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19.失意の中にある望み

 港湾都市リーベ。その上空に広がる鼠色の光景。淀んだ空は“涙”を流し、ヴァリア大陸に雨を降らす。

 街の様子もいつもとは異なり、路上の店はその姿を消し、いつもの賑わいがまるで嘘であるかのように静かな雰囲気が漂っている。


「……」


 そして──そんな場所を歩く男が一人。重い足取りのその“冒険者”は、リーベにある宿へと向かっていた。

 ほどなくして、男は宿へ辿り着き、自分の部屋へと入る。


「……っ」


 そこには、誰の姿も無い。昨日まで“当たり前”であったはずの光景は……今となっては面影すら無い。


「くそっ……」


 男──ジークは自らの拳を握りしめる。彼の頭の中では……ある言葉が反復していた。昨晩、“ティアマト”に言われた言葉。

 “バハムートと共に在るのにふさわしくない”という意味合いの、警告や忠告に近い文言。それを冷たい声色と瞳で言ってのける竜の姿は、ジークの脳裏にはっきりと焼き付いている。

 夜明けまでその場から動けなかった冒険者は、陽が昇ってリーベへと帰ってきた。心のどこかで──もう二度と、バハムートと会えないのでは無いか、と想像をしながら。

 そしてそれは……的中した。──リーベの宿屋に、ドラゴン少女の姿は無かった。


「……俺は」


 ジークは、ベッドへ座り……俯く。


「……なんで俺は……アイツが消えて寂しがってんだよ……」


 消え入るような声で、冒険者が呟く。……だが、その言葉に対して、冗談めいた突っ込みが入ってくることは無い。

 ただ、雨の音が無情に響く。窓から見える景色は……まるで色彩を失っているかのように……霧と雨でモノクロ色になっていた。


 ──と。ジークが外の景色を見るなかで……あるものに気がついた。


「……何だ?」


 窓際に置かれた、一枚の紙。丁寧に折り畳まれているそれを、冒険者はゆっくりと開いていく。

 男の胸の鼓動は次第に早さを増し、紙を開く手は少し震えていた。……そして。


「これ……は」


 その紙に書かれていたのは──。


『すまぬ。 ──バハムート』


 達筆な文字でそう書かれていた。ドラゴン少女の残した……最後の言葉だ。


「なんだよ……それ」


 ジークは……声を震わせながら、そう呟いた。雨音にかき消されそうな……か細い声で。




「……少し冷えるな」


 街道を歩く……ジーク。この道の先にあるのは、“古代村”だ。未だ止まない雨の中、冒険者は村へと歩みを進める。

 バハムートを探すにしろ、ティアマトを探すにしろ、いずれにせよ現状では手がかりが無い状態だ。


 街を出ているのか、あるいはまだ留まっているのかすらも不明。後者であったとしても、“要塞”の異名を持つ港湾都市リーベにおいて人探しをするのは容易なことでは無い。

 だからこそ、ジークは自らの“直感”に頼ることにした。──古代村。彼はこの場所に……“竜”に通じる手がかりがあるのではないか、そう考えている。


「流石に、村人も外には出てなさそうだ」


 街道から遠目に村を見るジーク。以前訪れた際は、農作業などを行う村人が居たものだが、“雨”という気象条件もあり、外に人影は無い。

 ──だが、排他的な村の条件を考慮すれば、今の方が都合が良い──そう考えたジークは、以前訪れた村長の家へ赴く。


 ほどなくして、冒険者は村長の家の前に着いた。以前のように村人に囲まれることも無く、穏便に。男の目の前の家には明かりが点いており、幸いなことに、家主は居るようだ。


「……」


 コンコンッ、という木製の扉をノックする音。そんな突然の来客に驚いたのか──家の中から者が動く音がして……すぐに扉が開いた。


「おや……あなたは」


 そこに現れたのは、ジークが以前見た姿と変わらない容姿の、村長だ。相変わらずと言っては何だが、その優しげな表情は、男の記憶の中と同じ。


「……どうも。久しぶり……ってほどではないですが」

「こちらこそ、ですね。雨の中話すのも何ですし、どうぞお入りになってください」


 家主の誘いだ。断るわけにもいかないだろう──そう考えたジークは、村長の後に続いて家に入り、扉を閉める。

 暖炉の中で薪の焼ける“パチパチ”という音が、彼を出迎えた。どこか冷たい雨音とは違い……胸の奥が少しだけ暖まるような安心感を得られそうだ……と。


「どうぞ、こちらを。少ないですが」

「……これは」


 家に入るなり、村長がジークに手渡したものは……クルだった。小袋の中に入れられたそれは、村長の言葉に反して、冒険者の手に重みを感じさせる。


「あの“人食い竜”を倒していただいたお礼です。騎士の方々にはしたのですが……あなたにはまだでしたよね」

「……受け取れない……とは言えないな」


 そう言って、ジークは腰の小さな鞄にそれを入れた。そして……ひとしきり会話が終わったあと、重い腰を上げて口を開く。


「今日ここに来たのは……聞きたいことがあるからなんだ」

「おや? こんな老婆に何か質問が?」

「……“竜”絡み……で少し」


 そこまで言うと……村の長は真剣な眼差しでうなづいて……暖炉の前にある椅子へと座る。ジークも同様に、彼女の向かい側の椅子へと腰をかけた。


「なぜあなたが、とは言いません。かの存在を連れて現れた時から……何となく分かっていましたから」

「……それは……あの竜娘のことか?」

「えぇ。彼女は正真正銘、あの“バハムート”なのです。……あなたが信じられないのも、理解はしていますよ」


 女性は、そこまで言って、壁に掛けられた絵を見る。それは……青色と白色で描かれた背景という“空”に……ある“竜”の姿が描かれているものだった。

 それだけ見れば、どこにでも飾られている絵画だ。だが、村長の家に在る者は、どこか竜の姿が異なっている。


 鋭い爪を持った四肢。直立する巨体。空を覆いつくすほどの巨大な翼。頭から生える一対の巨大な角。そんな特徴的な姿。


「ティアマト様に、会われたのでしょう」

「……それは」

「あの方は“姉”たるバハムート様を探しておられた。出会うのは必然……避けることのできない事象でした」


 と……。そこまで村長が言うと、ジークの頭の中にはある“疑問”が浮かんだ。それは純粋で、単純で、この場に居合わせた者ならば、誰であろうと感じること。


「一体あなたは──何者……なんだ」

「……」


 村長は黙り……しばらくの間、薪の燃える音のみが、二人の間に流れた。そして──。


「私は──巫女。竜信仰を守る者で──かつては“クリエムヒルト”の家系に仕える家筋でした」


 そんな村の長の言葉を聞いて──冒険者の思考は一瞬だけ停止する。巫女。竜信仰。“クリエムヒルト”。

 聞いたことも無い言葉が次々と出てきて……彼の頭は混乱している。


 しかし一方で──男はこうも感じていた。ようやく、ようやく──“竜”について知ることができる。これで──“竜娘”に近づくことができるのだと。

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