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あの頃の記憶③


***



 ――これじゃあ何のために図書委員になったか分からないじゃないの!



 と、沙月が嘆くことになったのは、ゴールデンウィーク明けの最初の当番の日だった。



 速斗は不定期で図書室に現れるため、沙月がカウンターにいる日に必ずやってくるとは限らない。



 ここで会えるかどうかは、沙月からしてみれば完全に運なのである。



 貸し出しカードを見た限りだと、速斗は大体週に一度のペースで訪れている。そしてさっき確認したら、今週はまだ一度も来ていない。



 更に今日は金曜日。沙月にとっては確定演出である。



――あっ、来た。



 図書室の中に入ってきた速斗は、そそくさと滑るようにして奥へと消えていく。



 誰かに見られたら恥ずかしいのか、ここに来るときは常に周りの目を気にしているように見える。



 授業などのクラス内ではそのような挙動不審な態度はとらないため、新鮮と言えば新鮮である。



 他の人だと見ることができない速斗の姿を沙月はほぼ独占することができる。誰に貼り合うというわけではないが、少しだけ優越感を覚えていた。



 そして予め借りる本は決めているのかと思ってしまうほど、滞在時間も短い。人によっては一つのコーナーの棚の前に十分以上立っている人もいる中、一人だけ忙しく動くのは実は目立っていた。



 今日も速斗が姿を見せてからカウンターまで本を持ってくるまで、五分とかからなかった。



 けどその割には量が多い。両手に抱えたそれらをカウンターの上に置くだけで地震が起きたかのように震えた。



「神部さんお願い」



 速斗は借りる本を走り書きした貸し出しカードと一緒に差し出してくる。



 文庫本とハードカバーを合わせて七冊。以前と同様に推理小説、その他にはエッセイ集なんかも含まれている。



「たくさん読むね。推理小説好きなの?」



「いや、好きなのは俺じゃなくて……」



 あまり話したくないのか、それよりも早く手続きをすませろと目で訴えかけてくる。



 だがそういう態度をとられると、逆に意地悪したくなってくるものだ。



「答えてくれないとハンコ押さないわよ」



「なっ……」



 沙月は速斗の貸し出しカードを手に取ってひらひらと掲げる。



 速斗と共通の話題がほしくて、わざわざ同じ本を手に入れて読んでいるのだ。一冊読み終えるのに大体三時間ほどかかっている。



 それなのに、速斗自身は借りた本を読んでいない疑惑が今浮上した。



 うーんと唸る速斗。迷う素振りを見せていたのは数秒で、すぐに観念した。



「俺お兄ちゃんがいるんだけど、ちょっと今病気で入院していて、その暇つぶしに本を持って行ってあげているんだ」



「そう……だったのね」



内容が内容なだけあって、沙月もこれ以上突っ込んで聞く気になれなかった。



気がつけばいつの間にか腕だけを動かしてハンコを押し、次の瞬間にはもう速斗は図書室から出ていくところであった。

 

 

けどこれで全ての辻褄はあったのだ。



病院で見かけた速斗は、本人が何かしらの病気というわけではなく、兄のお見舞いに来ていたということ。



本を借りに来ていたのも兄のためで、速斗は本には全く興味を持っていない。



速斗が何かしらの思い病気を患っていなかったこと自体はよかったけど、素直に喜べることではない。



ああいう態度を取っていたのも、恐らく誰にも知られたくなかったからに違いない。



速斗のことを知れてよかった――よりも、調子に乗って問いただすようなことをしなければよかった、という後悔の方が強い。

 





――週末、沙月は自室の本を全て古本屋で売り払った。



そしてあれ以来、速斗とは目に見えない溝が生まれてしまった。



そのまま時間だけが過ぎていき、夏休みに入った。

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