第74話 低知能エリート問題について聞いてみた
今回の話題は、別途レポートしてるものだ。それをこちらでも触れてみよう。
この問題に初めて触れたのは2023年の1月。社会人経験のあるひきこもりに、IQ138以上の人がゴロゴロ見つかったというものだ。このIQ138は調査の結果として導かれたのか、単純に上位0.5%の意味かはわからない。その後、一部の精神科医が「IQ130以上は精神異常者」──要するに「ギフテッドと呼ばれるレベルの高IQの持ち主は、全員社会不適合者予備軍だ」と吹聴してることを知った。
実際問題、著者の親戚を見回すと、IQ130台は大学で立派に先生をやってるのに、IQ140以上は揃いも揃って歳を取ると業界から厄介者扱いされたのか、追い出されてずっと仕事を干されてるよなぁ〜と……。
なお、本題に入る前に、言葉について定義しておく。
一般的に知能と言われるものは、実際には知力であることが多い。知力は、学力、知識、教養、経験、技能、ノウハウ、情報収集力などをまとめた頭の働きである。これを『知恵』と言い換えることができるが、そこに頭の回転の速さを加えたニュアンスが近いと思う。
それに対して知能は、潜在的な思考の深さや広さ、直感の鋭さ、知性、理解力の高さ、感情移入の高さ、情報分析力、環境順応力などをまとめた頭の働きである。いわば知能指数というものだ。こちらを意味する場合、『知恵』ではなく、わざわざ『智慧』と書くことが多いようだ。
今回は知能が低いのに、高い知力で社会エリートになった人たちの問題に触れる。反対に世の中には知能は高いのに知力の低い人たちも多い。こういう人たちは揃って高い知能が足りない知識や経験を本能で補ってしまうため、若いうちは被害妄想やネガティブ思考を膨らませやすい。それに高知能の人には感情移入の高さから感受性の強い人が多い。そのため人一倍ニュースなどから負の情報を受け取ってしまい、どんどん気持ちが後ろ向きになっていく人がいるそうである。こういう人からのネガティブな波動は周囲に感染しやすいため、こちらも意外と厄介な問題ではある。
「知能指数の話。知った時は驚きましたね」
『今の時代が渾沌としてるのは知能の劣った者たちが、多くの国で学力だけで社会エリートを気取る現象が起きてるためだ』
「その現象は世界的に起きてるのですか?」
『残念ながら起きてる。こういう現象は過去、グレイが文明の劣化を狙って仕掛けてくるものだったが、今起きてる現象についてはまったく違う』
グレイの仕掛ける文明の劣化というのは、地球の文明レベルが産業革命以上のレベルへ進まないように抑える呪のようなものだ。都市が生まれると、そこは200年ほどで多くの人がイメージする蒸気機関が生まれるか生まれないかという17〜8世紀レベルの科学技術まで到達する。ところが、そこで文明を衰退させる、戦争や災害、経済崩壊という災難が起きたり、高い技術を持った職人の知力に恐れを感じる為政者や聖職者が現れて、国の名の下に発明を禁じたり、それどころか何かと理由をつけて優秀な技術者を殺してしまったりという動きが出てきたりする。そのため古代ギリシャも、帝政ローマも、ペルシア帝国も、漢帝国や唐や明も、そういう文明レベルに達したところでガラスの天井に当たって衰退が始まった。江戸時代は衰退こそしなかったが、幕府が鎖国して発明を禁じたことは、日本史の授業で学んだ通りである。
ただ今の地球文明は金の亡者であるレプティリアンによって、そういうガラスの天井を突き破って今に至ってるのだが……。
「じゃあ、今回はレプティリアンが地球文明を地獄にするために仕掛けてるのですか?」
『いや、この件にはレプティリアンは何もやっとらん。とはいえ原因を作ったのはレプティリアンの生み出した金融資本主義だが、あくまでレプティリアン自身は何も手を出してない。今の状況を作っているのは、宇宙中から地球に集まってきたワンダラーどもだ。そいつらがレプティリアンの作った金バカが出世するゲーム世界にハマって競い合ったせいで、今の地球文明で起きている問題が作られてるわけだ』
地球人の魂は、他の惑星から借りてきた魂を含めても18億人しかいない。その中には一度人生の旅を終えて次の転生を待ってる人たちがいるので、地上にいるのはせいぜい13億〜14億人ぐらいだろう。他に第11話〜12話で語った捕囚された魂が約10億人。残りの魂──現地球人の3人のうち2人が、魂の学びを課されず、好き勝手に出世ゲームを楽しんでいる問題のワンダラーだ。
今の地球は困難な時代にあるが、魂にとっては地球に生まれるだけで何倍もの経験値が得られるボーナス期間だ。ワンダラーたちはそういう情報を得るだけでなく、宇宙から地球を目指してやって来られるだけの知恵を持ってるわけだ。だが、その一方で地球の神様を無視して生まれてくるなど、魂のレベルからモラル意識が大きく欠如した者が多い。それどころか悪知恵を働かせて、特別な運命を持って生まれてくる因縁ミタマから肉体を奪う、略奪型のワンダラーという者たちも多い。その者たちは与えられた使命は何一つ果たさないまま、因縁ミタマの肉体に与えられた運命の特権だけを享受する極悪人だ。中には自分の利益のためだけに社会システムを変えてしまう悪魔のごとき者もいるのだから洒落にならない。第8話で触れたT中H蔵が日本にとっては最悪の典型例だ。
「つまり地球に増えたワンダラーが、状況を悪くしてるわけですか」
『その通りだ。中でも日本やアメリカのような極端な資本主義の競争社会ほど、その傾向が強くなってる。戦前は最難関大学に入学した学生の平均IQは、どの国も130以上から150近くまであった。日本は133〜134だ。だが、今の日本では120、アメリカで122となっている。現在の知識人の質が、標準偏差1つ分も劣ってるんだ。日米以外の国の詳しい状況まではうまく伝えられないが、フランスでもかなりの問題になってるというレポートは読んだよな?』
「図書館で目に留まったので、そのまま借りて読みましたね。日米ほどではないにしても、かなり深刻なことになってると……」
『戦後教育での価値観からは嫌われる見方だが、知能の高さは遺伝によるのは否定できない事実だ。だから、まだ貴族社会の残るヨーロッパでは、日本やアメリカほどの事態にはなってない。それでも英仏独伊の政治の混乱が深刻な事態になってるのは、日本でもニュースで知るところだ』
「どこも迷走してますよね。どうして、そうなってしまうんですかねぇ?」
『フランスのレポートにもあっただろ。今の学校教育では優秀で勤勉な子を育てようとしてるからだ。そのために勤勉を美徳としてるが、困ったことに教えられたことをそのまま学んでしまう低知能な子供ほど、社会の求める「優秀で勤勉」な人へと育ってしまう。それが理由だ』
「まさか『優秀で勤勉』が低知能の特徴とは思いませんでした」
『しかも日本では俗にド文系と呼ばれる超難関大学出身の社会エリートたちの6割が、実は教科書レベルの文章ですら読解の怪しい知能レベルしか持ち合わせてないのだから問題だ』
「6割? 5割じゃないんですか?」
『それはきみの推定した数字だろ。全国調査でトップクラスの進学校でも2割の子の読解力が怪しかった。ところが、そういう子は理系コースには見られず、ほとんどが文系コースだ。そして上位の進学校の文理比率は文系4割、理系6割のところが多いから、文系エリートになる半分の読解力が怪しいと見積もった』
「そうです」
『たしかに確率計算の上では間違ってない。だが、その比率のまま難関大学へ進むと想定したのが間違いだ。今の学校システムでは知能の低い人たちの方が、努力と親の経済力で高い偏差値の大学へ入れてしまうんだ。知能が低い分だけ想像力が働かない。親や周りの大人たちから学力だけを評価する価値観として刷り込まれると、その価値観の中での損得しか見えないから勉強の虫になる。その結果だ。おかしな時代だよ』
「受験教科の勉強以外の時間を、すべて人生の無駄みたいに言ってた子もいましたよねぇ」
こういう人は、誰でも身の回りに1人はいたかもしれない。
『勉強が悪いとは言わん。努力して勉強すれば、知能が低くても学んだ範囲に限れば人並み以上に働ける人材にはなれる。それに知能の低い人の方が仕事では余計なことをせず、教わった通りのことをコツコツとやる傾向がある』
「まさに最初に触れた『優秀で勤勉』な人材ですね」
『お役所仕事のように決められた通りに忍耐強く片づけるだけの仕事なら、これほど重宝される人材はない。だから高学歴であれば低知能だからといって、頭から否定するものじゃない』
「むしろ世の中を動かすには、数が必要な人材ですね」
『とはいえ彼らの学力が高いのは、良い先生から受験テクニックを学び、考え方の間違いをその都度正されてきたからだ。勤勉さを発揮して自分だけで問題に取り組むと、元の知能が低いために独学では考えれば考えるほど正解から遠のいてしまう。彼らが優秀でいられるのは、あくまで良い先生から学んだ範囲内での学力にすぎない』
「それは才能で言われてること、そのものですね。『才能のある人は、漠然と正解を引き当てる。才能のない人は、考えれば考えるほど間違った答えを導いてしまう』と……」
これは創作者あるあるでもある。どういうわけかプロのクリエーターやアーティストになれない人ほど、ネットで創作論や技術論を語りたがる。ところが無能の語る創作論は素人や初心者の耳には心地よく説得力もあるが、実際に第一線で活躍してるプロからすると言ってることは「見当違いも甚だしい害悪」という、よくある話だ。
『ところが低知能のエリートは、元の知能が低い者ほど自己評価が高くなっていく。そのせいもあって、とにかく傲慢だ。悲しいことに知能が低いから、自分で調べて考えれば考えるほど間違った道へ進んでいく。それなのに、やつらは自分は人一倍努力して調べたとか、結論を導いたとかいう自負を持つんだ。そのせいもあって間違いを指摘してくる人に対して、自分の方がその問題を勉強してよく知ってると根拠のない自信を持ってしまう。まあ、実際に時間をかけて勉強はしてるのだろうが、それがあるために自分の間違いをまったく認めなくなる』
「財務官僚なんかがいい例ですよね」
『まさに典型例だ。あいつらは世間ではメンツで間違いを認めないようなことが言われてるが、それはとんだ見当違いだ。あいつらは自分たちは頭が良いから、何も間違ってないと思ってるんだ。でなけりゃ、真顔でノーベル経済学賞になった経済理論を間違ってると言い張らんだろ。日本と欧米では経済システムが違うとも言うが、具体的にどこに違いがあるのか言ったことはないはずだ。せいぜい文化や伝統などが違うという意味のない感情論だ。低知能は考える力がないから、最後は文化だ伝統だ根性だ精神だという感覚の世界へ逃げんこんで、それで説明できた気になる。いや、感情論はまだマシかもしれん。日本には言霊信仰があるせいで、言葉の言い替えやダジャレなどの言葉遊びで説明できた気になってる愚か者も多いからなぁ』
「意味不明なことを言って、自分が頭良いアピールをしてる人って意外と多いですよね。私が言われたものでは、『物語にドラマは不要だ。重要なのはエピソードだ』とか、『理系は理論ばかりで論理性がない』とかですね。前者の人はやたらと意味不明なフレーズを並べて話す人でした。後者の人は皮肉で言ってたのか、自分の理解できないことを言葉遊びで逃げたのか誤魔化したのか……」
どちらも超高偏差値の大学を出た人だったんだけどねぇ。
そして最近は「理論に国境はないけど、論理には国境がある」と言ってる本や動画がいくつも……。
『ついでに言うと、IQは20も離れると会話が成り立たなくなる。多くの場合、知能の低い方が高い方の深い考えを理解できなくなるからだ。そういう場合は高い方が低い方のレベルに合わせて話をする必要があるが、それを正論ぶって語るようなヤツは、基本低知能だな。知能の低い方は自己評価が高くなりやすい。つまり自分の知能の方が低いのに、やつらは「話が通じないのは相手の知能が低いせい」と考える。それで低い方が子供や無知な学生に語りかけるような話し方になった途端、そこで会話は成り立たなくなる。そこで高い方も相手に話を理解する気がないと察して話を打ち切るためだ』
「そうなんですよねぇ。最初に話題に出したフランスのレポートでも、それで精神科医が高IQ者を精神障害者と誤診する例が後を絶たないと伝えてましたね。それがあとで知能検査をするとIQ140以上が多いそうですから、誤診する精神科医はIQ120以下の人が多いのでしょうか」
というか日本では「IQ130以上は精神異常者」と吹聴してる精神科医がいるので、その人たちはIQ110以下ということになってしまうが……。
『それに対して知能は高い人ほど、自己評価が低くて謙虚になっていく傾向がある。ただし自己評価が低いと言っても、卑下するような人は少ない。ほぼ世間の評価とのズレはなく、ただ才能トップの人との差を見て自分を低く見てるだけだ』
「それ、周りが無責任に高い期待をするので、さすがに期待通りは望めないという意味もありますよね」
メディアに流れやすいのは、それぞれの分野のチャンピオンデータだ。このチャンピオンデータというのは、その分野で出た記録的な数字とか、広告で誇らしく語られる好ましい数字である。
たとえば、ある本でミリオンセラーが出たとか、広告でよくあるシリーズ累計数百万部という数字がチャンピオンデータに当たる。1冊で売り上げ百万部を超えるミリオンセラーは10年に1冊も出ない。シリーズ累計でも、1冊あたりにすると20万部を超えれば高い方だ。
それに対してほとんどの本は1冊書いても、文庫ならせいぜい1万冊、ソフトカバーなら数千部、ハードカバーとなると下手したら2千部も刷られない。
ところが世の中の多くの人はメディアの流すチャンピオンデータしか触れることがないため、勝手にチャンピオンデータを平均だと思い込みやすい。そこから「プロの作家は儲かるんだ」と思い込んでる人も出てくる。そういう勘違いですり寄ってくるアホウが多いし、『シリーズ累計』を1冊あたりだと勘違いして計算した印税収入額で勝手に嫉妬してくるアホウも多い。
これこそが世間が勝手にイメージする平均と、現実の乖離だ。
知能の高い人ほどそのチャンピオンデータと自分のレベルを比べるため、自己評価が低く見えるというわけだ。
『それに加えて高い知能を持つ子ほど知能に余裕があるために、学校で学んだことが事実か調べたり試してみたりしがちだ。すると間違いや気になるところがボロボロと出てくるため、教科書の内容に疑問が出てくる』
「教科書に疑問を感じるのは、理系にとってはあるあるですけどね。そもそも高校までで学ぶ理数系の公式のほとんどは、近似値や特殊な条件でのみ成り立つものです。振り子が良い例ですけど、実験してみると大きく揺らすほど公式よりも周期が長くなりますし……」
今は正されてるかもしれないが、教科書の説明や公式が間違ってると簡単に確かめられる実験に『振り子の等時性』がある。
振り子の等時性はあくまで「一定の振り幅で揺らし続ければ」という但し書き付きで「振り子は決まった周期を刻み続ける」というものにすぎない。ところが教科書を含む科学書の中には「振り幅を変えても周期は変わらない」という間違いが書かれがちだ。
しかし最初に言ったように、この実験は簡単な仕掛けで間違いが確かめられてしまう。長さの同じ振り子を2つ用意して、一方を大きく、もう一方を小さく揺らして周期を見比べるだけだ。この場合、大きく揺らした方の周期が長くなるので、どんどんズレていく様子が観察できるはずである。
実は振り子の運動方程式から厳密な周期を求める公式は作れない。非常に複雑な計算が必要になるからだ。これはすべての運動方程式でも言える問題である。
そこで振り子のオモリは重心だけの点で考え、振り子の紐には質量も慣性モーメントもないと見做し、更に振り子の振り幅は限りなくゼロに近いという条件をつけて、ようやく振り子の運動公式が作られているのである。もちろん支点に働く摩擦抵抗や、オモリや紐にかかる空気抵抗もいっさい無視だ。
つまり振り子の公式は近似値であるため、大学で振り子を使った物理実験をする時は観測精度にもよるが、大学1年生の教養レベルなら3度以上は揺らさないようにと指導されるものである。これだと誤差は1000分の1以内に抑えられるからだ。
ちなみに振り子というと、イメージ的には15度〜30度ぐらいは揺らしたいだろう。そんなに振り幅を大きくすると、周期は1%以上長くなってしまう。これが45度となると誤差は4%だ。
45度以上に揺らした振り子と、振り幅を3度未満にした振り子を同時に揺らしたら、どちらかが25往復する頃には1周期分の違いが出てくる。そのため2つの振り子による周期のズレは、けっこう簡単に確かめられる実験である。
とはいえ、実はこの実験には大きな落とし穴がある。2つの振り子を同じものから垂らした場合、根本になるものがガッチリと固定されてないと2つの振り子の間で揺れが伝わって共鳴することがある。共鳴したかどうかは振り子の動きを見れば簡単にわかる。2つの振り子の振り幅が交互に大きくなったり小さくなったりを繰り返すからだ。これはこれで観測するのも楽しい実験ではあるが……。
『ところが世の中では悲しいことに、そういう子供を「教科書を否定するような偏屈で反抗的で反社会的な子供」と見る大人が多い。それに知能の低い教師にとっては、教科書への異論や高度な疑問をぶつけてくる子供は厄介者でしかない』
「それも理系あるあるですね。具体的な理由を何も言わず、ただ頭から結果を否定して『実験のやり方が間違ってる』と決めつけてくるとか」
『そもそも、そういう教師や大人にとっては、教科書は学校におけるルールだ。それを守れない子供は問題児以外の何者でもないわけだ』
「そんな理不尽なものをルールにされても……」
『実はな、きみのそういう物の見方は、IQの高い人が世間から悪く思われ、その結果として世の中を生きづらく感じる一面でもあるんだ』
「そうなのですか?」
『IQは20離れると、相手の考えがわからないと言っただろ。これは知能の高い側にも言える。知能の高い者は物事をマクロ思考で考える。そのせいで平均レベルの人たちの間でその場の損得だけで生まれた暗黙のルールや空気を、本能や直感で無視する行動に出てしまう場合があるんだ。それを知能の低い側から見たら、ただ空気が読めないとか、ルールを守れないとしか思えないわけだ』
「それを私もやってたと?」
『やってただろ。きみは他人を公平に扱いすぎてる。親しき仲にも礼儀ありをキッチリやりすぎてる。だが、知能が低くて自己評価の高い者には特別扱いされないのは無礼な行為に思うし、同じように多くの人たちにとっては親しくなったつもりなのに「親しき仲にも礼儀あり」では、いつまでも壁を作られてるように感じるものだ』
「なんですか。それは?」
『そう、まさにマクロ思考で物事を見てると「なんだ、それは?」になるものだが、世の中はそういうものなんだよ。もちろん必要な空気は読んでるし、暗黙のルールでも理に適ってれば守ってる。だが、世にいる精神科医の中には「IQの高い人は空気を読めない。暗黙のルールにまったく気づかない」と言い切ってしまう人がいるほど、世間との間に知能差があるんだ』
「でも、そういう空気は考えませんよ。感じるものですよね?」
『それも間違ってない。だからその場で生じた良くない空気や暗黙のルールは、本能や直感で無視してると言っただろ。それをIQの離れた人が見たら、単純に「空気を読めない」「暗黙のルールを理解しない」というASD(自閉症スペクトラム障害)の扱いになって、発動条件があることまでは思い至らないんだ。とはいえ、さすがに緊急事態が起きた時の行動は別だ。津波が迫ってるとか、火災ベルが鳴ってるとかいう時に、周りの人たちが誰一人逃げようとしないと、正常性バイアスが働いて、その場にいる全員が動けなくなることがある。そういう時の悪い空気を壊して「早く避難しろ」と行動を起こすのは、だいたいが知能の高い者か、まだ頭の柔らかい子供だ。こういう場合なら、さすがに「空気が読めない」とは言わないだろうがな』
「もしかして大きな問題が起きてる時も、多くの人が気づかないフリをしてる問題に対して最初に指摘や行動を起こしたり、内部告発をしたりするのも比較的知能が高い人ですか?」
『その傾向は高いだろう。知能が低いと物事を目先の損得で考える。だが、知能が高いと長い目で物事を見るために行き詰まる前に改善しようとする。その結果として、それでは都合の悪い低知能エリートからの理不尽な反撃や応酬を喰らうだろうがな』
「それでは、ますます世の中が生きづらくなりますよねぇ」
『内部告発についての話が出たついでに、知能の違いによる正義感の違いについても触れてみるぞ』
「正義感に知能が関係するのですか?」
『はっきりした境界があるわけではないが、大きな傾向の違いはあるぞ。そして、その間にある中間層とも正義感の意味に大きな違いがある』
「それは気になりますね」
『まずは中間層の人たちが正義感からの怒りを覚えるのは、世の中のルールや道徳を守ってるかどうかだ。「悪法も法のうち」になるのも、この中間層の人たちの物の見方だ』
「世の中の大勢の考え方ですね」
『それは違う。あくまで知能の中間にいる人たちの考え方であって、地獄に落ちた今の地球では、日本を含めてほとんどの国で半分以上の人たちは低知能側の正義感で物事を考えてるんだ。中間層の正義というのは、低知能側からしたら建前に過ぎん』
「その低知能にとっての正義というのは?」
『自分が得するか、不利益をこうむらないか。自分の自由や価値観を邪魔されたり否定されたりしないか。そして自分と縁のないところにあるものなら可哀想と感じるかどうかだ』
「縁? 可哀想?」
『白人どもの勝手な博愛精神が良い例だ。牛肉を食いながら「クジラが可哀想だ」、庭に除草剤を撒きながら「自然を大切に」とな』
「白人じゃなくても、街中まで出てきたクマを駆除したら『クマが可哀想だ』、農家が畑を荒らす害獣を捕まえたら『キツネやシカが可哀想だ』ってやつですね。なるほど」
他にも野良犬は人を襲うことがあったので多くの地域で駆逐されたけど、野良猫は「可愛い」から地域猫として保護されてるという人間の身勝手だ。
「ところで自分に縁のないところとは?」
『眼の前で起きてることだったら、「おまえがやれ」と言われてしまうだろ。だから可哀想を言い出すのは、自分には影響がないと思ったところで起きてる場合に限られるんだ。いや、知能が低いから、自分には影響が来ないと思ってるところ……だな』
「安っぽい正義感ですね」
『低知能の正義感の典型例として語ってるが、さすがにそこまでレベルの低い正義感は、似た正義感を持つ者たちでも「さすがに……」と思ってるだろうな』
「でも、そういう人たちを調べると、高学歴で社会的にも高い地位に就いている40代後半以上なんて話もありますね。私はまだ社会に理想を求めている20代の若気の至りだと思ってたのに……」
『そこも低知能エリートの起こす弊害だな』
いろいろと問題が出てくるねぇ。
『それで最後に知能の高い人の正義感は、今のルールは関係ない。それが長い目で見て世の中に悪いと感じたら、そこに怒りを覚えるというものだ。たとえ自分が多額の報酬を受け取れる立場であっても、そこに不正、不公正、搾取などを感じた場合は、一度は受け取りを拒否するか躊躇うだろう』
「ああ、いますね。そういう人……。世間的には意固地に感じるそうですが……」
『それに受け取ることになったとしても、多すぎると感じた分を世の中に還元しようとする。要するに寄付や募金だな』
「それは海外の富裕層に多くないですか? ノブリス・オブリージュの文化だと思いますが」
『知能の高い人は黙ってやるんだ。低知能エリートが売名行為でやるものとは違うぞ』
「わざわざ自分の名前を冠した財団を作ったり、自分がある財団の理事長だと喧伝したりしてますもんね。儲けの一部を世の中のために使ってるぞとアピールしつつ、その財団でも一儲けとか……」
いるよねぇ。そういう人も……。
『この高い知能の人に働く正義感は、戦後の低知能エリートの作った仕組みには不都合な場合が多いんだ。ただでさえ高い知能の人は、低知能エリートから敵意を持たれやすい。そこへ来て正義感から痛いところを突かれたら、たちまち権力を使って制裁にかかってくる。ここが知能の高い人が今の世の中を生きづらいと感じ、低い知能の人たちから「世渡りが下手」と言われるところだ』
「そこは胸にグサッときますね」
とはいえ戦後の世の中……中でも社会運動の多くが、最初から胡散臭いものばかりだ。
例えば地球温暖化は、最初から気象学者や歴史学者、地歴学者たちの反論を無視していた。地球温暖化を捏造するために、わざわざ観測場所の気温が高めになるような場所に変えたり、観測器にエアコンの室外機を向けたり、気温の下がってる場所を集計から外したり。地球の平均気温も世界に65,000か所以上ある観測場所の中から32,000か所をピックアップして集計してたのが、18,000か所に減らされ、更に6,700か所に減らされ、もう付き合うのがバカバカしくて見てないが、最後に見た数は1,600か所だったか……。気象庁がやってる集計も、ごそっと減らされた時があった。そのおかげで将来、最近の30年間の気象データは科学的に使えなくなってるんじゃないかと思う。
笑えないのは瀬戸内海の漁業問題。工場や家庭からの排水による汚染が深刻なことになったので、それに対する美化運動までは否定する人はいないだろう。ところが行政側が環境保護を謳う美化運動に酔って川や海の護岸工事をしたり、有識者の反対を押し切って水産物加工工場や漁港、漁船が売り物にならない魚介類やナマモノの廃棄物まで海に捨てることを禁じたため、水清ければ魚棲まず、海が綺麗になりすぎて魚の隠れるところどころかプラクトンまで減って水揚げが減ってしまったとも言われている。
こういう話は探せばいろいろと出てくる。たとえば日本ではマジメに減塩運動をやり過ぎて、先進国の中でも極端にガン患者が多く発生しているとか……。
『今の日本人は、まだ中間層の正義感を建前としつつ、低知能側の正義感で行動してる。だが、江戸時代までの日本人には建前と本音の差は小さい。無理な西洋化によって生まれた歪みだ。すでに明治維新から150年。そろそろ日本らしさを取り戻しても良い頃合いだ。その時には中間層の正義感こそが日本人の本音になって、いつまでも心に惰眠を貪らせてる人たちも一気に目覚めるさ』
「日月神示じゃないですけど、今の困難は日本人が目覚めないといつまでも正されない……ですもんね」
『さて、今回は低知能エリートの問題について、いろいろと語ってきたが……。むしろギフテッドについても何か語りたいぞ』
「そうですか? では今回も長くなりましたので、次回はその話題ですね」
『そうだな。ということで、ここで終わりとしよう』




