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私はあなたの——


速斗の意識が戻ったと知り、連日心配による不安とストレスで睡眠不足に陥っていた沙月だったが、その日は久しぶりに熟睡して朝を迎えることができた。



これでひとまずは落ち着ける。けど目を覚ましたからといって容態がどの程度のものなのかは分からない。



もしかしたら頭や内臓にダメージがあって、急変する可能性もあるのだ。



油断して舞い上がっているところを叩き落とされる——そんなことにならないよう、喜びを噛み締めつつも、実際にこの目で速斗の無事な姿を見るまでは心の底から安堵するとはいかなかった。



——さすがにすぐに面会ってわけにもいかないわね……。



寝たきりだった重症患者に、一介のクラスメイトが易々と会えるのは厳しいだろう。



それこそ身内ぐらいしか……と、考えたところで沙月の息が止まる。



「滝沢君の両親はもう……」



そう。この後速斗は無慈悲な現実を突きつけられることになるのだ。



速斗自身に、事件の直前やその瞬間どの程度意識があって記憶に残っているのかは分からない。



今まで味わったことのないような重たい衝撃を受けて身体はボロボロ。



加えてここから更に家族の訃報を知らされる。とてもじゃないがまともな神経でいられるわけがない。



「滝沢君……っ」



沙月は反射的にスマホのトーク画面を切り替えて、速斗との個人トークを開く。



以前の修学旅行の際に互いのアカウントは交換していた。



その時のお礼を兼ねて何度かメッセージのやり取りをして、ほとんどそれっきりだった。



まだ生まれて15年程度しか経っていないが、本気で異性を好きになった。



些細なやり取りがきっかけで関係が悪化するのが怖くて、以外にも積極的にいけなかったのだ。




『滝沢君……』


『体は大丈夫……?』




「なんか違う……」



震える指で文字を打ち込んでは消しを繰り返す。



沙月の中でしっくりくる文章が浮かんでこなかった。



逆の立場ならどうだろうか。もし自分に置き換えてみてどういう言葉をかけられたいか……。



……………………。



「……ないわね」



ぶっちゃけると何もしてほしくない、構ってほしくないといったところだ。



速斗からのメッセージなら歓喜するところだが、残念ながら速斗にとって沙月はそういう存在ではない。






『滝沢君、事故のことは聞いたわ。もし私に何かできることがあれば何でも言ってね』






やはりこのまま今はそっとしておこうとも考えたけれど、 胸の奥から湧き出てくる熱い衝動を抑え込むことはできなかった。



自分が速斗のことをどれだけ気にかけているか知ってほしい。それはただの自己満足に過ぎない。



それでも沙月にとって速斗は、この世で一番大切に想える人なのだ。



かれこれ小一時間悩んだ末、何とか当たり障りのない自然な言葉を生み出したつもりである。



——ここで躊躇していてはさっきまでと同じ。


——勢いよくいくのよ私!



「えいっ!」



画面に親指の腹をめり込ませるかのごとく、送信箇所を押した。



ポップアップされたメッセージを見て、一息つく。



恐らく速斗がこのメッセージを見るのはまだ先のことだろう。



意識を取り戻しただけで、今どれだけ自由に身体を動かせるのかも分からないのだから。



「……って、あれ……?」



ふと沙月の中に何気ない疑問が湧いてきた。



「滝沢君のスマホって事故で壊れたりしていないのかしら……」



当たり前のことすぎて逆に考えもしなかった。



人が亡くなるほどの衝撃を身に受けて、果たして小さなデバイスが無事であるだろうか。



もし完全に使い物にならなくなっていたら、今までの葛藤が全て茶番となる。



一体あの自問自答の時間は何だったのかと。



そう思うと、一気に緊張がほぐれてきた。ずっと肩に力が入っていたのも自然と垂れ下がる。



だから調子に乗って、沙月はさっきの続きにこのような文章を試しに打ってみた。




『だって私は、あなたの彼女なんだから』




——なんてね。



もしこれが現実ならどれほどよいだろうか——



暫しの間妄想に浸って満足した沙月は、夢のような文面を消そうとして——




「——ちょっと沙月! 起きてるのなら早く朝ご飯を……」



突如部屋の外から聞こえてきた母の声に驚いて、指が滑る。



次に画面を見やったときには、既にそれが送信された後だった。



「す、すぐ行くわよ!」



——どうしてこんなタイミングで!



まるで狙い済ましたかのような……いや、そんなことよりも早く取り消さないと。



万が一にもないとは思うが、こんなのもし見られたりしたら……。






「えっ…………?」





まるで時が凍りついたかに思えた。



たった一度の瞬き。



その刹那の間に、決して起こらないであろう変化が発生していた。



「既読……ついてる」




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