第1話 綾凪高校
四月六日、僕がこの春から通うことになる綾凪高校の入学式の日である。外ではまだ少し冷たい風が桜を揺らしていることであろう。
そんなこの上ない入学式日和の今日この頃、僕はシロワニを見上げていた。
「お前、入学初日からズル休みとかやるな」
四月八日月曜日。僕は周りより二日遅く1年C組の自席についた。
「ズル休みじゃない、本当に頭が痛かったんだ」
かれこれ10年近い付き合いとなる幼馴染みの馬鹿にはバレていたようだが、ここは認めないでおく。
「どうせまた水族館行ってただろ〜?誤魔化しても無駄だぜ。この芦部奏、お前の事は全てお見通しだ」
「気色の悪い。大体にして土曜日に入学式なんか開催してるこの学校がおかしいだろ」
「そうは言ってもこれから土曜だって登校日だぜ?」
そうなのである。この綾凪高校は私立のそれなりの進学校であるらしく、午前授業の土曜日含む週六登校なのだ。
「毎週土曜が授業だなんて聞いてたらこんな高校来てなかったんだがな」
「この学校結構ハードなことで有名だっただろ。もしかして俺を追いかけて来ちゃったのか…?いやーんてれるー!」
心底不快なジョークをかます親友はさておき、僕がこの高校に来た理由は他ならない。
「近郊4箇所の水族館に30分以内に行くことが出来るんだよ」
「は?」
「ほら、この学校の終業は15時半だろ?30分以内に水族館に行くことが出来れば、放課後の閉館までの1~2時間は水族館で毎日過ごすことができるんだ」
「え?」
「何?」
「いやだって…ここ県内五本の指には入る学費してるぞ?そんな理由で...」
「払うのは俺じゃないからな。父さんが良いって言ってることを子供が気にするのもおかしいだろ」
「いやいやそれもそうだけど...いやいやいや.....」
世間と感覚がズレている、という自覚はある。だが、別に進学先を選ぶ理由くらいズレていても問題は無いだろう。
「席ついてますか〜?ホームルーム始めますよ」
白衣を着た少しちまっとした先生が教室に入ってきた。声から察するに入学式の日にプチ説教をかましてきた担任はこの人だろう。わりかし可愛い感じで歳の近そうな先生だ。これはアタリというやつだろう。
「お、今日は来てくれたんですね。良かった良かった」
その先生は、僕を見つけて優しそうな目で話しかけてきた。
「初めまして。担任の氷下舞です」
「は、初めまして…」
あまりに真っ直ぐ目を見て名乗るもんだから少々言葉に詰まってしまった。恥ずかしい。
「一昨日顔合わせた時にもうみんな自己紹介は終えてるので、ホームルームの前にお願いしてもいいですか?」
そうか、そういえば自己紹介があるんだった。忘れてた。……つまり僕はみんなの名前を知らない状態でスタートらしい。不覚。
「えーっと。桜川中学から来ました。乙戸静です。中学の時は普通に苗字で呼んでもらっていました。」
「趣味と特技は?」
「趣味は水族館巡りで、特技はイラストを描くことです。よろしくお願いします」
約束された拍手が飛んでくる。もう何度目にもなるが自己紹介というのは形容しがたい苦手意識がある。
「はい、よろしくお願いします。これ一昨日みんなにはもう配った入部届ね。」
「入部届?」
この高校を選んだ理由が根底から覆される、そんな返答が返ってきた。
「うん、うちの学校全員部活動には所属してもらうんです」
「えええええええええええええ(以下略)」
「そんなに落ち込むなって。水族館は休みの日に行けばいいだろ?」
「嫌だ」
「そんなこと言ってても仕方ないだろう?」
「嫌だ」
「その歳でイヤイヤ期かよ。うちの学校色んな部活あるらしいし意外といい部活あるかもしれないぜ?」
「例えば?」
「黒魔術同好会とかあるらしい」
確実に来る学校を間違えてしまった...。
「奏はどこ入るんだよ」
「俺は中学のままサッカー部だよ」
じゃあ僕も中学のまま帰宅部が良い。いっそ黒魔術同好会にでも入ろうか。
「まあなんか部活と同好会のリストとかありそうじゃね?先生に貰ってきたら〜?」
一理ある。この際仕方ないからめちゃくちゃ楽で放課後を圧迫しない部活動を探すしかない。最悪週一くらいは我慢しよう。
「失礼します。1年C組乙戸です。氷下先生はいらっしゃいますか」
入学二日、登校初日にして職員室に来ることになるとは思わなんだ。
「おー、乙戸君いい所に来ましたね。先生からも話があったんですよ」
「話?」
「私が顧問を担当しているんだけれど、水族館同好会に入らないかい?」
いくらなんでも都合の良すぎる提案を、氷下先生は得意そうに笑って投げかけてきた。