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第二話 「わたしたちは親友なんだよ」

 目の前の〔▽〕ボタンを押してエレベーターを呼びます。

 悠木家はマンションの最上階にあります。と言っても最近ベイエリアに建ったタワーマンションのように大きなものではなく、4階建てのこじんまりしたものです。

 一番上の4階が悠木家です。屋上も悠木家(主にパパ)が使っています。3階には高齢のご夫婦が住んでいます。おばあちゃんは会うとお菓子をくれる優しい人です。2階の人はよくわかりません。会ったことがないのです。1階は管理人室とロビーになっています。管理人室には管理人さん御夫婦が住んでいます。娘さんはお嫁に行ったそうです。手紙や宅配の荷物はこのロビーにある宅配ボックスで受け取れます。管理人室の反対側はラウンジと呼ばれソファやテーブル、観葉植物などが置いてありますが、誰が使っているのでしょうか。

 この四世帯がこのマンションの全住人です。そして小さくても暖かみのあるこの建物(マンション)がわたしのお気に入りの場所(おうち)なのです。


 大きくて重そうなガラス製の正面扉は『顔認証』のついた自動ドアで、わたしの顔も登録してあります。おかげでわたしは扉に向かって歩くだけで扉が自動で開いてくれます。ちなみに4階の悠木家のドアは『指紋認証』なのでわたしは鍵を持っていません。エレベーターも基本的に住人以外は操作が出来ないそうです。

 わたしはエントランスを掃除していた管理人さんに「おはようございます」と笑顔で品よく挨拶を交わし、ようやく外に出ることができました。


 バス停までバス通りを1~2分ほど歩きます。うちのマンションは駅前の繁華街からちょっと離れた山の(ふもと)にある小高い丘の上に建っているので、バス停(ここ)からも海に面した街並みがよく見えます。

 学校へはバスでさらに山を15分ほど登った先にあります。終点がうちの学校なので、この時間帯の乗客はほぼうちの生徒で占められています。バスは駅の方から来ているので、このあたりまでくると残念ながら座席はほぼ埋まってしまいます。わたしはポールにしっかり掴まり山道の揺れに耐えながら15分を過ごします。


 バスが学校の正門脇にあるロータリーに到着しました。ここがわたしの通う私立ミルフィーユ女子学院。小中高一貫の女子校です。

 mille(千の)-feuille()ではなくmille(千の)-fille(少女)でミルフィーユと呼びます。1クラスは30人弱で学年ごとに3クラスあり、全校生徒数はその名の通り1000人ほどになります。

 学院の敷地は鉄柵と針葉樹の林で囲まれていてバス通りから中の様子を(うかが)い知ることは出来ません。


「「おはようございまーす」」


 登校してきた生徒たちが正門の横に立つ警備員さんに挨拶をし、門柱に設置されているセンサーに生徒手帳をタッチしながら正門を通過していきます。生徒手帳にはICチップが内蔵されていて、これで生徒の登下校が管理されているそうです。お客様は正門の警備室で手続きを行い入講許可証をもらう必要があります。

 正門から並木道がまっすぐ100mほど伸びていて、その道沿いにお客様用の駐車場があり、突き当たりには事務棟が建っています。木造三階建てのお洒落な洋館です。

 わたしが並木道を歩いているとわたしを呼ぶ声が聞こえました。


「梨沙ちゃん、おはよーっ!」

「おはようございます。桜さん」


 彼女の名前は早乙女桜(さおとめさくら)。学院に入学した日にわたしの親友となって丸4年です。

 いつも元気な彼女は丸顔にぱっちりした子猫のような眼をしており、前下がりのグラデーションボブという髪型で、身長はわたしより頭ひとつ低く胸も真っ平らという、まさにわたしの理想の小学生像です。


 入学式の当日、両親と一緒に式場へ向かう途中でおかっぱ頭の女の子に後ろから抱きつかれました。


「あなた、すごくいい匂いね。それにきれいな髪だわ。さくらとお友だちになりましょう? さくらの名前はさおとめさくら。あなたの名前を教えて?」

「ゆうきりさ…」

「りさちゃんっていうのね! これからよろしくっ!」

「あらあら、さっそくお友達第一号ね。良かったわね。梨沙ちゃん」


 ママは突然の友だち宣言にすごく嬉しそうでしたが、極度の人見知りであるわたしとしては、目の前に差し出された小さな手のひらに戸惑(とまど)うばかりで、どうしていいか判りません。だからこそ両親はわたしに友だちが出来た事を喜んでいたことが、今となっては理解できます。

 ママに(うなが)されてその手を握ると「これでわたしたちは親友なんだよ」と喜んで抱きついてきました。なんでもケンカをした後、固く握手をすると熱い友情が築かれるそうです。言ってる意味が解りません。ケンカしてないし…

 次の日から桜さんはほぼ毎朝のように並木道でわたしに抱きついてきました。どうやら待ち伏せされているらしいことに気づいたわたしはある日、もしわたしの方が早く登校してたらどうするのかと訊ねてみると、


「梨沙ちゃんが通過していたら匂いが残ってるから大丈夫なんだよ」

「警察犬かっ!?」


 思わず突っ込んでしまいました。


 そして今朝も桜さんはわたしに抱きついています。いつの頃からか桜さんはわたしに抱きつくだけでは満足できず、わたしの首筋に顔を(うず)めるようになりました。そして今ではわたしの胸元に顔を埋めスーハースーハーと深呼吸を繰り返しています。わたしの背が伸びてさくらさんの顔の位置が下がった結果です。


 「それ、くすぐったいんだけど…」

 「はぁ〜、梨沙ちゃんの匂いに包まれてる幸せ〜 ふわふわもちもち~」


 自分の(にお)いを(じか)()がれるのも、他人の前で「梨沙ちゃんの臭い」を連呼されるのも精神的に(つら)いので「もうやめて?」とお願いしたところ絶望を噛み締めたような顔で訴えられました。


(にお)いじゃなくて(にお)いだよ。梨沙ちゃんの匂いは(いや)しなんだよ。ちょー高級なフレグランスの香りなんだよ。この匂いを無駄に垂れ流してるとか人類の損失だよ。なんだったら一日中抱きついて桜が吸い込んであげるよ。桜はもう梨沙ちゃん中毒だよ。梨沙ちゃんの匂いを()げなくなるなら学校に来る意味ないよ。桜が不登校になったら梨沙ちゃんの所為(せい)なんだよ?」


 ひどい言われようです。ともかく「梨沙ちゃんの(にお)い」と言われると、まるでわたしが(くさ)いみたいなので、せめて「香り」と呼ぶようにお願いしました。全然聞いてもらえませんけどね。

 ちなみにわたしの体臭がそんなにキツいのか気になったので、さりげなくクラスメイトに聞いてみたのですが「悠木さんの体臭? ぜんぜん気にならないよぉ」とのことだったのでひと安心です。おそらくボディソープの香りが桜さんの好みに合ったのだと解釈しておきましょう。


 わたしの身体にしがみついている桜さんを引き剥がし教室へ急ぐことにします。(とろ)けた顔をしている桜さんの手を握って歩き出しました。桜さんと手を繋ぐときは指を交互に絡めます。『恋人繋ぎ』と言うらしいのですが、桜さんはこの握り方が好きらしくお願いされました。同じバスに乗ってきたらしい高等科のお姉様に暖かい目で見られるのはいつものことです。


 事務棟を突き当たり左に向かうと観客席がついた大きな体育館や室内温水プール、図書館などがある学院共有の大型施設があります。また1000人を収容できる音楽ホールが併設されており、入学式や卒業式のほかイベントを行うときなどに使用されています。

 事務棟を右に進むとわたしたちの校舎があります。

 初等科と中、高等科の校舎はそれぞれ5階建てで中庭を挟んで建っています。中庭の真ん中にはカフェテリアが建っていて、渡り廊下で校舎と繋がっています。わたしたち生徒はお昼ご飯をこのカフェテリアで食べています。

 校舎の作りはどれも同じで1階が職員室と保健室、2階が1・2年生、3階が3・4年生、4階に5・6年生になります。5階は理科室や家庭科室、音楽室などの特別教室です。

 中、高等科棟は2階が1年生、3階が2年生、4階が3年ですね。棟の幅が初等科より狭く二棟並んで建っています。

 各棟にエレベータがついていますが上級生は階段を使うように指導されています。非常に残念です。


ここでわたしたちは高等科のお姉様方たちとは別れ、初等科の校舎に入ります。ちなみに中等科のセーラー服は三角タイをネクタイのように結び、高等科は三角タイの替わりに棒タイを結ぶことによって区別されています。


 昇降口で上履きに履き替えたわたしは必死の思いで階段を登ります。(のぼ)るではなく(のぼ)るです。

 5年生になったわたしたちは教室も4階に移り、致命的なほど体力がないわたしは桜さんにほぼ引きずられるような形で教室へ到着しました。

 わたしたちのクラスは桃組です。隣は菊組と(すみれ)組です。体育祭の時は赤黄青になります。


 「悠木さん、早乙女さん、おはようございますぅ〜」

 「ありすちゃん、オハヨー」

 「おはよう、ございます。高梨さん」


 5年に上がった時のクラス替えで友達になった高梨(たかなし)亜梨子(ありす)さんです。ふくよかなクラスメイトのひとりで、体臭を確認してもらった人でもあります。ふくよかといっても太っているわけではありません。身長はわたしと同じくらいですが、身体に健康的なお肉がついていて全身マシュマロのような柔らかさなので、抱きついたらさぞ気持ちいいのではないかと想像しています。

 髪は栗色のセミロングでゆるくウェーブがかかっていてふわふわしています。いつもニコニコしていて目が細くなっているのが特徴で、おっとりした性格と(あい)まってクラスメイトから(した)われている学級委員長さんです。

 わたしは帽子と空っぽになったランドセルを教室の後ろにあるロッカーにしまい、新学期が始まって名前順によって並べられた窓側後方の自分の座席に着くと、授業に備え息を整えました。 


「こうやって手を繋ぐの? なんで?」

「す、好きだからっ」

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