【2】
「ごめんなさい、今回の作品は大きくてかさばるので運転の邪魔になるかと…」
「アハハ!冗談!ちょっと寂しくてスネただけだから」
そう言って彼は目線を前に戻し、車を走らせた。
私の依頼者、渡良井さん。
40歳、独身。
親の遺産で生活している、とは本人談。
Twitterにあげていた私のイラストをとても気に入ってくれ、定期的に注文してくれるお得意様だ。
「今回は長くかかったね。描くの難しかった?」
「そうですね…」
別に今回に限ったことではない。
渡良井さんの好みに合わせるにのが難しいため、通常より遅くなってしまうのだ。
彼の欲するイラストはすべて人物画。
しかもアナログオンリー。
デジタルの風景画を得意とする私に依頼するのがそもそも違う気がする。
「私、人物画は苦手で。渡良井さんの気に入るような女性は描けないかもしれません」
事前にそう断っておいたのだが、彼はそれでもいいからとDMで依頼してきた。
その1枚が彼のツボに入ったのか、「こんな女性を描いてくれ」と細かい指示付きの注文が入るようになったのである。
絵が完成するとすぐ、彼に連絡をする。
そして翌日、直接手渡すのが常となった。
車を10分ほど走らせて到着したのは彼の自宅マンション。
車を降りると、渡良井さんは私が抱えていた絵を受け取った。
エレベーターの中で
「見るのが待ち遠しい」
と私の顔を見つめながら言った。
待ち遠しいと思っていたのは本当に絵?
そんな疑いを持ってしまうほど、部屋に入ると同時くらいに私の首筋にキスした彼。
荒々しく服を脱がせ、全身を愛撫する。
まだ靴すら脱いでいない。
「渡良井さん…靴を…」
言葉を発した私の口を彼の唇が塞いだ。
少し厚めの唇で私に吸い付く。
遠慮ぎみに絡める舌。
このキスは、濃くて深いディープなキスと言っていいのかなといつも頭で考えてしまうのだけれど、小鳥のそれとも違うな。
少しワイルドな見た目とは比例しない、どこまでも優しいキスなのだ。
私は彼のキスの仕方が異常に好きだった。
このキスができなくなったら、きっと哀しいとさえ思うほどに。
永遠に私の唇を離さないで口づけていてほしい。
私たちはベッドにたどり着くことなく、
1度目を終えた。
軽くシャワーを浴びた後、ようやく渡良井さんは私が持参した絵に目を通した。
「うん・・・いいね。今回のもすごくいい」
「本心ですか?」
「なんで?あたりまえだろ」
そう言って軽くキス。
渡良井さんのキスはずるい。
なんでも許せてしまいそうになる…。
「この子は君に似てるね」
「私がモデルじゃないですけど」
「それじゃ、今度は自分をモデルにして描いてよ」
「私を…モデルに?」
「そう。裸体がいいな」
「私なんかモデルにしても美しくないですよ。それにもう若くもない」
「俺より10歳も下のくせに若くないなんて言わせないよ。美しさも保証付き」
「…出来上がりには期待しないでくださいね」
「期待するさ。ほくろの位置や胸の膨らみ…細部にこだわって描いてくれるよね」
渡良井さんはまだ何も着ていない私の肌に指を這わせながら耳元で囁いた。