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いつかの記憶①

***


「ここだと静かだし、電話の声もちゃんと聞こえると思います」



 ビルのような商業施設の中に連れられてきた舞は、手渡された白いスマホを受け取って母親の電話番号を入れた。



 知らない番号からの着信に母が出てくれるか一抹の不安はあったものの、数回のコール音の後「はいもしもし?」という多少の警戒が混じった声が耳に伝わった。



「あっ、お母さん。わたし、舞だよ」



『舞? あなた一体今どこに――』



 電話の相手が娘だと知った母は、余所行きの声から普段の家の声に変わる。心配というよりも明らかに怒っていた。

 


 音声だけなので顔は見えないけど、今どういう表情でスマホを握りしめているか舞には容易に想像がつく。



 そもそも自分が迷子になったのは、早足で歩く両親が原因だったというのに――という気持ちを抑えつけ、舞はスマホが壊れたことや電話を貸してもらっていることなどを説明した。



 話しているうちに意外と近くにいることが分かり、合流場所を決めてそこに向かうことにした。



「あの、お母さんが代わってって……」



「ああ、はい」



 舞はスマホを元の持ち主に返した。電話口のやり取りなのでどういう会話をしているかは分からないけど、少なくとも男性に笑顔が浮かんでいたから少しホッとした。



 ついさっきのやり取りでは、「その人怪しい人じゃないでしょうね」と舞にとっての恩人を散々疑っていた母だったが、悪い人ではないと感じ取ったのだろう。舞はそう思うことにした。



「じゃあ待ち合わせ場所まで案内しますね」



「よ、よろしくお願いしますっ」



 何度もぺこぺこと頭を下げる舞に男性は苦笑を浮かべる。



 ——今度は引っ張ってくれないのか。



 先ほどとは違って、「ついて来てください」の一言だけでの出発。割れ物を扱うかのように優しく握ってくれた感触の残る右手首をさすりながら、舞は見失わないよう男性の背中にぴったり張り付きながらついていった。



 目的地までは五分ほどで着くという。



 ――たったの五分でお別れか……。



 冷房の効いた建物の中でも、舞の胸の奥の熱さは冷めることがなかった。



 けどそれもあと少しで終わるということは、舞自身が一番理解している。










***



「本当にご迷惑をおかけしました」



 両親が揃って頭を下げているところを舞は初めて見た。



「ほら舞も!」



「わ、分かってるって」



 親子三人が並んで深々とお辞儀をする日なんて、もう二度と来ないのではないかと地面に視線を落としながら舞は考えていた。



「顔を上げてください……! そんな大したことしたわけでもないですし」



 舞を助けてくれた男性は、かなり困惑しているようだった。もし舞が逆の立場だったら、年上の人に頭を下げられてもどうすればいいか分からない。



「そういえば滝沢さん、お昼はもうお済ですか? もしよければお礼もかねて……いいわよねあなた?」



「ああもちろんだ」



 母の提案に、舞は内心ガッツポーズする。まだ一緒にいられる時間が増えるかもしれない。父は基本的に母の言いなりになっているため、反対することはない。



 そしてこの時になってようやく相手の名前を知った。母と電話でやり取りしていた時に教えたのだろう。

 


 滝沢……下の名前はなんだろうか。知りたいけど舞にそれを訊く勇気はなかった。そもそも緊張してまともに顔も見れないというのに、話しかけること自体無理なのだ。



 けどこの機会を逃せば後になって物凄く後悔するかも――でも変に思われたりしないだろうか――



 舞が一人葛藤していた中、昼食を共にという誘いを受けた滝沢本人は、申し訳なさそうな表情を浮かべ首を横に振った。



「すみません、実はこれから家族と出かける予定があって――」



 そこから先の舞の記憶は、突然ノイズが入ったかのように途切れ途切れになった。

 


 遠ざかっていく白い背中。それもやがて群衆に混じり、数ある点の一つとなって消えていく。



「残念だけど仕方ないわね」



「そうだな」



 両親はもう切り替えて、スマホのマップを開きながらランチのお店を調べ出していた。


 

 ——もしかして、これ二度と会えないの?



 胸にぽっかりと穴が開いた気分の舞が現実を受け入れるのに、暫しの時間を有した。



 平野舞15歳。



 人生初の一目ぼれから始まる恋は、こうしてあっけなく幕を閉じた。


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