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あの頃の記憶④

***


気がつけばもう八月になっていた。



階段から落ちた頭の怪我も無事に完治し、なんの刺激もない日常を過ごしていた。



七月頃を境に、クラス全体の雰囲気も受験モードに切り替わり、沙月自身も速斗との距離を縮めることがでにない日々が続いている。



特に避けられているというわけではない。



図書委員の当番中でも、今まで通り速斗は沙月の受け持つカウンターに本を持ってくる。



だけどもう、沙月がそのタイトルに興味を抱くことはなかった。



腫瘍内科。それも長期の入院。



速斗の兄はかなり重い病を患っているのだと推測ができる。



何でもいいから、何か速斗の力になれることをしたい。



けど、沙月にできることなんて何一つない。そもそも速斗自身がその話はするなというオーラを纏っている影響も大きかった。



そして夏休みになったことで顔を合わす機会すらなくなり、心身ともに悶々とした暑い日を過ごしていた中、今日がやってきた。



以前母にちらっと言われていた、家族で出かける日だ。



朝の天気予報では、今日の最高気温は38度に達するらしい。



こんな日に外出なんて馬鹿らしい。自ら人混みの中にダイブしにいくのは勘弁だ。



でも今日の予定は前々から決まっていて、母からも何度も念を押されていたため、今さら行きたくないなんて行ったら果たしてどうなるか。



屋外球場で行う今日の野球の試合が、デーゲームではなくナイターだっただけでも喜ぶべきだろう。



帰宅部で引きこもり体質の色白の沙月からすれば、真夏の炎天下の灼熱に晒されるだけでぶっ倒れてもおかしくない。



日焼け止めに麦わら帽子、そして日傘を準備して朝の十時頃に家を出た。








***




――同じ東京でもやっぱり全然違う。



渋谷の街に降り立った沙月は、既に人の多さに酔いかけていた。



これからどこかで昼食をとり、それから祖父と合流する予定である。



行き交う人々はみな、ゲームのNPCのように無表情で颯爽と脇を通り抜けていく人ばかりだ。



少し先には迷子にでもなったのだろうか。少女が立ち止まったままおどおどとしていた。



特にこの交差点付近では、足を止めているだけで目立つ。



だけど気にかける人は誰もいない。沙月も含め、視界には入っているものの見えてない振りをしているのだ。



わざわざ他人のために時間を費やす余裕がないのか、面倒くさいだけなのか。



この短い時間で百人単位の人が通っていくというのに、薄情な人しかいないんだなと思う。



そうやって遠くから見つめているだけの沙月も傍観者の一人なのだが。



「お待たせ、相変わらずの人の多さね。じゃあ行こうか」



「ええ」



お手洗いから戻ってきた母と一緒に、沙月はここに来る途中の電車で予め目星をつけていた、ランチの店へと向かうことにする。



スマホでマップアプリを開いて道順を確認し、ふと顔を上げたとき、それが目に入った。



「滝沢君……?」



自分がその姿を見間違うはずがない。周りがモノクロの世界の中、髪を切ってサッパリした速斗の顔だけが色を帯びて映る。



そしてその傍らには、先程道の真ん中でパニックになっていた少女がいた。



何か話をしている様には見えるけど、二人は知り合いなのだろうか。兄妹には見えないけど。



そして距離が近い。速斗が少し屈んで少女の話を聞いている。



沙月がしばらく二人の様子を眺めていると、速斗が少女の手を取って歩き出した。



――どこに行くの?



物理的に身体が触れ合う光景に、胸の奥が大きくザワついた。



二人は人混みに紛れて、少しずつ沙月の視界からフェードアウトしていく。



瞬間、無意識のうちに身体が動いていた。



「ちょっと沙月、どこ行くの!」



「すぐに戻るわ!」



このまま何もせずじっとしていると、後悔しそうな気がしてならなかった。



ただの直感だけど、嫌の方の予感ほど当たる気がするのだ。



困惑する母を置いて、沙月は速斗とそれに引っ張られる見知らぬ少女の後を追い始めた。


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