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転校生

***


 始業式は特に何事もなく終わった。


 

 誰も歌わない――何なら俺は歌詞さえ知らない校歌が流れたり、校長先生の長い話があったり、新任の先生の紹介があり、部活動の表彰やら何やらをして解散となった。



 確か小学校ではその年の転校生がステージの上に上がらされて、一言自己紹介的なことをさせられていたのを思い出した。



 当時は何も思わなかったけど、ただでさえ初めての学校だというのにいきなり百人規模の注目を浴びるなんて俺だったら絶対に耐えられない。



 さすがに今日はそんなことはなかったが……。



 教室に着いた俺は席につき、担任の先生がやってくるのを待つ。もし転校生が入ってくるならこのタイミングだろう。



 三組の担任は定年間近の黒井先生だった。



 担当科目は国語で去年俺も現代文古典ともに黒井先生の授業を受けていた。温和な性格の優しい先生だ。でもテストはむちゃくちゃ難しい。



 果たして御年六十近いおじいちゃんは、蒼樹の恋のキューピットになってくれるのだろうか。



 ふと平野に視線を向けた。



 足が短いのか、それとも椅子の高さが他の人のより高いのか。足をブラブラさせながら隣の席の女子と談笑していた。



 間違いなく視界には俺の姿が入っているはずだが、全くこちらを見ようともしない。というか今まで一度もない。



 反射的に目が泳いでもおかしくはないのに逆にすごいな。

 


 そういえばさっき蒼樹が言っていた通り、このクラスの男女比はかなり比率が女子に偏っていた。



 三十八人中、女子が二十四で男子が十四。理系クラスだとこれがほぼ逆になっているのだから、彼女がほしい蒼樹の選択は正しかったのかもしれない。



「黒井のじいちゃん遅いな。これは期待大だぞ速斗」



「階段上るのに息切れしているだけなんじゃないの?」



 教室内は多少のざわつきはあるものの、テスト期間の休み時間のような妙な緊張感が漂っていた。



 今日が新学期最初の日であるということを考慮しても、クラスメイトがチラチラ教室の入口を気にしているのはきっとそういうことなのだろう。



 そんなことを考えているうちに、前方の扉がガラガラという音を立てて開かれた。



 年のせいか若干生え際が怪しい黒井先生は、文豪が使うような丸メガネをかけて中へ入ってくる。



 両手にプリントの束を抱えていて、おぼつかない足取りを見るに、今にも惨劇が起きてもおかしくない状態だった。



 そして少し遅れて、一人の女子生徒が俯き加減でゆっくりと姿を現した。



「おい、むちゃくちゃ高スペックそうな子じゃないかよ」



 後ろで蒼樹が興奮気味に肩を叩かれる。静まり返った教室で、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。



 否――それはもしかしたら、自分自身だったのかもしれない。



 一目見た瞬間に、この転校生とは別の人物が俺の頭に浮かび上がった。



 よく似た外見の人はいるから違うってことは理解しているんだけど、それでもあいつと重ねてしまったということは、俺はまだ過去のことを心のどこかで引きずっているということなのだろうか。




 黒井先生が文豪作家なら、この転校生は文学少女とでも言い表すのだろうか。



 何度も櫛でとかしたような、背中を覆いつくす艶やかな黒髪。黒縁フレームのメガネ。



 図書室の片隅で文庫本のページをめくっている姿が容易に想像がつく。おまけに平野が嫉妬するであろう高身長。



 黒井先生と転校生は教壇に上がり、手に持っていた荷物を机の上に置いた先生はチョークを手に取り黒板に文字を書いていく。


 

 さすがは国語の先生。新品のような奇麗な黒板に似合う達筆で文字を書いていく。



 ――神部沙月。



 かんべ・さつき。



 もしこの四文字が四字熟語ではないのだとしたら、きっとここにいる転校生の名前なんだろう。



 というような意味の分からないことを考えているのはこのクラスで俺一人に違いない。



 最初に俺の記憶が掘り起こされたのは、何も偶然ではなかったらしい。よく似た人――ではなく、俺の知っているその人だったのだ。 







 そこからのことはあまり覚えていない。



 出身はどこどこで何ちゃらの理由で引っ越してきて……みたいな挨拶をしていたような気がする。



 今日は授業もなく、午前中で解散だ。



 部活に入っていない俺は、特に残る理由もないため帰ることにする。



 教室を出るときに、転校生のいる方を見やると彼女は数名の女子に囲まれて質問攻めにあっていた。



 ボーっとしながら見つめていたのに気づかれたのか、一瞬目が合う。そして何事もなかったかのようにまたクラスメイト達の方に向き直る。



 神部沙月は、俺が中学の時に付き合っていた子だ。



 最後に会ったのは中学校の卒業式。最後に言葉を交わしたのは中三の夏休み。



 さっきの反応だけでは、向こうが俺のことを滝沢速斗だと認識しているのかどうかまでは分からない。



 まあ、俺のことを覚えていようが覚えてなかろうが、それがなんだって話なんだけど。



 昇降口で靴を履き替え門を出たところで、俺はスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。



 新規メッセージが一件届いている。平野からだ。



『すぐにうちに来て。お昼は用意するから』



 俺はおばあちゃんに夕方ぐらいに帰ると連絡をいれ、平野の家へと向かった。


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