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105.その日、竜は恋を知った

「……難儀なものじゃのう、お主の生とやらは」

『よもや……お前のような娘に同情される日が来るとは思わなかったが』


 竜の記憶の残滓の中で──少女がフォル村の“贄”となってから既に数日が経っていた。

 苔だらけの石造りの遺跡の中には何も無い。ゆえに……通常の人間ならば来るって終わりだろう……が。


「そう悲観することもなかろう? お主の話はなかなか興味深いぞ? そういう話を聞くのは嫌いではない」

『……勝手にするがいい』


 少女は祭壇に腰掛け……四六時中座りながら……“竜”と会話している。傍から見れば……赤色の髪の少女が独り言を言っているようにしか見えないものの、しかし確実に……彼女は竜の声を耳にしている。


「……まったく──退屈じゃのう」


 そう言って……少女は近くに転がっていた石ころを持って……祭壇を奉る部屋の壁へと投げた。 その石ころは──風を切る音と共に壁に当たり……石造りの堅牢な造りに……傷を付けた。


『……何故だ』

「何がじゃ」


 石を投げる少女の脳内に響く、竜の声。


『……竜の力を宿したというのに……なぜこの状況から脱しようとしない』


 竜は、少女の行動が理解できなかった。今まで、どの“贄”も自力では耐えられなかった“竜の力”を──少女は自らの力でものにしてみせたのだ。


 だが……それ以上に──バハムートにとって理解しがたいのは……少女の行動だった。いや──少女だけでは無い。

 今までの贄も──竜の力を貸されながらも……誰もが──この“祭壇”から逃げようとはしなかったのだ。


「……なんでじゃと思う? おぬしは」

『……さてな。人の考えることなど分からぬよ』「……そうじゃのう……」


 古風な装束に身を包んだままの少女は……手のひらの中で意思を転がし始めた。そのまま……華奢な体の少女は、冷たく閉じられた“天井”を見る。


「おぬし、どこから来たのじゃ?」

『……聞いているのは余だ』

「よいではないか。些細なことじゃ。して──どこから来たのじゃ?」


 バハムートは……竜でありながら、器用にため息をつく。ただ……答えること自体が嫌では無かったようで……その証拠に、竜は少女の問いに答えた。


『余はかつて──ドラゴニアの“心臓”で生まれた。しかし……すでに故郷は海に沈み、そこに残るのは一つの島だけだ』

「帰りたいとは思わぬのか?」

『……余にはやらなければならぬことがある。それまでは帰れぬよ。そこが例え、海の中であろうと』


 少女は深呼吸をして……自分の手を見る。そのまま……少女は懐から、水晶で作られた……美しい結晶を取り出した。

 その水滴の形をしている結晶には、様々な色の水晶が使われており……多数の色が折り重なるその上部には、紐を通す為の小さな穴が空いている。


『……それは何だ』

「ただの細工じゃ。村の者が餞別にとな。まったく──巫女になるのも悪くないのう。くく」


 どこか大人びている少女でも、笑い方は年相応だ。……だが、その態度が、よりいっそうバハムートの懐疑心をかき立てる。


『……なぜお前達は、悲しまない?』

「そりゃ、おぬし、わらわは贄の──」

『そうではない──』


 ここに竜の姿はない。しかし──その声色は明間取り乱している様子だった。少女の脳内に響く声の勢いが、先ほどよりも強くなる。


『ここに──竜など居ない。お前達に恵みを与える存在なども居ない。ただ居るのは、この遺跡の下で眠る……愚かな存在だけだ……!』

「……」

『分かっているのだろう──生け贄などまやかしだッ! 余は……お前達の信じるような……存在では……ないのだ』


 バハムートの荒い呼吸が……少女の聴覚にこだまする。

 ──罪。バハムートが“親切”で行った行為が……今や“生け贄”を生み出す遠因となっている。おまけに……選ばれた“贄”は脱出することはおろか……この遺跡の中で死んでいく。まるで──竜に自らの罪を自覚させるように。


 投げ捨てるようなバハムートの言葉。しかし……それを聞いてもなお、少女の様子が変わることは無かった。


「わらわは、の──フォル村が好きじゃ。小さい村で何も無いうえ、畑仕事しかやることがないつまらぬ場所じゃ」


 少女は……手のひらの中にある“雫”の形をした結晶を掲げて……目でその中を覗いた。


「じゃが……わらわは、あの場所を嫌いになることなどできぬ。この贄に……“巫女”の任に意味が無かったとしても──」


 結晶に通された紐が、赤色の髪を翻しながら……少女の首に掛けられた。


「わらわは、フォル村のみなを安心させるためならば……この命すら惜しくない。これがわらわの──故郷への思いじゃ」

『……お前は……』


 竜は、少女の言葉に圧倒された。フォル村の人間は、今も竜による恵みを信じている。そこで……差し出した巫女が帰ってきたとなれば──当然村人達は不安に思うだろう。


 バハムートは──かの戦いの中で、様々なものを見てきた。それは人間も、例外では無い。

 だが……竜にとって、人間などさして価値のない存在だ。魔道士という敵が居たからこそ……人と手を組んだにすぎない。


「これでもわらわは面倒見が良い方でな? おぬしが寂しく眠らぬように傍に居てやるわ。くくく」


 竜は悟った。この少女は……運命さだめを受け入れている。竜の中ではその姿が──自ら滅ぶ定めを受け入れたかつての同族達と……重なった──重なってしまった。


『……強いな、お前は』

「ふふん、今ごろ気づきおったか。おぬしには見る目があるのう」

『……まったく、だ』


 バハムートは……笑った。自らの罪が許されたわけでは無い。しかしそれでも──少女との会話が……竜の中にあった冷たい心を……溶かしていく。


「……まず、そうじゃなぁ。おぬしが目を覚ましたらフォル村を案内してやろう。きっと気に入るじゃろうて」

『……では……余も誓おう。いつか必ず──どの時代にあろうと……お前の元へ飛んで行こう』


 少女の声が、遺跡の中に反響していく。重苦しい空気が、甲高くも柔らかい声で、和らいでいく。

『余はバハムート。お前の──汝の名は──』


 少女はにこりと笑って……こう、告げた。


「わらわは──クリエムヒルト。竜の騎士──ジーク・フリートの血を継ぐ──ジーク・クリエムヒルトじゃ!」



 ──竜の記憶の残滓がおぼろげになっていく。全ての光景が消えていくなかで──。


 しかし──“クリエムヒルト”へ手を伸ばす──冒険者ジークの腕は──虚空を掴むだけであった。

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