第5話 死後の世界について聞いてみた
「守護神様、臨死体験ってありますよね。あれでよく聞く三途の川とか賽の河原って、ホントにあるんですかね?」
『ないよ』
あっさり答えられてしまった。
「ないんですか?」
『あれは死後の世界に入る前の待ち合い所で、担当する神が好みで見せている幻覚映像だ』
「幻覚……ですか? 何でそんなものを見せるんですか?」
『肉体のある世界は三次元だけど、魂だけになった世界は次元が高いからな。いきなり次元の高い世界を見るのは刺激が強すぎるからだよ。だから、しばらく幻覚を見せて感覚を慣らす意味があるんだ』
「そんな事情があったんですね」
思いもしない答えが返ってきた。
「ところで次元の高い世界って、どんな感じに見えるんですか?」
『絵の具を水面に垂らして模様を作るマーブリングってものがあるだろう。あれがずっと動き続けてるように見える……と言えば伝わるかな? あんなものをいきなり見せられたら空間に酔うし、人によってはあっという間に精神崩壊を起こすからな』
「それは刺激が強そうですね……」
『だから慣れるまでは幻覚を見せるんだ。その時にどんな幻覚映像を見せるかは、見せる相手や担当する神の気分で変わってくるけどな』
「神様の……気分?」
『幻覚は神が自由に変えられるんだ。たとえば、あの世まで船や列車に乗って行く幻覚だって作ろうと思えばできる。夜叉や鬼に捕まって朧車に乗せられ、百鬼夜行と一緒にあの世まで連れて行かれる幻覚だって見せようと思えば可能だ』
「それは地獄へ連れて行かれそうなので、ご勘弁願いたいですね」
『とはいえ、ほとんどの神は出来合いの映像の中から、無難な幻覚を選ぶケースが多い。自然と見せる相手の宗教や文化の影響から、あの世との境界線には「三途の川」や「大きな谷」「長い牧場の柵」のようなものが使われるんだ』
「だから臨死体験した人たちは、似たような世界を見てくるんですね。そこで会う人たちも幻覚なんですか?」
『いや、まだ相手が生まれ変わる前なら、本人が面会に来てるケースが多いと思うよ。あくまで一般論だけどな』
おそらく河原や向こう岸の様子も、用意されたオプション映像なのだろう。
『お望みなら、きみが死ぬ時には別の映像を用意してみせようか。未開の原住民に捕まって棒に吊るされ、あの世まで「えっほ、えっほ」と運ばれる幻覚なんかおもしろくないか?』
「無理やりネタに走るのはやめてください」
うっかりでもジョークネタ満載の賽の河原を思い浮かべたら、それが本当に使われそうで怖い……。
「死んだあとの閻魔裁判って、本当にあるんですか?」
『あるよ』
これもあっさりと答えが返ってきた。
「じゃあ、仏教が語ってるように、死後三五日目に地蔵様の事前審議を受けて、死後四二日目に閻魔様から最終判決を聞かされるんですか?」
『そこは違う。ほとんどの人は裁判とは無縁だ。受けるのは何十万人に一人程度の、非常に稀なものだよ』
「そんなに少ないんですか?」
『そもそも間違った生き方をしてたら霊格が落ちるだろ。すでに生きてるうちにペナルティを受けてるから、裁判は必要ないって考えだ』
「なるほど。それは納得ですね。それでも裁判を受けるのは?」
『天界の神々に目をつけられて、霊格が落ちる程度ではペナルティが足りないと判断された場合だな』
「目をつけられるって、どんな人生を歩んできたんでしょうね?」
『そりゃあ、いろいろあるぞ。天界の神々が決めた計画を台無しにしようものなら、間違いなく目はつけられるよな』
「他人の運命を狂わせるとか……ですか?」
『それもあるが、重大な使命を与えられていたのに、何もしなかった……とかな』
「でも、地上にいる私たちには、何も知らされてませんよね? それなのに知らずにやったら裁判っていうのは理不尽なのでは?」
『天界の神々は、そんなに冷酷で無慈悲でない。知らずにやったものは仕方ない。だが、天界の決まりを無視して世の中を乱すヤツが、けっこういるんだ。こういう連中の話は、そのうちイヤでも耳にすると思うぞ』
「つまり世の中には神様を無視する無法者が、そんなにいるんですか?」
俗に言う悪魔の手先だろうか。
「死ぬ前に有罪が決まってたら、逃げられないんでしょうかね?」
『それが、そうでもないんだ。三人に一人は取り逃がしてるらしいぞ』
「そんなに? 脱獄ですか?」
『いや、一度捕まったら、もう逃げられないし逆転裁判もない。だから捕まる前に逃げるんだ』
「逃げるってことは、悪いことをしてる自覚があるんですよね?」
『当然、そうなるな。死んであの世の記憶が戻った途端、すぐ逃げるってわけだ。天界の神々からしたら、記憶が戻る前に捕まえられるかの勝負になる』
「悪質ですね」
『そのせいで別の問題が起きてる。誤認逮捕だ。天界の神々だって全知全能、完璧に振る舞えるわけじゃない。逮捕を急ぐあまり、時に間違った人を捕まえてしまうことがあるんだ』
「三人に一人は取り逃がしてるんですもんね。間違えられた人は不運だろうなあ」
『さすがに魂に刻まれた記憶をたどれば冤罪にはならないと思うが、釈放されるまでは心細いだろうね』
「ところで捕まった魂は、そのあとどんな刑罰を受けるんですか?」
『記憶を消されて草から輪廻をやり直すとか、木に魂を宿らされて何百年も動けない目に遭わせられるとか、もっとも重いのは死刑と同じで魂を灰にされて存在から消されるとか、いろいろな』
ソシャゲでたとえたら、輪廻をやり直すのはアカウント停止で最初からやり直し、木に宿らされるのは一定期間のログイン禁止処分、灰にされるのはネット環境そのものを取り上げられるようなものだろうか。
「ゔ……眠い……」
急に睡魔が襲ってきた。
『ダウジングのやりすぎだな』
「やりすぎですか? 疲れは感じないんですけど」
『自覚はできないだろうが、霊的なやり取りは霊格の低い方に負担が来るんだ。眠気は精神的な疲れの現れだから、今日はここまでで終わりにしよう』
「そう……みたいですね。まだ聞きたいことはありますけど、ここまでにします」
『じゃ、今日はここまでな』
振り子の揺れが小さくなり、やがて『8』の字を描いてから動かなくなった。