白雪姫だと思ったら
五歳の時だった。私が前世の記憶を思い出したのは。
私はフリーデン王国の王女、アリーセ。
腰に届くサラサラの黒髪に、宝石のように煌めく大きな青い瞳、赤い唇。雪のように白い肌を持つ絶世の美少女だ。ついたあだ名は白雪姫。
そう、私は白雪姫の世界に転生したのだ。
王妃であった母エマは、私が三歳の時に亡くなった。だが十歳の時、国王である父、フランツが再婚した。相手は銀の髪に赤い瞳を持つ魔女、レア。
継母は魔法の鏡を持っていた。「鏡よ、鏡〜」と呼びかけると答えてくれる、アレである。
もうどう考えても、この世界は白雪姫の世界。そして私は主人公。継母に命を狙われ、白馬の王子様と恋に落ちる役柄。
…………いいかも。
命を狙われるのは嫌だが、素敵な王子様が現れるのは嬉しい。女の子の夢である。最後はハッピーエンド。それが約束されているならば、どんな苦難も乗り越えられる。
――と、思っていた時もありました。
あれっ? と思ったのは十六歳の時。待てど待てども継母は私の命を狙わない。意地悪もされない。仲が良い……わけではないが、ごく普通の平穏な関係。
それでも、継母は牙を隠している。そう思って警戒は怠らなかった。
だがそんな時、隣国の王子様との結婚話が持ち上がった。彼は隣国の次期国王。
私は一人娘だったので、今までは私が国を継ぐ予定だったのだが、継母が妊娠。男児を産んだ。その為、私はお役御免となり、どこかへ嫁ぐことになった。
白雪姫の継母が子供を産んでいたなんて、聞いたことがない。
唖然としているうちに、私は隣国の海岸沿いにある離宮で行われるというパーティーへ行かされてしまった。まぁ、そこで運命の出会いを果たすんだけどね!
あいにくの悪天候の中、パーティーに行ったのだが、主役にして婚約者候補筆頭である肝心の王子様はなかなか現れない。が、そんな中、最悪の一報が届く。王子様が乗っていた船が嵐に巻き込まれた、と。
思わず私は離宮の側にある海岸へ。すると、私は岩の影から人らしき人物を見つけた。
「大丈夫ですか!?」
反射的に駆け寄り、助け起こす。可愛らしい水色のドレスに砂が付くことも厭わずに。
その人は全身びしょ濡れだった。金髪を持ち、高級そうな服は着崩れてしまっている。だが、この非常時に思わず見惚れてしまうほどのイケメンだった。
と、その時だった。
「うっ……」
呻いた男性が、薄らと瞼を持ち上げる。覗いたのは鮮やかな緑の瞳。虚ろだった目は、少しして焦点が合った。
「痛いところはありますか? 苦しさは?」
大丈夫ですか? とは聞かない方が良いと聞いたことがあったので、そう聞いた。
「あ、あぁ……。君は……?」
「私はフリーデン王国の王女アリーセです。あなたは……?」
つい、聞いてしまった。そんな余裕はない筈なのに。だけど私はそのエメラルドのような瞳から、目を逸らせなかった。
「私はハンス……。船が、嵐に巻き込まれて……」
「ハンス王子!?」
私はまさか、と青ざめた。
「どうしましたか!?」
後ろから足音がすると思ったら、声をかけられた。振り返ると、他の招待客や給仕の人達が数人いた。
「ハンス王子がここに倒れていて。すぐにお医者様を呼んでください!」
その後、ハンス王子は無事に全快した。
数日後、彼はいつの間にか、自分が倒れていた砂浜で倒れていたという、声の出ない少女を保護し、一緒に連れていたけど。
名前がわからなかったので、テレーサと取り敢えず名付けられた少女は、白雪姫たる私にも劣らない美少女だった。
柔らかな白金色の髪に、海を映したような紺碧の瞳。思わず守ってあげたくなるような儚さが感じられた。
そんなテレーサとは、意外と親しくなれた。だが、私は気が付いてしまった。彼女がハンス王子に恋をしていることに……。
私は父にお願いして、ハンス王子との結婚話を進めてもらった。テレーサには悪いが、私も彼に恋をしてしまったのだ。身分も釣り合っていて、仲も悪くない。諦めることも出来ない。
彼と出会って半年後、私とハンスの婚約が結ばれた。
お祝いに船上パーティーが開催された。嵐に遭った後なのに大丈夫なのだろうか、と思ったが、ハンスは思ったよりもケロリとしている。その強靭な精神力に、私は惚れ直した。
パーティーにはテレーサも呼ばれている。私はちょっと躊躇したのだが、まさか惚れられているとは思ってもいないらしいハンスが嬉しそうに呼んだ。弟しかいない彼は、テレーサを妹のように思っているらしい。
だが、テレーサはいつの間にかに姿を消していた。
テレーサが私達の元へ帰って来ることがないまま、数年が経った。私はハンスと結婚し、子宝にも恵まれた。幸せな日々の中、ふと私はとある童話を思い出した。
海で助けた王子に恋をして、美声と引き換えに脚を手に入れた人魚の姫君。だけど王子は隣国のお姫様と結ばれ、人魚姫は泡になってしまった、悲恋物語。
居ても立っても居られず、私は思い切って魔女である継母に聞いてみた。人魚は本当にいるのか、と。継母はいると答えた。そして、彼女はこうも続けた。
「そういえば、数年前に海の国の末姫が消えてしまったらしいわ。海の魔女から二本の脚を貰って、地上に上がったとは小耳に挟んだんだけどねぇ」
と。
私はずっと、自分は白雪姫だと思っていた。だが、違ったのだ。私は、
――人魚姫から王子様を奪ったお姫様だった。




