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プロローグ


「四月から転校生が来るみたい」



「へえ」



「へえ、って全く興味ないって感じだね。この時期に引っ越してくるなんて何かあるとか思わないの?」



 真面目に話を聞け、と言わんばかりに耳たぶを引っ張られた俺は、仰向けの体勢から横向きに回転した。



 季節は春。だがもうすぐ四月になるというのに、昼間でも陽光が雲に邪魔をされていたら肌寒さを感じる日が続いている今日この頃。



 同じベッドの上――俺の耳たぶを引きちぎりかけた平野舞ひらのまいは布団も被らず一糸まとわぬ姿で前髪を弄っていた。



「……どうかしたの?」



「いや、寒くないのかなって。ちなみに俺はけっこう寒い」



 一つのシングルベッドを俺と平野で共有しているのだから、平野の身体の上に布団や毛布がないということは、言うまでもなく俺にもない。



 今朝の最低気温は12℃と天気予報で言っていた。そんな中でエアコンもストーブもつけていない部屋で全裸でいるのはさすがに風邪をひく。




 ――という文句を今まで両手で数えきれないほど言ってきたが、返ってくる言葉もまた何度も聞いたセリフである。



「どうせまた動くんだから部屋の中温めると汗だくになるよ。それとも今日はもう終わりにする?」



 そう言ってからかう――もしくは誘うかのように俺の胸板の中心をソーっと上から下へと指でなぞっていく平野。



 俺の心の内を覗くような黒く澄んだ瞳。耳を覆い隠す肩の上で切りそろえられたボブヘアーは、俺の中では結構似合っている。本人の前ではそんなこと絶対に口にしないが。



 背が低いのがコンプレックスだと以前ポロッと口から漏らした平野ではあるが、俺の見立てではそれでも150センチはあるんじゃないかと思っている。



 同学年でも平野より身長の低い女子はいくらでもいるし、なぜそこまで気にするのだろう。



 俺は平野の華奢な身体を引き寄せた。両手を横に広げたらベッドの両端に余裕で手が届くぐらいの狭い場所だけど、実は窮屈だと感じることはあまりない。 



 互いに隣り合っている時間より、重なり合っている時間の方が遥かに長いからだ。 



「ねえ、わたしの方はもう準備できてるから……」



「うん……」



 平野はスイッチの切り替えが早い。それに今日はインターバルをほとんど挟まない二回目だから、すでに仕上がっていた。



 起き上がろうとする俺を平野は押さえつけ、近くのテーブルの上に置いてあるエアコンのリモコン――の隣の小さな箱の中から一枚取り出す。



 最初は平野が俺に跨り、少しして平野が汗をかき始めたところで今度は俺が上になる。



 終わるころには、暖房をつけない平野は正しかったのだと実感するまでが最近のパターンになっていた。



 

 




***



「そういえば転校生が来るとか言ってなかった?」



「言ったけど全く興味なさげだったじゃん」



「その時は俺と同じもんだと思ったんだけど、よく考えたら二年からって珍しいなって」



 ひと汗かいてシャワーを浴び、着替えた後は平野の家で昼食をごちそうになっていた。



 休日の午前中に会う時は、大体いつもこんな感じだ。梅干しの入ったおにぎりをお茶で流し込む。暖かい部屋で飲む冷えた麦茶は最高だ。



「確かにそうだけどタイミングの問題なんじゃないの? 滝沢だってたまたま両親の海外出張が高校入学のタイミングだったっててだけで」



「確かにそれは言えてるかもな……」



 去年仕事の都合でアメリカに渡った親に代わって、今俺が一緒に暮らしているのは父方のおばあちゃんである。



 おじいちゃんは俺が生まれるよりも前に死んでしまっているため、この一年はずっと二人で暮らしていた。



「噂で聞いたんだけど、その子女の子で都内出身らしいよ。まるで滝沢みたいだね」



「さすが田舎町は噂が回るのが早いな」



「滝沢だって今はその田舎町の住人でしょ。でもやっぱ都内の女子なんだからきっととんでもないビッチなんだろうね」



「お前のその都内の学生に対する歪んだ印象はまだ治っていないのか……」



 俺は一年前の既視感に頭痛を覚え、何とか思い出す前に振り払おうと頭を振る。



 入学する前から初対面の人に本名と家が知れ渡っていると知ったときは、とんでもないところに来てしまったと恐怖したものだ。



平野が四つ目のおにぎりに手をつけた。ちなみに俺は今二つ目を食べ終わったところ。



「どうしたの?」



怪訝そうに眉をひそめた平野は、俺がなんでもないと言うと小さな口を大きく広げて両手で持つそれにかじりつく。



両手で持つ必要があるほどの平野特製爆弾おにぎりを四個。



いくら激しい運動の後とはいえ、小柄で余分な肉もついていない平野のどこに炭水化物の塊は消えていくのか。



その答えは俺の真正面にあった。



上下ともに紺色のスウェットという完全にオフの格好でいる平野の胸は、本人が気にする背の高さとは反対に大きく膨らんでいる。



服の上からでもあれほどの主張をするのだ。特にさっきみたいに何も着ていない状態で下から見上げて更に揺れるところを見ると、よりその大きさが分かる。



「そろそろ時間大丈夫?」



「あぁ、もう行くよ」



  気がつけば皿の上のおにぎりはなくなっていた。あれが最後の一個だったのか。



  今日は午後からスーパーのアルバイトがある。



  平野に玄関まで見送ってもらい、戸を開ける。



「じゃあ次会うのは学校になるね」



「そうだな……じゃあ、舞」



「うん、ばいばい速斗」



まるで新婚の夫婦のようにキスを交わし、平野は俺の姿が見えなくなるまで扉を閉めずに手を振ってくれる。



 とある事情で俺たちは付き合っている—―フリをしている。



 互いに恋愛感情はない。



  どちらかが少しでもそれを抱いた時点で、俺たちの関係は終わる。



  学校の外では手を繋いで帰ったり、休日に二人で遊びに出かけたりなんてことはしたことがない。



 けどやることだけは、ちゃんとやっている。



 そういうのを一般的にはセフレと呼ぶのだろう。

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