士たち。それを指揮するのは、団長のアーサー。そんな彼と話す影が三つほど。
「俺達も加わっていいのか?」
「えぇ。実力は存じ上げていますし……人手は多いに越したことはない。そうでしょう?」
「……確かにそうだが」
リーベを囲う城壁。その上に立つ、四つの影。アーサーと、冒険者達。竜達は何をしているのかというと、バハムートは下を眺めて驚き、ティアマトは遠くを神妙な面持ちで見ている。
確かに……この二人、竜の姉妹が強力な存在であるというのは確かだ。
だが、ギルドにも所属していないとなれば、その身分を証明する者が何も無い。行ってしまえば……浮浪者のような状態にある。それをジークは危惧していたのだが……。
「それに、です。事情は分からないが、あなた方は“魔物”を知っている。知識だけで無く、もっと深く」
「だったら、何だというのです? ……人間」
いつの間にか話に入ってきていたティアマトがそう言う。少し攻撃的な態度を見せる彼女だったが……それに対して、アーサーが憤るようなことは無く、むしろ温和な態度で、こう返した。
「どうです? ここは、互いに助け合う、というのは。僕たち騎士団のためではない。この街……リーベに住む民の為に」
「……」
ティアマトは腕を組む。今までの態度から察するに、あまり人間が好きでは無いのだろう……つまり騎士団に手を貸すのは気が引ける、ということだ。
そんな“二匹目の竜”へ、ドラゴン少女が歩み寄った。
「納得できぬのならば、妾に手を貸すと考えよ。あいにく……この街が消えて良いとは思わぬのでな」
「……姉様」
バハムートの言葉でようやく納得したのか、ティアマトはアーサーと握手を交わして、すぐにその場を離れていった。
「……面白い方ですね」
「そうじゃろう? なんと言っても妾の妹じゃからのう」
「……その話は後にしろ。……それで、どうするつもりだ?」
ジークは、リーベの城壁から望む景色を見る。街の入り口を守るように、重装を着込んだ兵士が多数配置されており、多くの兵器も同様だ。
だが……“アリア”と“フォル村”を知っている彼にとって、それで十分とは思えなかった。
業火に焼かれる美しい村の姿が、彼の脳内に走馬灯のように蘇る。それに、“魔軍”とやらを率いる、“アリア”の強さも。
果たして──騎士団の武装で、防げるのか……否か。
そんな、ジークの不安がる様子は表には出ていなかったはずなのだが、それを見透かしたかのように、アーサーは冒険者へと語りかける。
「少しは騎士団を信用していただけるとありがたいのですが」
「……悪い。ちょっとな」
見事に、心の中で考えていることを言い当てられたジークは、ばつの悪そうな表情でそう言った。
「こういう時の為に、我々は居るのです。決して、街の住民に手は出させませんよ」
そう、柔からな表情で言ってみせるアーサー。その手は、腰に帯刀している剣に触れている。
騎士団長の持つ剣は、代々特殊なものだ。時に超常的な力を持ち、時に人知を超える能力を与える。
この平和なヴァリアにおいて、騎士団長の剣が鞘に収まっている、というのは、ある意味で平和の象徴でもある。
そんな剣を……ティアマトが興味津々に見ていた。
「気になりますわね。あなたの戦う姿が」
「……そうですか? あまり面白いものではないですよ──っ」
笑いながら男がそう言った瞬間──街にけたたましく鐘の音が鳴り響いた。それが聞こえるやいなや、外を歩いていた者達は、すぐに屋内へと駆け込んでゆく。
ついに──来る。魔物の襲来を知らせる鐘の音を聞いたアーサーは、言葉を交わす暇も無く、城壁から“跳躍”して地面へと降りた。
「……おいおい。めちゃくちゃだな」
「あら? このくらい、姉様とわたくしにもできますわよ?」
ふと、ジークが竜の姉妹達の方を見ると……二人は城壁の縁に立っていた。
「まぁ、あなたは、せいぜい足を使って降りてきなさいな」
ほほほ、と笑ってそのまま下へと“飛ぶ”ティアマト。彼女に抱かれたバハムートも同様だ。
「あいつら……。ったく……いいぜ。“人間様”の底力を見せてやるよ──っ!」
面と向かって煽られたジークは、いきり立って城壁を下っていく。平和そのもののやり取り。まるで──いま、この場所に魔物が向かっているとは感じさせない。
だが──二匹の竜と一人の人間は、すぐに知ることになる。自体はもっと、深刻であったのだと──。
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ザッザッ、という行軍の音。大地は削られ、侵略者が土を汚す。その不快な音は……ついにリーベにまで届いていた。
と、同時に──リーベの城門付近に建てられた要塞。その指揮所に立つアーサーが席を立ち……遠方を見た。
「……来るか」
アーサーの視界に入ったのは……大量の魔物の姿。それこそ、今まで見たことの無いような──大群。
情報によれば、リーベ近郊の海から上陸し、そのまま港湾都市を目指している、という話らしい。
そして──その大群を統べる“影”が一つ。人と同じ姿をしている……“魔物”。額からは角を生やし、尾を持つその魔物は……ただまっすぐに、配下の魔物を引き連れて……リーベへと向かう。
「……伝えてください。戦闘準備」
「……はッ!」
アーサーは、傍らの部下へ伝言を伝えた。すぐに──城壁を守る多くの部隊に、その言葉が伝えられる。
数で言えば数百人規模の騎士。言ってしまえば小さな“軍隊”のようなもの。その中心には、騎士以外の存在もあった。
「震えておるのか」
「……武者震い、ってことにしておいてくれ」
「……負けず嫌いなヤツじゃ」
女二人、男一人。そのうち、背の高い女性は、前線の方へ立っている。
「……魔軍の長、アリア。あなたの首を落とせば──魔物の力は弱まる」
リーベを部隊に、様々な思惑を持つ者達が揃う。魔物。人。竜。全ての役者が揃い……部隊はいま、開演を迎える──。




