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リハビリ性癖短編

作者: ムニエル

 腰に剣を佩いた青年が1人。喧騒とした街の中を歩いている。

 優しげでキレイな顔は剣など全く似合いそうではないが、腕についた無駄のない筋肉から彼が相当の使い手である事が窺えた。

 焦り顔の男が不自然に青年を避けて走り去っていく。往来に対して道の幅は広くないにも関わらず、青年が近づけば人々は道を譲った。

 前を横切った青年には目もくれず、露店の主は客寄せを続ける。

 並んでいる商品は剣を掲げる騎士の像。値札には「魔王を倒し、世界を救った勇者の像」と書かれている。造形は細かく、よほど丁寧に作られたものだという事がわかる。

 その勇者の像の顔は、青年にとてもよく似ていた。

 やがて街を出ると、あれ程賑わっていた人々の声も聞こえなくなってくる。代わりに届くのは鳥や、それに似た魔物の鳴き声だけだ。

 歩き続けて、青年はようやく大きな川に辿り着いた。ゆっくりと辺りを見回して、つまらなさそうに釣り糸を垂らしている人間を見つける。

 青年はその隣に腰を下ろした。


「よう」


 釣りをしていた人間が青年に声をかける。

 濁った声色。顔を上げると、長い黒髪がそれに合わせて揺れた。鋭く中性的な顔つきに青年が微笑む。


「よくわかったね。一応隠密魔法をかけてたんだけど」

「魔法じゃ気配までは消せないだろ。馬鹿にするな」

「純粋に褒めてるつもりなんだけど」

「そうか。どうせ私は魔法が使えんからな。関係ない話だ」


 ひねくれた返事に、青年は声を出して笑った。


「ハハハ、久しぶりだけど変わってないみたいで良かったよ。戦士」

「ああ。私は変わらないよ。勇者」


 戦士と呼ばれた人間が、言葉通り変わらず、つまらなさそうに答える。


「急に呼び出すところも相変わらずだしな」

「どうせ暇してたんだろ」

「そうでもない。王様が俺と姫様を結婚させるっつってうるさくて、うんざりしてた所だよ」

「へぇ、僧侶と魔法使いはどうしたんだ? アイツらはお前にべったりだったろ」

「それがねぇ、2人とも色々呼び出されて忙しいみたいでさ」

「なるほど。その姫様ってやつが手を回して、お前が1人の間に既成事実を作ろうってわけか」

「怖いこと言うなよ。あの2人だけでも面倒だってのに」


 舌を出す青年の顔は心底嫌がってるとわかるものだ。


「仮にも美人に囲まれているんだ。男としては嬉しくないのか?」

「いやー、まぁー、悪くはないんだけど、ぶっちゃけ飽きたっていうか。せっかく自由になったんだし、遊ばせて欲しいな」

「お前のそういう正直なところ、好きだぞ」

「そう? それなら気兼ねなく本心を話せて良いね」


 そこで青年は一度ため息を吐いて、続ける。


「魔王をブッ殺してからもう1ヶ月も経つのか」

「そうだな」

「戦士はどこで何してたんだ? 王国には居なかっただろ」

「私は元々、王国騎士団長を殺したからな。都合よく王国には戻れない」

「あー、そういえばそうだったな」

「忘れてたのか?」

「いや。大丈夫。思い出した。騎士団長を殺したお前を俺が捕まえて、死刑の代わりに仲間になったんだったな」

「私が負けたのはあの時が初めてだ」

「まぁ、仕方ないだろ。魔法使いも僧侶もいた。3対1じゃ分が悪い」


 戦士がフンと鼻を鳴らした。納得がいっている様子には見えない。


「それで?」

「ん、何が?」

「いやだから、お前がどこで何してたかって話でしょ」

「ああ、別に。フラフラしてたよ」

「具体的には?」

「それは、こうして釣りをしたりだ」

「嘘つけ。釣りに詳しいならここで釣りなんかしない。この川に食える魚なんて居ないからな」


 数秒戦士は黙りこくって、そして唐突に竿を折って川に投げた。


「あー、勿体ない」

「別にいい。どうせ貰い物だ」

「貰い物なら大切にしたほうが良いんじゃない?」

「どうでも良い。魚を獲るなら潜ったほうが早い」

「お前の場合はそうかもしれないけどさ」


 会話の間も、青年の目はジッと戦士に向けられていた。


「村に行っていた」


 ようやく、観念した戦士が口を開く。


「どこの?」

「お前との旅で立ち寄ったいくつかの村の中に、私のことを気に入ってくれた村があったんだ」

「ああ。あれな。お前が真っ先に村長に変装した魔物ブッ飛ばした奴」

「そこだ。その村に行ってた」

「へぇー、それはまたどういう風の吹き回しで」

「平和を噛み締めたくてな」

「なるほどね」


 質問した側なのに、青年の返事に興味の色はなかった。


「なぁ、勇者」

「なに?」

「お前の今までで一番楽しかったことってなんだ」

「おお、戦士からそんな質問が飛んでくるとは」

「私はお前の正直さを評価している」

「うーん、何が1番かはわからないけど、だけどお前との旅は楽しかったね。洞窟で罠踏んじまってさ、アホみたいな量のゴーレム相手にしなきゃいけなかった時とか」

「アレは、そうだな。魔法使いたちと分断されて大変だったな」

「あの時は流石に死ぬと思ったね」


 笑いながら答える青年に、戦士は目を細める。


「そうか。今じゃないんだな」


 その呟きに、青年は聞こえないフリをした。

 青年は本心で返事をした。戦士がある程度ウソが見抜けることを知っていたから。

 だからこそ、戦士も確信したはずだ。

 忙しくとも毎日安心して寝られるような平和な日々より、死と隣り合わせの冒険の日々が、死の恐怖が心臓に張り付く経験の方が楽しかったと。

 青年は確かにそう言った。


「なぁ。今度は、はぐらかさないで欲しいんだが」

「なんだよ、今日は喋るな」

「私と会った日のことを覚えてるな?」

「覚えてるよ」

「じゃあ、あの時私が、これだけは忘れるなよと言った言葉も覚えてるな?」

「ああ。お前は強い奴と戦えればそれで良いって話だろ」

「そうだ」


 淡々と答える青年の口ぶりは、どこか諦めが感じられる。


「私も、この平和というものに馴染もうとしたんだ」

「わかるよ。わざわざ遠くの村に居たんだもんな」

「ああ。もう少しで平和にも慣れてきそうだったんだけど。ついこの間、魔王軍の生き残りがな。私に襲いかかって来たんだ。復讐だと言ってな」

「そりゃあ大変だったね」

「ああ大変だ。それで思い出してしまったんだ」


 その言葉を最後に、青年も戦士もお互いに黙ってしまった。

 青年は探していた。きっと数分後にある、半ば確定しているような未来を避ける方法を。

 その心が歓喜の震えに飲まれる前に。


「勇者。お前に会ってみて、それでお前が腑抜けに変わってるようなら、私も諦めがついたんだけどな」

「あー、もうバキバキに腑抜けてるけどね。美人に囲まれる生活最高だよ本当に」

「だがどうやら、お前も鍛錬を続けていたみたいだ。平和な世の中に、もはや戦う力など不要だというのに」


 なんのことやら、と戯言を続ける青年を無視して、戦士は立ち上がった。


「この世界に、私より強い人間がいるとすれば、もう残っているのはお前と、魔法使いと、僧侶ぐらいだ」


 金属音。

 鋼鉄の手甲を、戦士がその手に嵌めた音だ。

 そして、青年の方へと向き直り、その闘志に滾った目を向ける。


「俺を殺したら、次は魔法使いか僧侶か?」

「そうなるな」

「あー、そうか。マジでよー」


 青年がガリガリと頭を掻いて立ち上がった。

 戦士と向かい合う形になって腕を組む。


「俺に合ってる女って、お前しか居ないと思ってたんだよ」

「そうか」

「もし世界が平和になっても、お前となら何だかんだマトモに生きていけるかもとか思ってたんだ」

「物好きだな」

「いやー、本当にそう思うよ」


 沈黙。青年がもう一度ため息を吐く。


「今の、結構プロポーズのつもりだったけど」

「そうか」

「あのー、お返事は?」

「剣を抜け」

「はいはい。わかりましたよ。結局こうなっちゃうか」


 青年が腕を解き、剣の柄に手をかける。


「まったく、最高の女だよ」


 呟く表情は、勇者のソレには値しないものだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・戦士が女性なのは、最後までわざと作者様が隠してたんですかね?勇者が誰ともくっつかないように見えて、実際は戦士を最高の女だと思っていたのは、読者としては中々のどんでん返しでした。 [気に…
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