第70話 十干十二支について聞いてみた
「守護神様。地球浄化作戦が終わってたって、本当ですか?」
ダウジングしていたら、思わぬ情報が出てきた。
『伝えた通り、八月二五日で終わってた。浄化できなかったところは時間切れだ』
「神様の計画では、もう少し先だったはず……ですよね?」
日月神示では今年二〇二四年の七月頃に、フジの仕組みとされる地球の建て替えを終わる計画だった。ところが神の国である日本の中枢──中でも国会と財務省の曇りがひどすぎて予定の七月までに浄化が間に合わないということになり、昨年四月二〇日に突然、フジの仕組みの終わりを数か月延ばすことが決められていたはずだ。
『俺もそのように聞いていた。だけど、天界でいろいろと議論があったみたいでな。延期は一か月で、いきなり延長期間を打ち切られてしまったんだ』
「それが八月二五日だったんですか?」
『ちょうど八の付く辛酉の日だったからな』
「え? 辛酉に何か関係があるのですか?」
『日月神示の中で、ハッキリ警告してるだろ。辛酉は良い日だが怖い日。そこから一日一日が激しくなっていくと……。今回の八の付く日というか月は偶然だが……』
「そういえば、そんな預言がありましたね」
と言いつつ、辛酉の日を調べてみる。
『一の御用が失敗してなければ、二〇一四年の八月一八日が建て替えを終える予定の日だったんだ』
「それも辛酉の日ですね。というかすべての終わりを二〇四一年と言ってる人が多いのも、その年が辛酉だからですか?」
『辛酉は天界や地球の神々にとって、天変地異や上下が入れ替わる政変を起こしやすいタイミングだ。だから時間的なリミットがなければ、それで大グレンが起こるという読み方も間違いではないだろう。だが、今回は時間的なリミットが二〇三〇年代にあるから、二〇四一年では遅すぎる』
「十干十二支──いわゆる干支で言われてる影響通りに、神様も動いてるんですか?」
『逆だ、逆。六十進法の暦は古代中国で生まれた東洋思想だと思ってるようだが、それが生まれたのは紀元前五世紀頃だ。その前から六十進法の暦は古代シュメールや古代日本の天鈴暦などで使われている。先に六十進法の暦があって、そこに中国が陰陽五行思想を持ち込んで意味を読み取りやすくしたという流れだ』
天鈴暦は古代日本で使われていた暦で、六〇年で一巡するキアエ暦と、その回数を数えた枝暦、それと一〇〇〇枝を一鈴とまとめた鈴暦で構成されている。
とはいえ、この天鈴暦をそのまま計算すると、起源となる年が今から一二〇万年以上も昔になってしまう。そこで現代の歴史学者たちは複雑な計算方法を加えて、起源が紀元前四一一年になるように解釈を改変している。ただ、それをやると神武天皇が即位したのは紀元前六六一年ではなく、紀元前一八一年になってしまう。当然、そうなると日本書紀に記された時期との矛盾がいくつも出てくるため、それで近年になって「日本書紀も偽書だ」という扱いになって歴史資料からはずされた。この間違いを誤魔化すために、日本史に『空白の一五〇年』という謎を生み出したのかもしれない。
まあ、それはともかく、話ついでにアマテラスが高天原の王位を任されたのも、神武天皇が即位したのも、辛酉の年(天鈴暦ではサナトの年)である。
「ということは、干支にはちゃんとした意味があるのですか?」
『もちろん、ある。たとえば神々から物事を始めるように働きかけやすいのが甲の年や日だ。天鈴暦の「キ〜エ」も小さな始まりを意味している。反対に終わらせようとするなら辛の年と日が働きかけやすい。対応する天鈴暦の「サ〜ト」でも終わりの意味だ。また戊の年と日は神々が繁栄するようにでも滅亡するようにでも介入しやすい。天鈴暦の「ヲ〜エ」も完成と終わりの意味だ。もちろん十二支のそれぞれにも意味がある』
「まるで占いの話の時に触れた運命の型みたいですね」
『同じだ。先に型があって、それを人間が経験に基づいて法則性を読み解いたんだよ』
このあたりの話は第六四話を参照してもらいたい。
「とすると、次元上昇が二〇一二年に始まったのと、今年終わったのにも意味があるのですか?」
『二〇一二年の壬辰は次世代に向けた動きの始まり、今年二〇二四年の甲辰はすべてがひっくり返って発展へと動き出す始まりとして神々が介入しやすい年だ。どちらも次元上昇の区切りとして、ちょうど良い年だな』
「とすると他の年にも意味はあるんですか? たとえば一の御用が失敗してなければ、建て替えを終える予定だった二〇一四年や二〇一八年にも……」
『二〇一四年の甲午は、乱れた世の中を正そうとする力が働きやすい。二〇一八年の戊戌は何かが終わって何かが始まる入れ替わりを起こさせやすい年だ』
「今は一〇年遅れですから、今年の二〇二四年はすべてがひっくり返る大グレンですかね?」
『そんなものでは済まないぞ。甲辰はすべてをひっくり返して発展が始まると言ったが、不正や特権によって地位を得ていた者たちを神々が地に落とすには最高の年だ。しかも次の二〇二五年の乙巳にも、他人の努力を踏みにじってきた者たちを地に落とし、世を乱すものを排除しやすいという年だ。もしかしたら二の御用の方が、大グレンが激しく起こるかもしれん』
「地球を裏で好き勝手してる連中なんて、思いっきり地に叩きつけてもらいたいですね」
『それから二〇二八年の戊申は、世の中の混乱が収まるとともに、いろいろなものが熟成して安定しやすくなる年だ。うまく行けば、そのあたりでナルトの混乱が収まるかもしれんぞ』
「飛ばした二〇二六年と二〇二七年は?」
『二〇二六年の丙午は大きな災厄や政治の混乱が起こりやすい年だ。二〇二七年の丁未も解決を先延ばしにしてきた問題を無視できなくなり、下手をするとこじれる年だ。この二年は経済的にも低迷しやすく、ナルトの渦の真っ只中って感じの年だろ?』
「それは想像したくありませんね」
ちなみに経済格言によると、午年の景気は尻下がりで落ちていくそうだ。
「ところで日月神示の有名なフレーズ『子の歳真ん中に』の子の年にも何か意味があるんでしょうか?」
『そこは神々にとって区切りが良いというだけだ。人間でいう下一桁がゼロになる年と同じ感覚だな』
「それは……わかりやすいかも……」
すべてに意味があるというのは思い込み……のようだ。
「話ついでに神様にとって、十干と十二支。どちらのウェイトの方が大きんですかね?」
『ん? 急に変なことを気にしてきたな』
「だって、日月神示には十二支は何度も出てくるのに、十干が単独で出てくることがありませんよね? でもさっき守護神様、甲の年は、辛の年はって言ってたじゃないですか」
『それはそっちの方が、俺の性に合ってただけだ。干支よりも西暦や皇紀の下一桁の方がわかりやすいだろ』
「そりゃあ、四の付く年から甲乙丙丁と覚えてしまえば……」
……その発想はなかった……。
「守護神様。干支について、語り残したことはありますか?」
『いや、重要ではあるが、そんなに引き伸ばす話題でもないだろ』
「それなら、今回はここまでですかね?」
『そうだな』
ということで、ここで今回は短めに……。




