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家族会議

 

 フェイエルフォード家の在するライツェガング帝国にも国立の学院は存在し、カーリンはヨハンと共に入学予定であった。カーリンもこのことは承知のはずであり、そのための準備もすでに始まっている。

 にも拘らず、この娘は隣国へ留学すると宣っているのである。


「見ず知らずの人間には絶対に付いていくなと散々に伝えていたと思いますが、その約束も反故にしたうえ・・・”少し家を空けた”などと簡単に。誰にも何も言わず3カ月もの期間行方をくらませておいて、よくそんなことが言えますね!そのうえ、隣国の学院への入学資格を得た?姉さんは、俺たちを何だと思ってるんですか」


 喋りながら、だんだんと押さえきれなくなった感情が、ヨハンの語気を強くする。強く握りしめた拳を机に叩きつけたヨハンの声は震え、表情は怒りと悲しみで歪んでいた。


 急な打撃音に、ピャッと小さく跳ねたカーリンは、そっと自身の胸の上に手を当てた。現時点でカーリンにはそこまで怒られる理由に心当たりが付かないでいた。


「ヨハンの言うとおりだ。お前の興味への探求心は素晴らしい事ではあるが、これは話が違う。カーリン。お前の今話したことは私たち家族への裏切り、それに止まらず王族への冒涜だと、そう自覚しているか」


 その真剣な顔は、父というよりは爵位を持った一人の大人としての表情であった。


「お父様・・・?」


 父の放つ重圧に狼狽える。

 カーリンはそこまでを想像していなかった。むしろ喜んでくれるとまで考えていた。ガルガトシュ学術院は、それほどに研究者が一度は夢見る場所であり、世間からも認められる教育機関である。


「お前の入学は、通常であれば2年前までに済まさねばならぬところを、無理を言ってヨハンの進級と同時にしてもらったのだ。社交界デビューも、全て同様の措置を取っている。あの状態のお前を一人学園に出すことが難しかったとはいえ、ヨハンと一緒ならと2年の条件をのんだのは、他でもないカーリン、お前自身のはずだ。わかるな」


 ライツェガング帝国では、貴族の場合12歳から国立の学園に入れることが通例である。王都に住む貴族は通学の形をとるものもいるが、それ以外は寮生活となる。それまでの学習は各家で行われ、子どもの存在を公に出すことは殆ど無い。精々、親しい家紋同士での交流がささやかに行われる程度である。

『貴族』という人脈こそが物を言う世界において、12歳から学舎に入ることは勉強以外の価値を持ち、それはもちろん入学する者全てが心得ていることである。

 そして、15歳での社交界デビューは通例ではなく”義務”。それを2年もの期間、猶予を与えていただいていたのだ。


「私・・・いえ、お父様のおっしゃる通りです。学院には、入学辞退の申し出を、して、おきます」


 正直、本当に入学辞退の書類を自分で提出できるかは不明だと感じている。自分がそういう不誠実な面があることは自覚しているし、この入学に対する思いを押さえられる自信もないからだ。

 それでも、この件に関してはそれも許されないだろうことは明白である。王家との約束はそれだけの重みがあることは、疎いカーリンにも理解はできた。

 取り決めを忘れ入学資格を得てしまったこと自体、許されるか怪しいのだ。


「その判断は正しいだろうな。ただ、お前にそれができるとも思っていない。この一件は私が動く。カーリンはしばらく自室で謹慎とし、その間の研究やそれに準する行為を禁止とする」


 父としても一家の長としても正しい判断である。ヨハンや母、家令らも、さもありなんといった風に頷いている。

 しかし、カーリンにとっては死刑宣告のようなものである。見開かれた瞳には、動揺と絶望の色が見えた。


「っそれは、せめて読書は、許されるのでしょう?」


 揺れる目には、縋り付くような必死さが見て取れる。

 けれどその願いは否定される。


「いいや、お前の読書は研究と大差ないだろう。ロマンス小説やマナーの本を読むなら、止めはしないがな」


 カーリンは全身の力が抜けたように机に突っ伏した。

 せめて薬草図鑑でも許してもらえたなら、この喪失感の髪の毛一本でも慰められたろうに。


「それなら、この機会に遅れている淑女教育を叩き込みますわ。ディニタ、問題なくって?」


 それは有無を言わさぬ母の言葉である。

 父であるディニタ・フェイエルフォードは、母であるスプリビアの尻に敷かれているところがあり、この声の母に逆らうことはまず無い。


「構わない。カーリンもこの春にはデビュタントだ。最低限のマナーができなければ、困るのは本人だからな」

「聞きましたね。私の合格が出るまでは、あなたの謹慎は解けぬものと思いなさい。いいですね」


 カーリンは絶望した。己の招いた結果だが、神を恨む心持ちである。

 勉学こそ問題なく習得できたが、マナーやダンスなどのまるで興味の無い分野にはからっきしなのだ。本当に。食事などの生活に密接する部分は最低限問題ないが、パーティーなどのマナーとなると、未だにそこらの貴族の10歳にも劣るレベルだと自信を持って言える。


 母であるスプリビアのマナー教育は、それは厳しく妥協を許さない。子どもの頃はそれが苦痛で仕方が無かった。ここ2年は、週に1度決まった時間を教育に当て無理のないペースで進めてきた。それが、今回のことで集中して行われることになるのだろう。


 子どもの頃も、授業を抜け出したりサボったわけではない。そんなことをすれば、どんな罰があるのか想像しただけでも恐ろしい。ただ、進みが極端に遅く、頑張りに結果が付いてこなかっただけなのだ。


「なんですその態度は。今回ばかりはしっかりと、きっちりと、身に付けてもらいますからね。あなたの不出来がヨハンにも影響するのです。何も完璧など求めていないわ。最低限のマナーくらい気張りなさいな」


 口元には笑みを、目には圧を。お手本のような貴族淑女である。

 ヨハンが生まれてから幾度と言われ続けている”姉の不出来は弟に”という言葉。それを出されると、カーリンには是という答えしか残されない。なんて言ったって、可愛い弟なのだ。

 それに、子どもの頃に求められたレベルではない。カーリンにできる最高の”最低限のマナー”を身に付けろと言われているのだ。これが、母なりに出した答えであることは理解できている。


「分かってますわ、お母さま。ただ、楽しみがないとできないことも分かっておいででしょう?」

「だからと言って研究も読書も許可はできないことに変わりはないわ。そうね、レッスンの後には、あなたの好きな菓子をなんでも一つ用意しましょう。それから、合格と認められるレベルに達したのなら、前に言っていた本を一冊だけ、買って差し上げます」


「どうかしら?」と目をよこす。

 カーリンは”食事の全てが甘味なら食べるのに”と思う程度には甘党である。ここしばらくは研究とそれに伴う体調不良で甘味が禁止されていたこともあり、この提案はカーリンにとって素晴らしく感じられた。そのうえ、以前「流石に高額過ぎる」と断られた本までついてくるという。どれだけ嫌だろうと、終わりのある苦痛など飲み込める条件だ。


「まさか、本当に?後から取り消しなんて無しよ。あっと驚くくらい直ぐに終わらせてみせるわ」


 シャキッと背筋を伸ばしてそう宣言すると、スプリビアは「期待しているわね」と笑顔で返した。


「では、話は以上だ。食事が冷めてしまったが、久しぶりの家族全員での食事だ。カーリンは果物だけでも食べていきなさい」


 父であるディニタの言葉で、食事が再開される。

 カーリンの前には、食べやすい果物がいくつか用意された。

 久しぶりの家族そろっての食事は、カーリンのマナー教育と姉弟のデビュタントが話題の中心に上がり、カーリンにとっては耳が痛い時間となるのであった。


更新がお幅に遅れ申し訳なく思います。

やっと父母の名前が決まりましたね。ネーミングって難しい。


※2ページの文章を少しだけ訂正しています。

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