第69話 未来に迷い込む現象ついて聞いてみた
「守護神様。最近、未来に迷い込む人が増えてるみたいですね」
『時空間の歪みに呑まれて、未来に迷い込むという現象だな。多くの場合は一時的で、数分もすれば元の時間に戻ってきてるぞ』
「そういう現象は昔からあるんですか?」
『もちろん昔からある。最近はPCやスマホを使う人が多いから、それで気づく人が増えたせいもあると思う』
「体験談によると曜日や日付の違和感で気づく人が多いみたいですね。しかも迷い込んでた時に取ったスクリーンショットが、元の時間に戻ってきても証拠として残ってる人がいるみたいで……」
『その話は俺も驚いた。てっきり意識だけが未来に飛ぶ現象だと思ってたからな。まさか物証が出てくるとは思わなかったぞ』
「守護神様も知らなかったんですか?」
『俺自身は体験したことも目撃したこともないからな。だから世界線の間で意識だけが入れ替わる現象と同じだと思い込んでたよ』
「それだけ極稀な現象だったんですね」
この未来に迷い込む現象は、最近になって存在を確認したものだ。
迷い込んだといっても、今のところ物語にあるような「いきなり周りの様子が変わってた」というような体験談はない。すべてPCやスマホに表示されてる曜日や日付の違和感や誤動作で、未来に迷い込んだことに気づいたというものだ。もちろん最近の習慣として、その時の画面表示をスクリーンショットして証拠を押さえた人が多い。それが元の時間に戻った──というか、時間表示が元に戻ったあとも残っていたため、未来に迷い込んでいたと考えられるわけだ。もちろんOSや検索サイトの不具合で、一時的に表示が未来になっていただけの可能性は否定できない。
ちなみにスマホが出てくる以前にもカメラやホームビデオの撮影中に未来に迷い込んだと言う人が、その場にあったカレンダーや未来の日付の書かれたポスターなどを写したと語っているケースはあった。
とはいえ写真でも映像でもスクリーンショットでも、いくらでも偽造できるとは言えるので、疑いの目で見る人には物証でも何でもないのだが……。
「迷い込んだ先の未来には、何か意味があるんでしょうかね?」
『よくあるのは過去の自分に対して、強い念を送った結果として起こる現象だ。たとえば自殺とか事件に巻き込まれるとかで死ぬ間際の人が、強い後悔の念を過去の自分へ飛ばす場合だな』
「それは生々しいですね」
『他に大きな事件や事故、災害で多くの命が失われる時にも、死に逝く人たちの念が合わさって強く放たれるからな。それに導かれて迷い込む人も出てくる』
「迷い込むのは犠牲になる人ですか?」
『この場合は完全なランダムだ。誰が導かれるかわからん』
「ということは、最近になって迷い込む人が増えているのは、大きな災厄が近づいてきてるからでしょうか?」
『そこは安心しろ。少なくとも未来に迷い込んだと報告した人たちは、全員がPCやスマホで見た時間が未来だったと語ってるだろ。ということは、その未来になっても電気や通信機能は生きてるってことだ』
「インフラが生きてるから、人類文明は滅びてないってことですか?」
『その通りだ』
迷い込んだ未来というと、二〇二五年、二〇二七年、二〇三二年等が報告されている。ということは、少なくとも二〇三二年までに地球が滅びることはないようだ。
「ところで未来から情報を持ち帰った人は、どのくらいいるんですかね? ネット検索中にサイトの更新日が未来と気づいた人がスクショで報告したケースはありますが……」
グーグルで検索した時、ページタイトルの下に最終更新日が表示されるページがある。その最終更新日が未来になっていたというケースだ。
『そこまではわからんなあ。迷い込む時間は決まってないが、その多くはあまりにも短い。だが、未来からうまく情報を持ち帰って、こっそり一儲けした人がいないとも言えないからなぁ』
「すぐに株式情報や競馬の結果を調べた時には、もう今の時間に戻ってたと零してる話がありますから、同じことを考えた人は多いでしょうね。その中には成功した人がいるかもしれませんし、その人にマトモな知恵があるなら黙ってるでしょうし……」
お金の話──中でも思わず儲けたという話は、周囲からの嫉妬や集ってくる詐欺師を呼び寄せやすい。となれば、それを黙ってる人は多いだろう。まさに『沈黙は金』である。
「ところで守護神様。この未来に迷い込む人は、本当に増えてるんです……よね?」
『すごく増えているぞ。だから、きみに知ってもらうように情報を与えた』
「増えたのは二〇一二年から始まった次元上昇の影響ですか? それとも岩戸開き?」
『ほんの数年前からだ。おそらく二〇二〇年に岩戸が開いてから、フジの仕組みで地上の建て替えが行われている影響が徐々に出てきたのだろう』
「その建て替えで時空間が歪んでいるのですか?」
『そういう理由……だろうな。だから、これから建て替えが終わって次のナルトが始まると時空の混乱がますます激しくなるから、未来へ迷い込む人は更に増えるんじゃないか?』
「ところで、その未来ですけど……。そこは自分の向かう未来でしょうかね?」
『そうだな……。たぶん迷い込んだことに気づいた時点で、世界線が変わると思うぞ』
「……ん? それは、どういう理屈からですか?」
『話は簡単だ。未来の情報を知った者は、無意識でもそれを意識して別の世界線へと進んでいく。それだけの話だ』
「未来の事件や事故の情報を知らなくても……ですか?」
『事件や事故は関係ない。子供が大人になっていくのと同じだ。何かを知ったり触れたりすることで一部の可能性が消え、後戻りができなくなる。その繰り返しと何も変わらん』
「そういうもの……ですかね?」
『もしも迷い込んだ未来が、その人にとって最高に好ましい世界線だった者にとっては不幸な事故だな』
「試験に合格する未来を知って、つい油断や慢心をして不合格になってしまうパターンですね。反対に不合格になる未来だと、そもそも受けるのをやめて別の道を探すとか……」
もちろん頑張って合格する可能性もあるが、そうやって理想的な未来をつかみ取る奇特な人は、はたしてどれくらいいることか……。
何よりも現在は、多くの人がコスパやタイパを気にする時代。となれば不合格になるのなら努力するのは無駄と考えて、その方面の知識や経験すら手に入れなくなる人の方が多いだろう。となれば、未来はまったく違う世界線へ向かうことになる。
「未来に第三次世界大戦や大きな天変地異があった場合も、世界線は変わるのでしょうか?」
インフラは無事でも、それが起きていた可能性はある。
『いくら何でも大きな未来までは変わらんぞ。あくまで未来に迷い込んだ人個人の未来が変わるだけだ。すでにすべての人たちの未来は。四つある世界線グループに分かれている。細かくは一〇二四のグループに分かれるが、未来を見ても、世界線のグループまでは変わらん。あくまでそのグループの中で、自分の未来だけが変わると思えばいい』
「そういう情報、持ち帰った人はいないんでしょうかね?」
『少なくとも未来に迷い込んだと言う人からは出てきてないな』
「今、オカルト界隈を騒がせている二〇二五年七月の大災厄は、何も起こらずに済むのでしょうか?」
『破壊的な災害は起こらないと思うぞ。とはいえ今年の終わりが近づく頃には、日月神示に書かれているナルトの渦が始まる。神々にも何が起きて終着点はどこへ流れ着くのかわからない、世界の建て替えの総仕上げだ』
「いよいよ……ですか」
『日月神示には渦に逆らえば呑まれるが、流れに身を任せれば呑まれることなく乗り切れると教えている。未来を見たという人は下手に逆らわずに呑まれなかったから、迷い込める未来があったのかもしれんぞ』
「未来のない人には、迷い込める場所がありませんものね」
という理屈にはなるが、確かめようもない話なので、今回はそういう現象が起きてるという紹介だけで済ませる。
「ところで守護神様。話は変わりますけど、前回のオカルトバスターの話題で、かなり理屈をつけて批判してた人。とうとう宗教批判まで始めちゃいましたね」
『宗教は生き方の教えでもあるのに、頭から「神や宗教を信じてるヤツはアホばかり」と言い切ってしまったな』
「まあ、批判は論外としても、彼の意見には私も半分は同意……ですかね? 魂や神様の存在については、信じる側に証明の義務があります。でも、現代の科学力では直接証明できませんから、あとは存在を信じる根拠を並べるしかないので、最後は信じるかどうかの問題ですから……」
臨死体験や生まれ変わりの体験談も、多くの共通点はあっても所詮は物証のない絵空事だ。知らないはずの事実を語っていたとしても、すべて偶然やコジつけとして片づけることは可能だ。
これは宇宙論におけるビッグバン理論とか、医学におけるアドレナリンやセロトニンなどのモノアミン仮説にもある。最後は科学者の多くが認めてるようなら科学的で、否定してたら非科学的という乱暴な話だ。
『とはいえ科学的に証明できないのだから「存在しない」と言い切るのは度がすぎると思うぞ』
「昔の電波や放射線、病原菌やウィルスなんかがそうでしたね。見えない、科学的に見つかってない……と」
『「存在しない」としてる側に証明を求めるのは「悪魔の証明」を求める卑怯な物言いになる。だから証明する義務は存在を肯定してる側にのみ課せられている。だが、UFOが写ってるという写真や映像でもあるよな。九割は見間違いで残りの九%は捏造だが、それでも最後の一%は学者が調べてもニセモノとは否定できない……と。その一%の可能性を無視したまま「存在しない」と決めつけるのは問題だ』
「それを言い切る論拠になってるのが、オカルト論者の騙るデタラメな科学理論。UFOのたとえで言えば、九%もある捏造の部分ですね。そういうバカヤローの作ったトンデモ科学や捏造写真ばかりがオカルトの否定材料に持ち出されますから……」
オカルト論者の騙る科学理論は、科学と紛らわしいエセ科学とはまったく違う。
プラズマ、フォトン、ダイナモ理論、常温核融合、虚数空間、虚数時間、ディラックの宇宙、ヒッグス粒子、神の粒子、等々、実際にある科学の用語をデタラメな理屈や勝手な意味付けで使ってくれるので、科学のわかってる人ほど「はあ? 何言ってるんだ?」と言いたくなる無知蒙昧さに呆れさせられるケースが多い。オカルト論者の中からも「おまえは黙ってろ」「足を引っ張るな」と文句が出るほどだ。
とはいえ科学の側でも、何でもかんでもプラズマや相対性理論を持ち出して「証明済み」と言い張ったり、有名な学者の名前を出して「あの人も言ってる」と歴史やエピソードを捏造したりするおかしな人たちもいるから、どっちもどっちなのだが……。
『オカルトバスターの連中が叩きたいのは、エセ科学やエセスピを使って荒稼ぎしてる、詐欺師や宗教家のはず……なんだけどなあ。怪しい健康食品とか、巨額のお布施の要求とか、壺や数珠なんかを売りつける霊感商法とか……』
「『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』で科学や常識を持ち出して、それに合わないものは『ぜんぶダメだ』なんて言い出しましたもんね。その常識に『政治的に正しい』が入り込んできたのも気になりますが……」
『その結果が霊魂や神霊の否定であり、オカルトも宗教も「考えるだけ馬鹿」「信じるのはアホ」と言い出しやがった』
「でも、『無宗教でも問題なく生きていける』というのは笑っちゃいましたね。日本人には『無宗教な人が多い』とは言いますけど、それは特定の宗教を信じてないというだけで、本当の意味での無宗教な人は、ほとんどが共産主義者かリベラル思想家ですからねぇ」
『海外でも無宗教という人は増えてるが、それは日本人と同じで宗教を信じなくなったと言うだけの話だ。中には神が宇宙人に置き換わった古代宇宙飛行士論者も多い。その意味で、神も宇宙人も不可知な存在すら否定してる者で、共産主義者でもリベラル思想家でもない科学万能主義者は、どのくらいいるんだろうな?』
歴史上、最初に科学の勝利宣言が出されて科学万能主義がはびこった頃というと、間違いなく一九世紀半ばの西洋社会だろう。
まず産業革命が起こり、人力だったものが次々と機械に置き換わっていった。小さな工房が大きな工場に変わった。鉄道が各都市を結ぶようになった。帆船が動力船に変わって風がなくても走れるようになった。空には飛行船が飛ぶようになった。機械式の冷凍機が発明されて新鮮な食料品が都市部のお店にも溢れ始めた。だから人々は人類文明は進化を極めたと誇っていた。
だけど現代人から見たら、一九世紀などまだ近代文明の始まりにすぎない。当時はまだ自動車もない、飛行機もない、電気の明かりもなければ家電もない。そもそも発電所がない。電波はまだオカルトと思ってるから、無線による通信などない。電話もない。ようやく海底ケーブルで世界をつないで、モールス信号で電信が交わされるようになったばかり。現代人には不便すぎる時代だ。
同じようなことは、その後も繰り返している。
一九六九年に人類が月に到達し、無人探査機が各惑星に送り込まれ、そして人工衛星が宇宙から地球を観測し始めた一九七〇年代の終わり頃にも、また科学の勝利宣言をする人が出てきた。
あの時代はまだ家庭にはコンピューターが入ってきてない。せいぜいオフィスにコンピューターが入り、情報化社会が始まったばかりの頃だ。現在の人から見たら携帯電話もないのに人々はどうやって外で待ち合わせをしたのかとか、インターネットもないのにどうやって情報を集めたのかと不思議に思うだろう。
話ついでにコンピューターグラフィックスも、一九八〇年頃はまだワイヤーモデルを計算するのが精いっぱいの時代だ。3DCGなど、まだ夢のまた夢の時代。この頃のCG映像はコンピューターで輪郭線だけを描き、それにデザイナーが色を付けたり、アニメーターが手書きで間の動きを埋めてアニメーションにしたりしていた。現代人から見たら「それをCGと呼ぶなんて詐欺じゃないか」と言いたくなる状況だ。
ちなみにポリゴンやサーフェイスモデルを使った3DCGが始まるのは、一九八〇年代も終わりになってからだ。
そして二千ゼロ年代にも、科学はほとんど解明されたと宣言する人が出てきた。「化学の世界では、もう研究することがない」とか、「医学は、あとはガンを克服するだけ」とか、「科学は経済をも解明し、永遠の好景気が約束された」と豪語した。それを言い出した人たちからすれば、長期の不況に苦しむ日本のような国は、為政者の頭の中がいつまでも非科学的だからダメなんだと言い切ってくれた。
まあ、その直後にリーマン・ショック事件が起きて世界不況が招かれたので、科学による永遠の好景気を謳っていた人たちは、今はどこで息をしてるのか……。
それに、そのあとスマートフォンが普及してきたし、人工知能もディープラーニング技術のブレイクスルーが起きたので一気に性能を上げてきた。多くの人たちにとっては音声入力や自動翻訳が実用レベルになったと感じたのもこの頃からだ。
科学の世界でも二〇一〇年の前後に、いくつもの解釈の間違いが見つかって大きく変わった。中でも不確定性原理の数式の意味に大きな解釈ミスがあったことが気づかれ、量子の振る舞いをもっと正確に予測できるとわかった。それによって素粒子物理学の世界で、いくつもの発見が出てきた。
化石から古生物の色を再現できるようになったのも二〇一〇年からだ。それまでは科学イラストの色や模様は学者と画家が話し合って想像で決めていた。ところが化石の周りを顕微鏡で見ると色素の化石が残っていることがわかり、そこから羽毛恐竜を中心に色や模様が復元されて科学イラストが一気にカラフルになった。
二〇二二年末からは自動生成AIが一般向けに解放されて、中でも画像生成や自動作文、自動プログラミングが急速に広まっていった。ディープフェイクが顕著になったのもこの頃からだ。
こうやって考えると、今も科学は万能ではなく進化を続けている。
ところがその一方で、一九九〇年代以降は「科学的に正しい」や「事実と照らし合わせて正しい」よりも「政治的に正しい」解釈が求められるケースが増える時代になってきた。これは科学だけじゃない。歴史でも、環境問題でも、経済学でも、言語表現でも、そして医療現場や健康科学までも「政治的に正しい」ことが正しいとされる時代になってしまった。それが世の中の空気になったために「政治的に正しい」解釈を否定する人たちを、頭のおかしい人と馬鹿にするケースが増えている。中には我慢できず声を上げた学者や有識者に「専門家のくせに」と罵声が浴びせられるのだから、まさに末法の世である。
「守護神様。時空間の歪みで迷い込んだ未来には、今の世の中を悪くしている『悪』はほとんど取り払われてるのでしょうかね?」
『さすがに二〇二五年や二〇二七年では難しいが、二〇三二年だったら、かなりマシになってるんじゃないか?』
「ハッキリ断言できないのは、人によって向かう世界線が違うからですか?」
『その通り。俺の向かう世界線と、きみの意識が向かう世界線も違うかもしれん。俺は自分の行く世界線にいるきみの守護神を続けるだけだ』
「ということは、その時になってもまだ私は生きてるんですか?」
『そこは答えられん。だが、ホロスコープの教える運命の型では、二〇三一年から二年は、きみにとっては重要な転機だろ?』
「それを意識しすぎて、何も書けない未来しか思い浮かばないのですが……」
『未来を見たわけじゃないが、運命の型を見たせいで世界線が変わっちまったのか?』
「それよりも二〇二一年に振り込まれた『ただ読み協力金六円』が、意外と精神的にキテるみたいなんですよねぇ。しかも最近は海外で売れた部数の方が多い月がある一方で、海外で売れた分の一冊あたりのロイヤリティが契約の八分の一、一二分の一、二〇分の一とどんどん少なくなってきてるんですよ。もしかしたら日本国内で売れてる分は部数の方を二〇分の一にされてるんじゃないかと疑って、そのせいでますます書けなくなるというか、電子書籍で出そうとすると筆が進まなくなってるというか……」
『すっかりトラウマになってるな。気分転換で書いてるこっちはちゃんと書けてるのに……』
「そこが問題なんですよねぇ。筆は遅いですけど……」
この守護神様シリーズのように書いてるうちに枚数が膨らんで完成が遅れるのならまだしも、単純に先に進まずに同じところの文章を何度も書き直してるだけというのが何とも……。
一応、どんな話になるのか、話のメモやセリフの断片は先の先まで書いてあるのに、とにかく断片をつなげる文章が埋まらないというか……。
『それでも今年と来年は気張って書けよ。俺からは詳しいことは何も言えないけどな』
「作品は完成させないと、どうにもなりませんからねぇ」
こういうのもイップスになるのだろうか?
「未来に迷い込む現象について、語り忘れたことはありませんかね?」
『ないぞ。オカルトバスターの後日談の方もだ』
ということで締まりが悪いが、今回の話はここで終わる。
前回分の後日談として触れたオカルトバスターの方が長くなってしまったのは、ご愛嬌ということで……。




