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109.竜のあしあと──エピローグ

「……寒い」


 ──冒険者の朝は早い。何を生業にしていようとも──彼らが目を覚ますのは、いつも早朝だ。それは依頼を早く取るためかもしれない。あるいは、準備に時間がかかるためかもしれない。


 いずれにせよ──。


「……今日はあの日か……」


 この冒険者──ジークの脳内に浮かんでいる理由はどれも違う。男が陽も昇りきらない時間に目を覚ましたのは……。


 冒険者ギルドが──閉鎖されるためだ。



「……はぁ」


 息を吐く冒険者。ジークのため息は空気中で白い霧となって……どこかへ消えていく。思わず体が凍えてしまいそうなほどに、冷たい風が王都ヴァリアに流れていた。


 そんな王都には、早朝にもかかわらず……ジークと同様に外を歩く人影が大量に見受けられる。そのどれもが……いかにも冒険者らしい服装をしていた。

 もちろん……彼らが目指すところはひとつ──自分たちの仕事を斡旋していた……冒険者ギルドであろう。


「……おいおい」


 肩を落とすジーク。彼はギルドの中が人で埋め尽くされている様子を見て……思わず肩を落とした。

 採取の依頼で頻繁に“ここ”へ足を運んでいたジークですら……これほど人でごった返している様子は見たことが無い。


 ぶつぶつ言いながらも……ジークは溢れんばかりの人の中へと入っていった。押して押されの攻防の末……冒険者は何とか……一番前まで移動する。


 ギルドの職員達は大忙しだ。ジークの前に置かれている掲示板……の裏では、カウンターで受付業務をしていた者達が……忙しなく右へ左へと走り回っている。


「──えー、みなさん」


 ……と。あらゆる声が折り重なった“雑音”の中に……ひときわ力強い声が駆け抜ける。

 冒険者達はざわつくのを止め……その声のした場所……掲示板の置かれた方向を見た。


 ごほん、という咳払いと共に、掲示板の裏から現れたのは……。


「僕──新生騎士団のアーサーから、一つお話がございます」


 豪華な甲冑に、煌びやかな髪飾り。いかにも……“騎士らしい”風貌をした中性的な男……アーサーの姿だ。

 わざわざ“騎士団長”が出向いてきたことで……一部の冒険者達は並々ならぬ空気を感じ取っていた。


「世界から魔物が根絶されて──しばらくの時が経ちました。ゆえに──」


 そこまで言って、アーサーは一枚の紙を手にして……掲示板に貼り付ける。そこには……大きな文字でこう書かれていた。


「冒険者ギルドの役目が終わったものと判断し──ここを閉鎖することとしました」


 淡々と言ってのけるアーサー。その騎士団長を見ている冒険者達は……当然、取り乱していた。


「……ここで言うかね、まったく」


 対してジークは落ち着いている。というのも……彼にとって、この“時”がいずれ訪れることは予想していたことだったからだ。


 滅びの竜──アジ・ダハーカの消滅。そして……エリュシオンの死。再び舞い戻った竜達の“力”によって……既に魔物は絶滅寸前。


 “魔物”の存在を前提に作られたこの冒険者ギルドが……いずれ役目を終えることは誰の目にも明らかであった。ただ……とはいえ、心の準備が出来ている……という者は少なかったようで。


 ただ──アーサーも、無策でこの報せを流した訳では無かったようで……再び騎士団長は、冒険者達へ語りかける。


「……あなた方が職を失うことは理解しています。ですから──」


 再度、アーサーは懐から紙を取り出した。それを……周囲に見せるようにして掲げる。


「あなた方を──騎士として迎え入れましょう。分け隔て無く、ね」


 その騎士団長の言葉によって……冒険者達の怒りの声は……喜びの声に変わっていった。

 すぐに……裏から数名の騎士によって長机が運ばれてきて……“騎士”の採用が始まる。


 冒険者達が成した列は、もはやギルドの外まで伸びている。

 

 もともと、ヴァリア騎士団の数は多くは無い。それでいて……“竜もどき”との戦闘では少なくは無い死人を出した。

 これは……騎士団にとっても冒険者にとっても……ほぼ損失の無い話だろう。


「……」


 そんな中で……ジークは“騎士待ち”の列に並ばず……ギルドを離れる。周りの冒険者に訝しげな視線を向けられながらも……その“冒険者”は王都へと戻っていく。


「おや──お久しぶりですね」


 人気の無い路地に入ったジーク。だが……その目の前には……アーサーの姿があった。“騎士団長”は……甲冑を身につけながらも、レンガ造りの“壁”に背を任せている。


「……おいおい、待ち伏せか?」

「はは、まさか。偶然ですよ。“英雄”さん?」

「……やれやれ、だな」


 “英雄”。これ以上ないほどの賞賛の言葉に……ジークは何故かため息で返す。


「……“アレ”、調べたのか? 随分と早いが」

「えぇ。かの英雄……“ジークフリート”。ようやく見当が付きましたよ。骨は折れましたが」


 アーサーは、腕を組みながらもたれかかる姿勢のまま……ジークへ口を開く。


「かつて──人と竜の間に入って……その友好関係を構築した人物。それが……」

「ジークフリートだと?」

「それと、バハムートさんです」


 バハムート。アジ・ダハーカの触媒から解放され……“死ぬことができた”竜。


「……そうかい。ありがとよ」

「おや、あまり驚きはしないのですね。僕だったら、それこそ慟哭していますよ」

「……まぁな。だが……」


 ジークは、笑みを見せながらアーサーへ言葉を投げかける。


「遠いご先祖様が竜と関わっていたなら、面白いとは思うね」


 そのまま──ジークはアーサーの前を通り過ぎるようにして歩いて行く。騎士団長は、例の“紙”を取り出した。


「あなたに“騎士”になっていただけると、助かるのですが」

「あいにく、一生分は働いたし……“転職”は考えていないからな」


 ジークは去り際に手を振りつつ……アーサーと別れる。


「はは、それもそうですね」


 冒険者と騎士団長。奇妙な縁は……今も続いているし、それはこれからも変わらないだろう。

 戦いが終わっても……彼らは“友人”だ。



 ジークは──再び“宿”へ帰ってきた。脳内に暖かなベッドを恋い焦がれながら……冒険者は足を踏み入れる。

 内装は至って普通の宿……といったところ。何か特別、高級というわけでもない。


「──良い朝じゃの、ジーク」


 宿へ帰ってきた冒険者に……少女が話しかけてきた。赤色の神。橙色の瞳。子供のような背丈をしていて……そして、ジークのよく知っている“少女”。


「起きてたのか──竜娘(りゅうむすめ)

「無論じゃ。姉たるもの、常に手本となる生活を心がけねばならぬからの」

「……そりゃご苦労なことだ」


 冒険者と“バハムート”が立ち話をしていると……次々と人影が現れる。


「ごきげんよう、姉様」


 バハムートには過剰に頭を下げ……ジークを一瞥するだけの……ティアマト。


「おはよう、バハムート姉さん」

「……おはよう、お姉ちゃん」


 中性的な“性別不詳”の短髪姿と、引っ込み思案な少女の姿……“ファフニール”。


「……姉貴か」


 不機嫌そうな表情で告げるのは……リヴァイアサン。


 竜の姉妹(ドラゴン・シスター)達は……全員この場所へ、正確には“姉”の元へ集っていた。かつてと、同じ様子のままで。


 違う所と言えば、身につけているものだ。ティアマトはいつもの“大剣”を背負っておらず……ファフニールやリヴァイアサンも、武器を携帯してはいない。

 それどころか……みな、給仕姿をしている。以前では……とても考えることの出来ない光景が、そこには広がっていた。


「本当にいいのか、バハムート」

「何がじゃ」


 ジークと少女は……カウンターの端っこで、竜の姉妹(ドラゴン・シスター)達の動きを見ながら言葉を交わす。


「魔物は消え……世界は平和になった。わらわ達も……平和な世界で生きてみたいと思っての」

「……だからと言って……なぁ」


 ジークは……宿屋の壁に掛けられた……一枚の額縁を見る。その中には……達筆な字で──“竜の宿屋”と書かれていた。 


「何じゃ? 良いではないか。なにしろ……竜が働いておる宿屋じゃぞ? それだけで足を運ぶ者も大勢おろう」

「いや、それは客に言ってはいないけどな。まぁ……“竜”って言葉に御利益があるってのは否定しないが」


 世界の危機を救ったのは竜だ──あの戦いに参加した兵士達が、それぞれの国で“竜”のことを話したことで……今やドラゴニアでは“竜”が神のような扱いを受けている。……というのもあり。

「おぬしとて、わらわ達と離れることが無くなり……嬉しいのであろう?」

「……」


 ジークは思う。図星だ。ニヤニヤしながら見る少女が示すように……その“うれしさ”はもはや顔に出てしまっている。


 竜達は……脅威の消滅を知り……この世界で生きていくことを選択した。とはいえ、再び眠りに就く……そんな選択肢も、彼女たちにはあったのだ。


「……さてな」

「照れ隠しかの? かわいいやつめが」

「……ほら、早く行くぞ」


 バハムート達は──竜は──平和になったドラゴニアの姿を見た。かつて……戦争で荒んでいた頃とは異なる……豊かで、満たされたドラゴニアを。


 竜は思った。思ってしまった。この世界を──もっと見ていたい。この世界で、生きてみたい。この世界を──感じていたいと。


「のう、ジーク」

「……何だよ、急に」


 宿屋に差し込む、まぶしく、暖かな光。その光の中で……竜娘と、ジークの手が触れあう。人間と……竜の思いが交わる。


 赤く染まる、竜の頬。たなびく赤髪が、冒険者の顔を撫でた。

 竜と人間の高鳴る鼓動が、シンクロする。


「──ふふっ、なんでもないのじゃ」


 ──宿屋のドアが開く、ガチャリという音。それは日常が訪れる合図。彼らの日常が──そのあしあとが……続いてく。どこまでも──。


 ──竜の恋が、続く限り。

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