【5】
どうしてこの女は他人を見下したような話し方しかできないのだろう。
これで本当に接客業が務まるのか。
「樹里が私に奥原先生のことを聞いてくるなんて思わなかった」
「そーね。奥原センセーってば、私のことなんて相手にしてくれなかったもんね。あんたを贔屓してたから」
「私は関係ない。単純に樹里のことが嫌いだったんじゃない?奥原先生が」
樹里の顔からニヤニヤ笑いが消えた。
隣でまつりが私の振袖を引っ張ってくる。
樹里に構わず会場に入ろうと言いたげだ。
樹里がまつりの方を見た。
「ねえ、まつりからも教えてあげてよ。律加に」
話をふられ、まつりの手が止まる。
「何の話?」
「何って、私と奥原センセーが今、どんな関係かってことよ」
まつりは下を向き、首を横に振っていた。
樹里とまつりと奥原先生。
まったく接点の見えない3人だ。
「奥原センセー、昔はあんたをお気に入りだったみたいだけど、今は違う。私のことが大好きなのよ。私とセンセー、すっごく仲良しだから」
樹里は私に顔を近づけ、フレディの爪で口元を隠し、耳もとで呟いた。
「私…奥原センセーとSexしてるの」
私は目を思い切り見開き、樹里を見た。
真っ赤な唇の口角が上がる。
『あんたのその顔が見たかった、ざまーみろ』
樹里の目がそう言っていた。
私の中で、奥原先生に対する価値が一気に下がり、一瞬で腐った。
先生は20歳になったばかりの教え子と寝るようなくだらない男だったということか。
なのに私は、腐臭を放つ男に心酔し、美大にまでいってしまったなんて。
樹里を睨みつけたまま、微動だにしない私にまつりが大丈夫?と声をかけてきた。
「そうそう、律加。あんた知らないようだから、もう1つ教えてあげる」
「やめて!樹里!」
まつりが叫んだ。
樹里はお構いなしに言葉を続ける。
「まつりも私と同等なのよ」
私は横を向き、まつりを見た。
まつりは私から視線を外す。
「それって…どういうことなの、まつり」
あはははははーっ!と、樹里は高笑いをし
「私、あんたに全部ぶちまけたくて成人式に来たのよ。よかった~会えて」
そう言い残して去って行った。
やっぱりあの日…美術室で樹里の心臓にカッターナイフを突き立てるべきだった。
私は自分の理性が憎かった。
2週間後、私は渡良井さんに絵が完成したと連絡をとった。
「かなり構図に悩みましたけど、なんとか納得のいくものができました」
「すごい…生き写しのようだね」
渡良井さんは私の絵をリビングのキャビネットに立て掛けると、その隣に私を立たせた。
そして、私の服を剥いでいく。
「やめてください…恥ずかしいです…」
「恥ずかしがることなんてないよ。美しい出来栄えに感動している。確かめさせて」
渡良井さんは絵の中の私と私の裸がどこまで同じなのか、隅々まで確認していく。
彼の目に映る自分の姿が恥ずかしくてたまらない。
けど、羞恥心が余計に私の脳を興奮させているのに気づいた。
この時、私は夫のことなど頭になかった。
ただ渡良井さんに抱かれることだけに集中していた。
「あんまりリアルだから、描かれた絵の中の君のことも抱けそうだ」
「平面の唇にキスして満足するんですか?」
「君が旦那さんの元へ帰った後に試してみるよ…」
「それって…私がいなくなると寂しいってこと?」
「寂しいよ。たまらなく寂しい」
渡良井さんは私を思い切り抱きしめた。
「律加は旦那さんの妻だから、返してあげないといけない。ずっと俺のそばに置いておくことが無理なことはわかってる。それならば絵を残そうって思った」
出会ってすぐの頃、渡良井さんは自分のことを独身主義者だと言っていた。
「未来永劫、俺に結婚は有り得ない」
そう断言していたから、私のことは愛人と割り切っているのだと思っていた。
でも、最近の彼を見ていると、実は私を本気で愛し始めているのではないかと疑ってしまう。
もしそうなら…嬉しい気もあるが、怖い気持ちの方が正直大きかった。
私はきっと、夫と渡良井さんのどちらかなんて選べないし、こんな不実な性愛があからさまになっても尚、生きているなんて許されない、そう思っていた。
「そろそろ帰らないと…」
リビングに脱ぎ捨てた服を着ようとした時、キャビネットに置かれたままの裸の絵が気になった。
「私の絵、どこに飾るんですか?まさか、ここじゃないですよね」
「どうして?リビングだと嫌かい?」
「だって…裸だし…」
「大丈夫。誰にも見られない部屋に飾るよ」
それを聞いてホッとした。
けれど、1週間も経たないうちに、その言葉が嘘だったとわかるのだ。
「律加、ごめん。明後日、うちに来れる?」
「大丈夫ですけど…どうしたんですか?珍しいですね」
「実は、君の絵をどうしても買いたいという人がいてね」
「本当ですか?嬉しいです」
絵の注文は来るもの拒まず。
私は喜んで渡良井さんの自宅に赴いた。
「ありがとうございます。渡良井さん。お客さまを紹介してくれて」
お礼を言う私に、渡良井さんは困ったような顔をした。
「律加…怒らないでほしい。約束を破ってしまったことを」
「約束?」
「とにかく…中へ」
リビングに通された時、男性が何かをジッと見つめて立っていた。
見ていたのは私の…私の裸体の絵…。
渡良井さんはこのことを謝っていたのだと知った。
彼に初めて嘘をつかれ、ショックだった。
私が入っていった気配に気づき、男性がこちらを振り向いた。