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郵便の中身

 

「ねえ、リリー。この服、動きにくいのよ。違うものにしてもいいかしら?」

「お嬢様、これで動きにくいとおっしゃるなら、いったい何をお召しになるというのですか。お嬢様の為に誂えた特注品でございますよ」


 カーリンは、自身が身にまとう装飾のリボン一つない、”ドレスの型をそのまま縫いました”と言った方が近いだろう新緑を指さして問うた。

 カーリンのためだけに誂えられたこの品は、家族だけでなく、側使えやメイドをも巻き込んだ攻防の末に、両者の妥協案として採用されたものである。

 それでも、ドレスの中に着るコルセットやパニエ、クリノリンといったものだけはどうしても外すことを許されず、カーリンはそれが不服で、何とか自身の希望を通そうと時折このように問うのだった。

 外の装飾は、上から被せたり宝飾類でごまかすことで、急な来客にも対応できるだろうという、貴族としてギリギリの攻防であった。


「さあさあ、お嬢様。旦那様や奥様がお待ちですから、どうかお急ぎあそばしてくださいな」


 リリーと呼ばれた侍女は、澄んだブルーの瞳と涼し気な目元が冷たい印象を与える、実に仕事のできる壮年の女性だ。彼女の艶やかな黒に近い濃紺の髪はひとつにまとめられ、一層厳しさを感じさせた。

 リリーはカーリンを緩やかに誘導し、まんまと部屋から連れ出すことに成功したが、カーリンの足取りはなお遅い。


「ねえリリー」

「さ、もうすぐそこですよ。無駄なあがきはおよしください」

「まだ何も言ってないのに」


 むっと唇を突き出す様は、齢17になるとは思えない幼さがあった。カーリンは、掃除の行き届いた廊下を、陽光と影の淵を見ながらなるべくゆっくりと歩くことで、細やかな拒絶を示した。

 武に重きを置く辺境伯邸と言っても、生活の場はいたって普通なもので、王都の邸に比べると少々無骨な印象はあるが、現辺境伯婦人の下、趣味の良い調度品や草花の配置でそれは目立たぬものとなっている。そうした屋敷に指す陽光を、カーリンは殊の外気に入っていた。


「そういえば、私に郵便は来ていなかった?」


 カーリンは思い出したようにリリーを振り返った。


「郵便でしたらいくつか預かっておりますが、一つ気になるものがございましたので、旦那様にお待ちするよう指示しております」


 途端、カーリンは走り出した。それがカーリンの求めているものであるなら、自身が一番に確認したかったためだ。

 もちろん、一番に両親に見られたとしたら、少し面倒だと思っているのもあるが。


「リリー、私先に行くわね!」


 辛うじてその声を認識したころには、すでにカーリンの姿は見えなかった。

 リリーは、その涼しげな目元を覆い隠しため息を吐く。そうして、廊下は走りませんよお嬢様、なんて声を張り上げてすでに見えない背中を追うのであった。

 悲しいかな。これがカーリン付き侍女になってからの日常なのである。


 --------------


「私の郵便はどこに?!」


 バンッ、と開かれた扉が早いか、カーリンの叫びが早いかは判断がつかなかった。

 整えられた髪は乱れ、途切れた息と火照った頬がどれほど急いできたのかを思わせる。


「カーリン、はしたないぞ」

「お父様、私の郵便、郵便はどこですの?」

「落ち着け。まずは座りなさい。そのことは後だ」

「もしかして、もう開けてしまわれた?」


 低く重みのあるバスが唸った。

 カーリンと同じ茶色の持ち主で、顔つきは厳しく、切れ長の目が一層重圧的である。顔や首、腕に見える傷跡が、彼のこれまでの人生を物語っていた。

 しかし、そんな男もこの場では1人の父親でしかなく、今見せている顔は正しく父親のものである。


「まだだ。まだだから、落ち着きなさい」

「姉さん、まずは座ったらどうですか」


 カーリンは、バスとそれより幾分高い二つの声に促され、ガタンガタンと音を立てながら自身の席に着いた。

 居間には、父母弟の3人が既に着席していた。そして何故か、普段は執務室にいることの多い家令、父付きの執事、母付きの侍女、弟付き予定の近侍。そして幾人かのメイドら。普段より人が多いらしい。そして、総じて彼らの表情は緊張に強張り、暗いものであった。


「さ、座ったわ。お父様、私の郵便はどこでしょう。リリーがお父様に預けたと言っていたのだけれど」


 そわそわとカーリンは落ち着かない様子である。落ち着きがないのは常なことであるが、今日はいつにも増して酷い。

 カーリンの父である現辺境伯はもう一度唸ると「やはり・・・」と全てを悟った顔をした。

 テーブルに用意された、家族団欒のための軽食は、すでに冷めてしまっていた。


「フィル」


 バスの声が、疲れを乗せて響いた。

 フィルと呼ばれた家令は、自身に向けられた掌に、静かに一つの書類を渡す。件の郵便だ。

 気のせいでなければ、それには『王立ガルガトシュ学術院』と表記されている。


「お前が言うのはこの書類だろう。・・・さて、説明して貰うぞ」


 父である辺境伯と弟ヨハンは、郵便物に釘付けのカーリンに憤怒の表情である。辺境伯夫人、基カーリンの母は、笑みのまま静かにお茶を口にしていた。

 基本的に石や岩を素材として多く用いられている邸宅であるが、家族で過ごす居間に関しては、絨毯が敷かれ、質の良いテーブルセットなどで柔らかな印象を受ける空間となっていた。この居間はそう広くはなく、あくまで家族で過ごすための場であるため、各人の距離が比較的近くなる作りだ。

 六人掛けのテーブルセットは長方形で、扉から一番遠い上座に辺境伯、その右手に夫人、向かいにヨハンがいる。カーリンはヨハンの隣に座り、彼らの視線を間近に受けているはずであるが、どこ吹く風でまるで気が付いていない。


「よかった、合格してるのね。ねぇヨハン。私、ガルガトシュで、あのヘルミーガン先生に学ぶのよ。これってすごい事だと思わない?」


 その声は、決して大声ではないにも関わらず、確かな興奮と高揚を含んでいる。

 カーリンの目は郵便に釘付けで、その封筒のサイズから合格であると確信を得たらしかった。

 しかし、『合格』と聞いた周囲の空気は、一瞬にして重たく質量を増す。それに気づかないカーリンは、なおも続けた。


「彼の方の著書、本当に素晴らしくて。私何度読んでも分からないところがあるのよ。それを直接伺えるかと思うと、もうどうしていいかっ!魔法と魔術の違いについては、それぞれの発動条件や、元となる魔素をどこから持ってくるのかなどの違いから分けられていて、これまでの研究ではそれぞれを別のモノとして研究対象にしてきたけれど、これを同一のものと仮定して研究するとどうなるのかというのはとても面白い試みだと思わない?」


 カーリンは興奮冷めやらぬ様子で捲し立てた。


「カーリン。その話は後。先に郵便のことについて、簡潔に、話しなさい」


 これまで静観を続けたカーリンの母親、辺境伯夫人が、静かに、けれどよく通る声音で一言発した。たったそれだけで、その場の誰もが、口をつぐむことになる。


「はい、お母様・・・」


 叱られた子ども。まさしくその表現の通りに肩を落とし小さくなったカーリンは、やっと彼らの疑問に答えてくれる気になったらしい。


「前に少し家を空けたことがあったでしょう?その時に出会った方と話が盛り上がったのだけど、そうしたら、一度自分の研究室に来るといいと連れて行ってくださって・・・とっても素敵な研究室だった・・・。あ、それで、実はその方が学術院の副理事長様だったようで、そのまま試験を受けてみないかと声をかけてくださって、楽しそうだから受けてみたの。結果がそこにある郵便ね」


 さて、カーリンの語った話は、その場にいる全員を怒り心頭にするにたやすいものであった。



亀更新・・・。内容も進まない・・・。おかしいですね、もう少し進む予定だったのに。

描写力が弱くて伝わりきらないと思いますが、なんか豪華なお部屋でご飯並べてるんですね・・・。きっと肉ですよ。


始まって間もないですが、読者様がいてくださり、評価いただけたこと、大変うれしく思っています。ありがとうございます。

2週間に一度は更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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