第64話 占いについて聞いてみた
今回は「聞いてみた」というよりも、「まとめてみた」という感じの話題である。
「まさか星占い──ホロスコープで予言されていた通り、昨年(二〇二三年)後半に二度も入院し、ついでに手術まで受けるハメになるとは思いませんでした」
『きみに用意されていた運勢については、これまではほぼ予定通りに動いている。おそらく今後も運勢通りの運命をたどるだろう』
「占いというのは、そこまで当たるのですか?」
『その答えは、ちゃんと説明しないと誤解を生みそうだぞ』
「……でしょうね。聞いておいて、何ですが……」
ということで、まずは占いについてだ。
『まず占いと言っても、運勢を読み解くものと、ダウジングやリーディングによって未来を読むものの二通りがある。運勢を読み解くという意味はわかるな?』
「生まれた時間や場所によって、ある程度の運命の型が作られるんですよね? 運命の多くが他人との関係で作られるだけに、指導神様や天の神様はそのつながりをゼロから組み立てるのではなく、その型を利用してるんですよね。その上で関係する魂は候補となる家庭の中から親を選び、指定された時間に生まれるという流れですね」
『その通り。予定された運命に影響される地域内であれば、あとは指定された年月日と時間通りに生まれるだけだ。きみの場合、予定日よりも半月早く生まれたのも、運命に合わせるためだ。たとえ他の親や家庭を選んでいても、運勢としては今と近いものになっただろう』
「他の家に生まれた場合、私の守護神様は?」
『当然、俺以外の守護神が選ばれたはずだ。生まれる前に、きみに与えられた選択肢は六つ。父親は警察、教師、電電公社など、いずれも小さな地方を転勤して回る公務員だ。その中から、きみは一番過酷な運命になる営林署勤めの親を選んだわけだ』
「一番過酷って……。じゃあ、他の家に生まれていた世界線もあるんですか?」
『そういう世界線があるなら、必ず夢で経験を共有してるはずだ。俺には確認できないが、今と似たようなことをしていながら、「これは他人の記憶だ」と思える夢を見た覚えはあるか?』
「女になってる夢……ぐらいですね」
『それは、きみの肉体が作家ではなく政治家になる世界線だな。その世界線でのきみは、こちらにはいない双子の姉──女として生まれて、この世界線と同じように作家になってる』
「その世界線の存在については昨年(二〇二三年)末に、ようやく判明したんですよね。昔から何度も見る不思議な夢の正体が、ついにわかりましたよ。その世界線でも守護神様が、私の守護者ですか?」
『俺じゃないぞ。だが俺とは違って、ご先祖様として話には聞いてるはずだ。姫路城へ嫁いだ姫がいると……』
「江戸時代に入ってからの話ですね。守護神様よりも少し下の世代の方ですか?」
『俺の方が一足先に輪廻から離れたけど、魂としては、あちらの方が先輩だ。こちらの世界線では、ある女性漫画家の守護神をやってるぞ。きみはその漫画家のことは知らないようだがな』
世の中は広いんだか、狭いんだか……。
『たぶんだが他の世界線でも、きみはほぼ一択だったんじゃないかな? きみは悪神たちの手口と、地球独自の経済観念を学び取るために、今の地球へ送り込まれたんだ。その時にせっかくの機会だからと、地球特有の金バカや低知能エリートが仕掛けてくる一番過酷な運命を選んだのだ。それが物理的な被害の出るものや、生涯の健康に悪影響を与えてくるようなものでないのならばと……』
「精神的な被害も洒落になりませんけどね。ストレスから胃潰瘍になった経験もありますし……」
……って、なんて無謀な選択をしてくれてんだよ? 生まれる前の自分……。
「ところで生まれる親に選択肢があるとして、生まれる場所と時間には、どのくらいの誤差が許されてるんですか?」
『それは与えられた運命の内容によって違いがあるから、あまり確定的なことは言えないぞ。運命に関わる人間関係を無視すれば、生まれる場所は半径千キロぐらいの誤差があっても運命の型には影響しない。だが、運命に必要な出会いを考えると、生まれる市町村や都道府県、島などが限定されることが多い』
「市町村が違えば、当然、通う学校も変わりますもんね。時間の方は?」
『時間についても前後六時間の誤差は許容されているが、運命によっては前後一時間以内であることが求められる場合もある。それに日付の変わる前後や、日の出日の入り、月の出月の入りの前後などで運命が大きく変わる場合もあるから、そこは気をつけなければならん。きみの場合も冬至時刻を超えてから生まれられると運命に不具合が出てくるので、ギリギリ二〇分前に生まれたという感じだな。冬至前に生まれたから作家になれたが、遅れたら政治家になっちまうからな』
「それ、他の世界線の話とも符合しますね」
つまり作家になった世界線の著者は射手座生まれで、山羊座生まれになると政治家になる運命なのね。
そしてわずかだが、作家をしながら無理やり一期だけ政治家をやらされた世界線もあると……。
『それで……だ。きみの場合は候補に上がった親とは、すべてN町の時代にニアミスしてる。つまりどの親を選んでも、N町でのイベントは避けられなかったわけだ』
「N町といえば、いつまでも集落ごとに名主家が村を仕切り続ける、古い体質を変えられないでいる閉鎖的な町でしたね。それが大きく変わるイベントが起こるのは私がいた時から七年後。私が大学生だった頃なので、関係ないと思いますけど……」
ちなみに名主というのは江戸時代以前からある、土地ごとに有力な一族に村の運営を任せていた制度の名残りだ。関西では庄屋、東北地方では肝煎とも呼ばれている。
『いや、実はきみの通った中学では、同じ頃に名主家の一族から五人が通っていたんだ。そのうち四人の学年が同じで、三人がきみのクラスメートだ』
「五人? 三人しか知りませんけど……。それにクラスに三人目がいたんですか?」
『ははは。外から来た者には、いつまでも身分制度が残ってるとは思わないよな。だから恨みを買ってたぞ。もちろん、同じ小学校から来た一人も、村の掟を守らないきみについては、かなり腹を立てていたようだがな』
「彼については、あとで事情を知って呆れましたね。転校してしばらくしてからイジメが始まったのですが、それは閉鎖的な村のよそ者イジメだと思ってたのに、村の掟破りが原因だと言われたんですよね。でも、肝心の掟を誰も教えてくれない理不尽なもので、それを中学に進学ったあとで知るという……」
あれは本当に理不尽なイジメだった。『名主の子は何事も村で一番じゃないといけない』という心意気はいい。だが、それを本人の努力ではなくて、周りの子の忖度という掟で実現してたものだった。それを転校生が壊したのだから、彼らにとっては「自分たちは我慢してるのに」という気持ちからのよそ者イジメになるのだろうが、モノがモノだけに誰も口に出して理由を説明できなかった。学校の先生たちですら、何かのしがらみから説明できないようだった。あの時の「三年我慢すれば村から出ていけるんだ。それまで我慢してろ」は、今も教師として言ってはならない発言だと思っている。子供の頃の三年は、大人が思う以上に長いのだから。それだけに、やられるこちらにとっては理由がわからないのだから、理不尽なイジメでしかない。
でも、弟はイジメに遭ってなかった。それは同じ学年に名主の子がいなかったからだ。
とはいえ、その理由を知ったのは一年後──中学へ進学して、別の小学校から来た名主の子がクラスメートになったからだ。その子はちゃんと勉強する子だった。その中学に通った二年間、定期テストの総合成績では一度も彼に勝ってない。それほど勉強してる子だった。その子がいるから、同じ小学校から来た子供たちも、その子の成績を越えなければOKとなったのだろう。みんな急速に成績を伸ばしていった。その結果、問題の名主の子は平均以下へ沈んでいくというグレンが起きた。
「そういえば中学の時、ずっと学年トップの女の子がいましたけど、あの子もイジメとは無縁でしたね」
『そりゃあそうだろ。中央官庁から来たキャリア官僚の娘だ。あの町にとっては名主よりも身分は上だからな。誰も手は出せんさ』
「……なるほど。言われてみれば……」
ダウジングで得た情報とはいえ、いろいろ腑に落ちてくるのだから、如何に何も知らないできたと思う。
『それにN町にとっては、きみの学年は特別なものだったんだ。同じ学年に町内にあるすべての小学校から名主の子が集まってきたのだからな。それに合わせるように神が転校生──N町にとってのよそ者、それも成績の良い子ばかりをぶつけたのだ。その転校生たちが学年上位でせめぎ合ってたのだから、町にとって大きな問題になったのだぞ』
「ああ、それで妙に同級生に転勤族が多いと感じたのですか。他に田舎に住む親戚に預けられたという子が何人かいましたし……」
あの時代、都会では大気汚染がひどかった。そのため喘息持ちの子供たちが、空気のきれいな田舎に住む親戚に預けられるケースが多かった。
そのせいもあるのか、あの学校に通っていた時代、学年約一〇〇人のうち、N町にとってのよそ者が学年の一割を超えていた。
それがなければ著者のいた学年は、名主家一族間の代理戦争のようなものになっていたらしい。その結果が将来の名主間の力関係に影響するはずだったのだろう。
ところが、その定期テストの上位を、N町にとってのよそ者が占めてしまった。学年上位一〇人のうち、七〜八人はよそ者だったと記憶している。
ちなみにN町の中学に通った二年間、定期テストの成績は、キャリア官僚の子、他の小学校から来た名主の子、私の三人が不動のトップスリーだった。
『きみたちは神の狙い通りに動いてくれた。おかげで、きみの学年で名主家に対するメッキが剥がされて、それが七年後の事件につながるわけだ』
「あの町の思い出というと、『ここは独裁国家か?』と思うぐらい、日頃の行動を事細かに監視されてましたね。しかも町から出るとか、外から親戚が遊びに来るとか、いちいち学校への報告の義務を求めてきて、言うのを忘れると生徒指導室に呼び出されて叱られてました。集落から離れて国有林の中にある官舎で暮らしてたのに、いったい誰が見張っていたのやら……」
小さい町だけに、そこにある商店街も小さい。当然、品ぞろえも少ないため、日曜日ごとに家族でデパートやスーパーのある大きな街まで買い物に出かけるのが習慣だった。それをどこへ行ったか細かく尋問されていた。とんでもないプライバシー侵害だ。
『町が閉鎖的な体質だから、有力者どもが人の出入りに過敏になっていたんだ。だが、半分はきみにも原因があるのだぞ』
「私に原因?」
『部活動、サボってただろ』
「何度注意されても無視してましたね。でも、生徒の半分以上は抗議の幽霊部員でしたよ」
半分どころか、八割方だったかも……。
そのN町の中学校には自由がなかった。本人の希望を無視して、学校側がクラス割りのように、部活動まで入学前に決めていたのだ。
ちなみに著者は幼い頃からママさんバレー好きの母にくっついて、バレーボールをやってた。だから中学での部活動はバレーボールを希望していた。ところが著者の入学時の身長は、学年で二番目に低い一三六cm。そのせいでバレーボールどころか運動系は無理と決め付けられたのだろう。望んでもいない吹奏楽部入りを申しつけられた。そのせいで中学入学と同時に音楽嫌いとなり、以降、大学二年生の秋に再びクラシック音楽を聴くようになるまで、歌謡曲を含めて音楽にはまったく興味を向けない生活をしていた。
こういう学校への反発は、多くの生徒たちが持っていた。著者が一年になったばかりの時に、さっそく事件が起きた。女子バスケットボール部がある日の対外試合で、メンバー不足で不戦敗となったのだ。N町の中学校は、なぜか女子が六割以上もいる男女比だった。それに活動してる部活は六つだけ。男女のバレーボール部とバスケットボール部、それとサッカー部と吹奏楽部だ。それを学校側が均等になるように勝手に割り振っていたのだから、女子バスケ部には五〇人〜六〇人の部員がいたと思う。とはいえ、この時は一年生は入学したばかりなので、二〜三年生のみで考えると三〇人〜四〇人になるだろうか。だが、その中にちゃんと活動して大会に出ようとしてた生徒は五人もいなかったというわけだ。
『そもそもきみは学年三位だったことで、学校から目をつけられてたんだ』
「何で三位が? 上の二人は?」
『一位はキャリア官僚の子、二位は名主の子だ。あの町の体質では身分的に何も言えん。だから三位のきみに矛先が向いたんだ』
「そんな理不尽な!」
『きみはそういう星の下に生まれたとあきらめろ。そんなきみが入学直後の数回を除くと、一度も部活に顔を出さない幽霊部員に徹してたんだ。そのおかげで他の転勤族の子に向かう目も引き付けていた。まあ、多くの子は要領よく、月に一〜二回は部活に顔を出してのだがな』
「そこは世渡り術の問題ですかねぇ」
『職員会議で何度もきみの名前を出されては、校長が抑えることが続いていたぞ。あの頃は校長がうまく守ってくれてたし、きみが名主の子の一人と仲が好かったので、珍しくあの二年間ではあからさまなイジメには遭わなかっただろ』
「言われてみると校長先生には時々話しかけてもらってましたし、妙に私のことに詳しい印象もありましたね。てっきり生徒全員のことをよく見てる人だと思ってましたが……」
『小さな学校とはいえ全校生徒三〇〇人だぞ。顔や名前、家族構成ぐらいは覚えることはできても、一人一人の細かな話まで目が届くはずがない。だけど、きみの場合は何かと監視してる連中から入ってくる話を聞かされてたんだ。気にもなるだろうさ』
言われてみると、あの頃、妙に敵意を向けてくる先生が三人いた。子供心に、ああいう大人は怖かったが、そういう人から校長先生が守ってくれていたのだろうか。
それと仲が良い名主の子というのは、学年二位の子だ。理数では私が強く、英国社は彼が強かった。彼に対して「理数の平均点が他の教科よりも低めなので、その分だけ勝てない」と何度も言った負け惜しみは、今もよく覚えている。実際はその分だけむしろ私の方が有利なはずだ。
負けていた理由は明白。もっとも大きいのは英語だ。あの頃から英語に足を引っ張られていた。理由は参考書や単語帳というものの存在を知らず、教科書と英和辞典だけで勉強してたからだ。そのためテストで教科書で習ってない単語や熟語、慣用句が出てくるたびに答えに窮していた。
参考書を知らないというと「本屋で見なかったのか?」と思う人が多いだろう。だが、そもそも田舎には本屋がない。雑貨屋の片隅に、小さな本棚と雑誌コーナーがあるだけだ。今ならコンビニの雑誌コーナーを思い浮かべればいい。あの程度のものしか置かれてなかったのだから、参考書類が置かれてるはずがない。
そのせいもあって大きな書店で学習参考書のコーナーを見た時、著者は「大きな本屋では教科書も売ってるんだ」としか思わなかった。転校のおかげで学校ごとに違う教科書が使われてるのは知ってたから、並んでるのは何種類もある教科書だと思っていた。また田舎では教科書を無くしたり破損した場合、学校で先生にお願いしてもらっていた。それを先生に知られないように、こっそり買えるんだなと思ってた。それだけにコーナーに近寄って、手に取ってみようとも思わなかった。そのため、このとんだ思い違いは高二の秋に参考書の存在を知るまで正されることはなかった。
話を戻して、国語や社会も正しい答え──というよりも実情に近い説明ではなく、問題作成者の考えた模範解答を答えるという部分を苦手としていた。模範解答とは、あくまで解釈の一つだ。そして、それを見つけるのも受験テクニックの一つである。だが、それを知らないと読書量の多い人たちや、想像力や洞察力の高い人たちは、問題作成者の見落としていた、より実情に近い答えに気づいてしまう。そのせいで点数を落としやすいというパラドックスだ。実際に問題に使われたオリジナルの文章を書いた当事者に解いてもらうと、模範解答とはまったく別の理由で考えていたために不正解を連発するという現象が起こる。そして子供の頃から本の虫で、いつの間にか作家になってしまった人たちにも共通する、根の深い現象でもある。
話ついでに余談であるが、昭和三〇年代までは教科書で扱ってないものは、一部の難関校の受験問題以外では出てこないものだったらしい。ところが昭和四〇年以降、受験競争の激化とともに学内テストでも教科書では扱ってないもの──初見ではまず解けないものや教科書では扱ってない知識を必要とするものを発展問題として出題するケースが増えていったそうだ。それが顕著に現れたのが、英語の単語や慣用表現、それと数学の公式という話だ。著者が中学生だった頃はすでに学内テストでも、どこかで発展問題を解いた経験がないと九〇点以上は難しい時代になっていた。超ゆとり教育の時代には、それが六〇点や七〇点になっていた学校もあったという。これでは親が塾通いや予備校通いに腐心させられるはずである。
『あとな、町の人がきみの動向を探ってたのは、どこで勉強してるのかもあったんだ。あの町で教えてることはレベルが低すぎるからな。あの町へ赴任させられた転勤族の親たちは、日曜日ごとに県境を越えて、外の大きな街にある学習塾や予備校へ通わせていたんだ。そこで、きみもどこで学んでるのかを探っていたわけだ』
「……なんですか? それは……。私の親はあまり教育に熱心ではないので、学習塾へ通ったことはありませんよ。せいぜい趣味人の母に勧められて、書道教室や絵画教室などに通ったことがあるぐらいで……」
『きみの両親が「塾は学校の授業だけでは理解が追いつかない人が補習のために行くところ」という古い価値観でいたことも、そのせいできみが参考書や学習教材があることを知らず、ひたすら教科書と辞書、それと百科事典を読み込むだけで何とかしてきたことも知ってる。だが、そんなことは町の人には思いもしないことだ。だから、ない秘訣を見つけ出してやろうと、かなり息を巻いて探ってたんだ』
「あれもこれもムチャクチャですね……」
つまり日曜ごとに家族で買い物のために遠出してたのを、町の人たちは勉強のためと疑ってたわけか……。
そのN町の教育問題は、人の出入りがないことを前提にして、独自の教育システムを作り上げていたことだ。中学と高校が一校ずつしかないので、事実上の中高一貫教育ができた。だが、それで高度な教育をやるのではなく、六年かけて共通一次試験やセンター試験をギリギリ受けられるレベルを教えれば十分としていた。たとえば英語は高校一年生までの内容で、すべての文法は網羅されている。だから二年と三年分は応用問題みたいなものだから、教えなくても大丈夫という考えだ。数学も数Ⅰだけで受験できるので、数Ⅱや数Ⅲはわざわざ教える必要はないと割り切っていたのだろう。
そのため中二の数学教科書を渡されたのは二学期も半ばを過ぎた頃、中二の英語教科書に至っては三学期に入ってからだ。また地理や歴史は中学と高校で重複して教えることになるので、教科書だけを渡しておいて、中学では日本地理と日本史だけを教えようと考えていたと思う。
「あの中学に二年間いた反動で、中三の一年間がすごい地獄になったと今も思ってますよ」
『きみにとっては理不尽なイジメを含む仕打ちだったからな。あれには悪質なものもあるし、不幸な偶然が重なったのもある。あれも運命だ』
「あれも星の下のできごと……ですか?」
『そうだ。N町でのイベントは二年で十分。だから、三年に上がる時にいっせいに転校しただろ。さすがにあそこで動かなかったら高校受験に影響が出て、その後の運命に響く可能性があったからな』
「ホントに見事な感じでしたね。N町に集まった転勤族のうち、一人が二年に上がる時に県庁所在地のある市の中学へ転校して、そのあと三年に上がる頃に私を含めた四人も同じ市内にある中学へ転校したんですよね」
最初に転校していった一人と、キャリア官僚の子がS中学へ、他の二人はK中学へ、そして私はY中学へという転校だった。それぞれ二kmも離れてないご近所。そしてどこも全校生徒約一五〇〇人、学年ごとに一〇〜一二クラスあるマンモス校だった。
『中三の一年間は、きみはY中学でのイベントが運命だ。それと同じ時に転校した三人は、県内でもっとも偏差値の高い公立高校で起こるイベントのために受験勉強に専念するための準備期間だ』
「運命ですか。私は高校時代のイベントには無関係ですか?」
『きみは作家になるために、三人とは別の高校へ進んでもらった。受験教育や専門教育に力を入れる学校ではなく、高校も大学も文部省の方針に逆らって、一般教養に力を入れてる学校だ。Y中学でのイベントは、そこへ導くための運命だったんだよ』
「Y中学でのイベントって、イジメですよね? あれ、原因がまったく謎だったんですよね。転校から二か月近く経った頃に、いきなり集団無視が始まって……」
『あれは英語教師が原因だ。あの馬鹿、きみの英語の成績が悪いのを、自分への反抗だと思いこんで勝手に制裁を仕掛けてきたんだ。それも自分が顧問を務めてる部活の生徒を焚きつけてな』
「マジ……ですか?」
ダウジングで出てきた答えなので事実関係を確かめられないが、あの英語教師から毛嫌いされていたのは事実だ。英語に疑問があって尋ねても、無視してくれた。そのため英語でわからないところは、担任の数学の先生か、妙に私を気に入ってくれていた国語の先生に教えてもらうハメになった。
その原因の一つが転校した翌日から始まった進級直後の実力テストだ。春休み中の猛勉強のおかげか、五〇〇満点中四三五点、学年約五〇〇人中四三位という好成績だった。しかも二年生分の内容を春休み中に独学することになった数学が八五点、英語は八九点という結果だったので、このあと慢心したのかもしれない。
その次の一学期の中間テストでは、英語は三二点と急降下した。それでいながら総合得点は四一〇点だったため、ここで英語の先生に目をつけられたらしい。
独学になった中二分の英語には、日本語にはない過去分詞や関係代名詞などの文法が出てくる。実力テストの時はたまたま何とかなったけど、理解が不十分で一気に成績が落ちた感じだ。先に挙げた文法も今だからわかることで、当時は自分が何につまづいているのかすらわかってなかったと思う。
だが、英語の先生はそのような事情を知らないためか、反射的に「自分への反抗だ!」と思い込んで敵意を燃やしたらしい。中三の受験前の生徒が、自分の成績を落としてまで教師にイヤガラセをする意味があるのかなんて、考えられなかったようだ。そして、たしかに集団無視が始まったのも、この定期テストのあとからである。話の筋は通っている。
『イジメが始まったと同時に、変なウワサが広まっただろ。きみが陰でどんな悪口を触れまわって、みんなを馬鹿にしてるとか……』
「それ、国語の先生から聞かされて驚いたんですよね」
『それな、始まったイジメに便乗して、三人のクラスメイトが触れまわってたんだ。二人はきみの言葉尻を曲解して受け取り、もう一人は完全な逆怨みだ』
「私が三人に何をしたんですかね?」
『転校生がいきなり学年四〇位台に入ってきたからだ。県内でもっとも偏差値の高い公立高校へ進学できるのは、毎年学年で五〇人ぐらい。クラスで四人ほどだ。そこへの進学を希望しながらボーダーライン上にいる子にとっては、いきなり現れたきみは脅威でしかないだろ。そこで排除しようとしてきたんだ』
「それもまた身勝手な理屈ですね」
『そう、教師も生徒も身勝手だ。とはいえ、普通ならライバルが現れたぐらいで、いきなり攻撃を仕掛けてくるような馬鹿はいない。それなりに高い学力を得るほど勉強してるんだ。そのぐらいの理性はある。だが、きみの存在は簡単に理性を壊しちまったんだ』
「どういう意味ですか?」
『IQの差だ。今の世の中には学力とプライドだけは高いが、物事を目先と決めつけでしか考えられない連中がいる。平均的な知力しか持たない、典型的な戦後エリートだ。そういう連中にとって、自分よりもIQが何十も高い相手は自分には想像の及ばない発想や言動を自然とやってのける得体の知れないバケモノだ。とはいえ多くの人にとっては、「世の中には、そんな人もいるよね」で流せるのだが、プライドの高い人にはそれが身近にいると、生き物の本能から遠ざけようとする拒絶反応が働く。その時に彼らは自分には想像のできない発想や発言を、裏に不正行為や悪事を企んでるという被害妄想で穴埋めして、危険人物だと決めつけやすいんだ。それが英語教師が「自分への反抗だ」と思い込んだ理由だし、クラスメイトが不正で高い学力を得てると思い込んだ理由だ。あとは悪いヤツは叩き潰さなくちゃいけないという正義感で行動を起こすんだ』
「それはイヤな人間心理ですね。っていうか、イジメは正義なんですか?」
『残念だが、世の中には正義を騙る悪が多いだろ。きみの運命は彼らにそれを体験させるのが目的だ。あとはそれぞれが自分の間違いに気づき、改心するかどうかだ』
「それで、改心したんですかね?」
『そこまでは知らんよ。俺の管轄外だからな』
「夏休みを明けても英語の成績を取り戻せず、イジメも続いてたので九月には胃潰瘍になったんですよね。そこからの二か月間は治療のために休みがちになって……」
『精神的にボロボロだったな。きみが休んでる時に担任がホームルームでそのイジメについて話し合わせた時に、問題の三人がきみに対するものすごいネガティブキャンペーンを仕掛けたんだ。とはいえ事実無根の思い込みだし、あれで何かおかしいと気づいた子が出てきた。「陰で悪口を言ってるって、誰が聞いたの?」とな。堪らずある子から英語教師に言われたと暴露話まで出てきた。きみには担任からホームルームの内容を聞かされてるが、けっこうな部分は伏せられてる。だから、英語教師の件は最近まで知らないでいたし、仕掛けた三人のうち最後の一人は今もわからないままだろ』
「二人とは何度か言いがかりをつけられて口論になったことがあるので『やっぱりか』とは思ったのですが、最後の一人は謎ですね。っていうか、ネガティブキャンペーンって……」
その二人はともに高校受験で公立の最難関校を受けて、一人は落ちた。その子は併願してた県外にある私立の進学高校には受かっていたという話は聞いている。そこへ通ったかどうかは知らないが……。
でも、こういう言いがかりをつけられる話はその後、何度も体験することになるので、ホントに運命らしいのだが……。
『で、一一月を迎えたあたりで、急にイジメが消えただろ。あれ、ホームルームで話し合われたことが原因じゃない。きみが通院などの負担があったので、大事を取って志望校のランクを一つ落としたことが原因だ』
「言われてみると、時期的に合致しますね。なんで今まで気づかなかったんだろ……」
『それだけ身勝手な理由からのイジメだったってことだ。英語教師の方も、さすがに生徒がイジメを続けられなくなったし、生徒から悪事がバレたことで担任から注意が入ったから、そっちも弱まったんだ。でも、それは将来、作家になるために必要な運命だったと思ってくれ』
「そうですね。でも、そのおかげで、県内トップの公立高校で起こる、呪われた学年のイベントには遭遇せずに済みました。あれ、行った人たちは漏れなく体験させられてるんですよね」
『もちろんN中から来た三人はそれに遭遇するのが運命だったからな』
その高校では入学直後の六月、体育の授業中に一年生一人が熱中症を起こして亡くなる事故があった。そのすぐあとの文化祭でも、後夜祭のキャンプファイヤーで櫓が崩れて、一人の死者と何人ものケガ人を出している。更に翌年の遠足?でも事故で一人が亡くなり、夏休み中の部活でも一人が亡くなっている。その亡くなった生徒がすべて同じ学年であったために、呪われた学年のイベントというわけだ。なお、これは著者の記憶にある事故だけなので、他にもあったのかもしれない。それと亡くなった生徒の中に、N中から来た三人はいなかったことも付け加えておく。
「私は別の高校へ進んだおかげで、何事もなく平穏な三年間を過ごせました」
『何事もなかっただと? きみだって大きな運命のイベントに巻き込まれてただろ?』
「何かありましたっけ?」
『修学旅行と生徒会の汚職疑惑だ。しっかり当事者になってただろ』
「修学旅行と生徒会って……あれかぁ……」
まず高校時代の修学旅行は、高二の秋にあった。関東地方を四泊五日かけてめぐるものだ。
そこへ出かける直前、新任の教頭が「制服の着用」を求めてきた。これが事件の始まりである。そもそも著者の通った高校には制服はない。だから修学旅行も私服のまま出かけるはずだった。それが教頭の鶴の一声で騒動になった。私服で街を歩くために、毎年何人かが「学校をサボってる」と思われて補導される問題が起きていたからだ。だが、繰り返すが高校に制服はない。そこで制服の代わりに体操着でという意見も出たが、「東京の街をジャージで歩きまわるのはイヤだ」という反対意見が強く、最終的に「各自、制服っぽいものを着てこよう」という話に落ち着いた。だが、これがすべての間違いとなった。
修学旅行出発当日、集合場所に集まったのは、見事にバラバラな服装をした異様な集団だ。中学時代の制服、親戚や友人から借りた他校の制服、あとは白シャツに柄のない上下とネクタイという制服っぽい格好の人たちだ。ちなみに著者は中学時代の学生服が着られたので、それで修学旅行へ出かけた。
そういえば自作したという女子もいたが、あれ、今思うとコスプレだったんじゃ……。
そして事件は自由行動のたびに起きた。バラバラの制服で行動する集団を見て、各地の指導員が「まさか不良たちの集会が」「何かの出入りか?」という思考が働いたのか、例年の比ではないほど補導される生徒が続出し、そのたびに待機していた教員が呼び出されて説明してまわるという事件が起きていた。著者は補導こそされなかったが、合流するはずのグループが補導されてしまい、予定を一つ取りやめる事態が発生している。この頃はスマホどころか携帯電話もない時代だったので、何かあった時の互いの連絡手段がなかった。そこで宿泊先のホテルで待機している先生に電話で伝言を頼んで、一緒に行動してたクラスメートと二人だけで国立科学博物館を見て回った。だが、たっぷり二時間かけて上野公園に戻っても、合流予定のグループは到着してなかった。ようやく合流することができたのは、それから更に一時間以上待たされてからだ。そのグループを補導した指導員が頑固な人で、教師が来るまで何を説明しても信じてくれなかったそうだ。おかげでそのグループはその日、昼飯抜きになっている。
さすがに、これが理由で翌年以降の修学旅行が中止になることはなかったが、無事「服装は自由でOK」に戻ったというイベントだ。
次の生徒会の汚職疑惑というのも呆れた話である。
著者は二年生の後半から三年生にかけて、生徒会で広報役員を任された。事件は三年生になった直後の部活予算の割り振りで起きた。新入部員を確保できず一人だけの登山部と、入っても四人の女子バレーボール部が騒動の原因だ。まず前提として部として認められ、活動予算を請求できるのは部員が五人以上の部と決められている。だが、登山部と女子バレー部は、そういう同好会陥落のルールを認めようとしない身勝手な連中だった。そして両方の部長とも、著者を広報役員ではなく会計と勘違いしていたのも共通していた。
なぜ勘違いが生まれたのかといえば、理由は単純だ。会計担当の女子が声が小さくて引っ込み思案だったため、広報担当の著者が代わりに人前で伝えるというケースが多かったからだ。
その事件の最中、県からパソコンが送られてきた。教育予算で各校へ一台ずつ配ったものだが、本体だけでモニターも記録装置もないものだ。予算を組んだ人たちには、まだそういう知識がなかったのだろう。そこで扱いに困った学校は、それをすでにパソコンを使って活動している物理部に押しつけてきた。物理部ではシミュレーション計算用としてパソコンを使っていた。著者はその物理部の部員だ。そしてプログラミングを覚えて、シミュレーションの片手間で、先輩と一緒にゲームを量産していた。しかもすでにパソコンは三台あるのに、プログラムを組めるのは二人だけ。だから、いつでも最低一台は余って遊べる状態であった。そのため物理部がゲームセンターと化していたことも、生徒には周知の事実だった。そしてパソコンによる擬似的なワープロを組んで使えたことが、生徒会の広報役員に誘われる理由にもなっていた。
そんなことがあったため、すぐにこの話は「会計が予算を私的に流用して、自分のクラブに予算を回してパソコンを買った」という不正疑惑として流れた。完全な濡れ衣である。更に生徒会への疑惑は膨らみ、現行生徒会発足直後の親睦会まで疑惑として流れた。生徒会予算を私的に使って、旅行に出かけたという言いがかりだ。しかも、それが不正であるため、関わりたくない役員が不参加だったというのだが、その不参加だったというのは法事と重なって行けなくなった著者である。
疑惑の中で「不正流用した生徒」と「不正に関わりたくない生徒」のどちらもが著者という矛盾が、まさに運命なのだろう。
その生徒会疑惑から不信任案が出され、全校生徒総会が開かれた。不信任案を出して全校生徒総会に持ち込んだのは、女子バレー部の部長他三人の連名だ。そして生徒総会では事実説明が行われ、壇上に先生たちも出てきて、パソコンの件も、親睦会の件も、事実無根の言いがかりであることが説明されたのだが……。はたしてどこまで言葉が届いただろうか……。
取り敢えず不信任は拒否されたが、一度出た疑惑はいつまでも消えることはなかった。その後も生徒会メンバーに対する人格攻撃が始まったため、まっさきに生徒会長が顔を出さなくなった。すぐに副会長も役目を放棄すると、著者も顔を出さなくなった。だからこそ思い出さなくなった記憶かもしれない。
なお、最後まで会計と書紀の女子二人が生徒会室に残っていたため、何か必要がある時にだけ集まって最小限の活動をする生徒会になっていた。
たしかに著者は生まれてくる前に、「地球特有の金バカや低知能エリートが仕掛けてくる一番過酷な運命を選んだ」のかもしれない。
このまま著者の運命を語ってるとダラダラと長くなってしまうので、ここで話を戻そう。
「ところで運命の型は、誰にでもあるものですか?」
『あるよ。運命があるかどうかにかかわらず、ある程度は型に沿う方向へは運勢が動きやすい。そのあたりは行動の癖から病気になる意味で、健康運がわかりやすいな。それに運命の多くは他人との関わり合いだから、運命があるなら相手にとっても運命だから、互いに型に沿った行動や選択をした先に出会いがあるわけだ』
「ということは、誰もが運命……というか、運命の型から影響を受けてるんですか?」
『それはよくある誤解だ。上の神が運命を与えるのは、人口のせいぜい五〜六%にすぎん。誰もが運命の型に沿って運勢が動きやすいとは言ったが、それは守護神にとっての話だ。運命の行動や選択をするように、ちょっと働きかけるだけで良いのだからな。だが、基本的にこの世は自由意思で動いてもらって構わない世界だ。上の神から今生でやるべき運命や使命を与えられていても、そこから降りるのは自由だ。もっとも守護神としては、与えられた運命には従ってもらうように導きはするけどな』
「つまりそのおかげで、私は運命の型通りの人生をたどってるわけですね」
『その通りではあるが、正直、身勝手な者たちによって道のいくつかが塞がれている。おかげで、かなり細い道の上を歩くハメになってるぞ。しかも地球の建て替え──アセンションが数か月延長されたことで、その延長期間を乗り切ったあと、道がちゃんとつながってるかどうかが俺にもわからん。いや、俺だけじゃない。本当なら担当する魂を嬉し嬉しで乗り切れるようにしてた多くの守護神ですら、延長された期間の道を見失っているのだからな』
「日月神示でいうところのナルトの渦ですね。それにしても道が塞がれてるって……」
『まずきみの恋愛運が壊滅的だ。そもそも高IQがネックだな。下手に知恵が回ると、きみが得体の知れないバケモノに見えてしまう。それが付き合いが長続きしない原因だ。そこで運命でそういう部分に鈍感な相手が用意されていたのだが、候補の多くが肉体をワンダラーに略奪されてしまった。運命の時期を過ぎた途端、急に出会いがなくなり、見合い相手も勧められた相手もトンデモ系や地雷系だらけだっただろ』
「普通の人だったのは、会ってる間か、最初のうちだけか……」
著者はこのまま生涯独身になるだろう。周りから勧められて何十回と見合いをしたが、途中から急激に異性への興味が褪せていったのを自分でも感じた。ちなみに、あまりにも見合いが決まらないために、半数以上を世話をした伯母が怒りを爆発させたこともあった。だが、それは私に対してよりも、確認を取れたすべてのお相手がお見合いから一〇年以上経っても、誰一人結婚してなかったという事実に対しての愚痴だった。これも著者の運命というか、今の時代だからこそ……だろうか。
『恋愛以外の対人運も、二〇一四年か二〇一五年に出会うはずの人との出会いがなかったために、ずっと低迷が続いている。相手が出会う前に失脚させられて、出会う機会を奪われてたんだ。まあ、その出会いがなかったから、今もまだ作家を本業として続けてるのだがな』
「ホロスコープで『何かが終わる』とあるのは、作家活動だったでしょうかね? むしろ出会えない運命だったんじゃ……」
そのホロスコープによると、どのみち二〇〇五年に起こされたトラブルのあとは、二〇年間の運勢低迷期に苦しまされるとなっている。だから二〇一四年か五年の出会いがあったとしても、はたしてマトモな人生を送れていただろうか。それでも二〇三一〜二年には作家活動を再開してるみたいだが……。
『それで、次に大きな出会いがあるのは今年(二〇二四年)か来年(二〇二五年)のはずだ』
「ホロスコープで運気が一時的に上がるのも、今年と来年ですね」
『言っておくが、モノによっては未来を教えると結果が変わる傾向があるから、そうそうは教えてやらんぞ。まあ、それ以前に相手については、まだ俺も知らされてないのだがな』
「建て替えの延長で運命が乱れてる影響ですか?」
『それもあるが、二〇一四〜五年の運命が変わった影響かもしれん。そのあたりは何も言えん』
「未来のことは、どのくらいわかるものですか?」
『そのあたりのことは話を一度締めて、改めて語ろう。今回は長くなりすぎだ』
「自分の運命を振り返る意味で、過去話を語りすぎましたからね」
ということで、ここで今回の話を一度打ち切る。内容が内容だけに、著者の自慢話だと思った人がいたら失礼。
次回は占いとは少し違う、未来の予知予言について語ろうと思う。




