第29話 財務省について聞いてみた
一九九一年のバブル景気崩壊以降、日本経済は低迷を続けている。
その最大の原因が、大蔵省、そして名前を変えた財務省の愚かな財政政策が諸悪の根源であると言われ続けてきた。
「神様。財務官僚は、世間が言うようにホントに愚かなんですかね?」
『それは見方の問題だな。彼らは「超」が付くほど優秀だよ。そして、ほぼ全員が我欲を捨てて日本のために働いている』
「じゃあ、なんで日本の経済は低迷したままなんですか?」
『理由は簡単だ。彼らが好景気にならないようにしてるからだ。だから日本経済が上向いたら、どこかで潰そうとするんだ』
「それが消費税?」
『まあ、そんなところだ。だが、やりすぎたら日本の経済そのものが壊れてしまう。そこで日本の経済が壊れない程度に不況にさせ続ける。それに加えて市民が爆発しないギリギリのラインを見定めてるんだ。これほどの芸当を三〇年近く続けてきたんだ。まさに「超」が付くほど優秀だろ?』
「待ってください。なんで不況にしておく必要があるんですか? その方がワケがわかりませんよ」
『その理由も簡単だ。彼らは日本を不況にしておく方が、外国の悪意──世界を裏で支配しようとしてる連中の魔の手から守れると本気で思ってるんだ』
「どういうことですか?」
『歴史を紐解いてみろ。太平洋戦争は何で起こった? 理由は単純だ。戦前の日本は非白人国家でありながら、開国から五〇年でイギリス、アメリカと肩を並べる三大超大国の一つになった。しかもイギリスが日本と海軍同盟を組んだのは、凋落が隠せなくなったからだ。太平洋の、可能ならインド洋を含めた地域の海軍力を、日本に肩代わりさせようとしたからだ』
「そんなに凋落してたんですか?」
『考えても見ろ。まず太平洋戦争で、イギリスは日本と空母機動部隊で戦ったか? そんなことは一度もない。歴史上、空母同士の戦いはすべて日本とアメリカの間でのみ行われたんだ。最大の理由は艦載機の開発の遅れだ。イギリスには優秀な陸軍機は作れても、それを艦載機にする技術がなかった。戦後はジェット機の時代になるので簡単に比較はできないが、プロペラ式の艦載機だけで比較したら日本より一〇年以上遅れてたんだ。これは致命的だぞ。だから大戦後期はアメリカから艦載機を輸入してただろ』
「たしかに、そう……みたいですね」
『これは戦艦の開発でも同じだ。第二次世界大戦の頃はもう大艦巨砲主義じゃないと言いたいかもしれんが、それは空母が活躍したからの後付けの世界観だ。イギリスは日米と並ぶ一六インチの口径を持った超弩級戦艦を作ったが、撃ち出せる砲弾が軽かった。日米の戦艦は一トン以上の砲弾を撃ち出せたのに、イギリスの戦艦は一割ほど軽い砲弾が限界だった。それでも次の戦艦を開発する時に追いつければ良かったが、次級からは一四インチの小さい口径に落としたんだ。限界だったんだろうな』
「ヨーロッパの列強から見たら、日米が異常なんですね」
『その通りだ。そのまま放っておいたら、自然と世界は日本とアメリカの二大超大国の時代になってしまう』
「そんなに戦前の日本はすごい国だったですか?」
『今の人は戦後の自虐史観を植えつけられてるからピンとこないと思うが、日本はそういう国だったんだ。だけど、それは白人たちにとって面白くない未来だ。そこでルーズベルト、チャーチル、スターリンが裏で組んで策略を仕掛けてきた。日本はそれにハマって、まんまと壊滅させられたんだよ』
「それで超大国になる芽を潰されたんですね」
『しかも、軍事的に潰すだけじゃ復活される恐れがある。だから格差を無くすというマヤカシで、財閥解体、農地解放、資産没収などを行って、日本から経済を牽引する力を奪い取ったんだ』
「格差だ何だと言われると思考停止させられますけど、アメリカ自身は今の日本よりも大きな格差社会のまま資産が偏在してるんですよね。そのため戦後の世界企業の上位は、一九七〇年代までアメリカの巨大企業が上位一〇〇位を独占するほどでしたし……」
どんなに言葉を美辞麗句で飾っても、アメリカはいつも自分を棚上げするダブルスタンダードなんだよね。だけど、アメリカは悪意でやってないのが厄介だ。自分のウソに自分自身も騙されて、自分の問題には気づかない国民性なんだから始末に負えない……。
『次に仕掛けてきたのが、その一九七〇年代だ。日本は高度経済成長に成功して、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国へと成長した。そこで「もう先進国なんだろ」と言われて金融緩和を行った途端、物価が最大六倍に跳ね上がる狂乱物価へと誘導されたんだ』
「それ、物の本には大手商社が結託して仕掛けたと書かれてましたが……」
『それはまったくの濡れ衣だ。少しは便乗値上げしたが、物価を高騰させられるほどじゃない』
「じゃあ、何が原因なんですか?」
『今から思えば単純だ。直前にニクソン・ショックが起きた。そこで日本が経済成長したこともあり、長らく一ドル三六〇円でやってきた固定相場を、一ドル三〇八円へと切り替えたんだ』
「それでインフレですか? 輸入価格が下がるので、安くなるんじゃ……?」
『待て待て、気が早い。円相場が上がった時、大蔵省は国内市場への影響を抑えるために、金融を引き締める必要があるんだ。だけど、この時の大蔵省は金融を引き締めるどころか、逆に緩和してしまった』
「大蔵省の失敗ですか? なんで、そんな初歩的なことを……」
『さっき言っただろ。円を切り上げるタイミングで「もう先進国なんだろ」と言われた。金融政策を後進国の統制経済だと言われて、逆に緩和するようにそそのかされたんだ。大蔵官僚たちは、あっさりその罠にハメられたんだな』
「なんで、そんな初歩的な罠に……」
『大蔵官僚たちは優秀だが、それまで固定相場でやってきたために罠を仕掛けてきたことに気づかなかったんだ。それに気づく前に円相場は半年後には三〇五円になり、一年後には二八〇円となって固定相場制から変動相場制へと変わっていった。すると日本円は一ドル二六〇円前後まで急騰し、その間に物価は平均で倍へと跳ね上がってたんだ』
「市民にとっては大混乱ですね。うわぁ、カレーライスが一皿一八〇円から二五〇円まで跳ね上がってますよ。民間バスの初乗りは三〇円から一二〇円ですか」
ネットで当時の政策金利──公定歩合を見ると、ホントに六・二五%から六・〇〇%へと下げていた。そのあと一年以上戻してないようだ。
それに対してアメリカはちゃっかり政策金利を調整して、市場をコントロールしている。
『ようやく気づいてインフレを抑えたら、今度はロッキード疑惑を起こされて日本の経済成長を止められてしまった。この時に狙われたのが、日本の国家改造を進めていた当時の田中角栄首相や財界の功労者たちだ』
「この事件の陰謀論はよく言われますね。日本では多くの逮捕者や業界からの追放劇があったのに、アメリカでは誰一人逮捕者がいないとか……」
『まだまだ続くぞ。ロッキード疑獄からの不況から立ち直ったタイミングの一九八五年、今度は円レートを三倍に跳ね上げるプラザ合意を押しつけられたんだ。この円高不況は、かなり深刻だった。輸出で成り立っていた企業にとっては、国内の工場で作ってたら輸出価格が三倍にされて、売れなくなったんだからな』
「一九八五年。でも、この年から地価高騰が始まったと言われますが……」
『土地神話だな。戦後の土地の価格は、ずっと上がり続けてた。プラザ合意で円高不況が始まっても、土地の価格だけは下がる気配がなかった。だから、それに多くの人が群がったんだ』
「おかしな時代でしたよね」
『きみは冷静だったな。かなり早くからバブル状態に気づいてたじゃないか』
「そりゃあ、不動産の売り値が家賃の六〇〇か月分なんて、とても有り得ない価格になってたからですよ。六〇〇か月、五〇年ですよ。それを見て、『あ、これは長く続かないなぁ〜』と……」
家賃は土地による相場がある。建物の寿命や部屋数で按分して管理手数料を上乗せした価格以上でないと儲けにならない。おそらく不動産価格が家賃の三〇〇か月分を超えたら、有り得ない価格設定と見ていいんじゃないだろうか。
『ホント、よく見てるよなぁ。その思考が稼ぐ方へまったく向かわないから、いつまでも貧乏なんだが……』
「放っといてください!」
『でも、多くの人たちは、そういう物の見方をしない。不動産なら何でも良しだ。自動車も不動産扱いし始めると、家も車も大事に使って、汚さないようにする』
「あの頃は異常でしたね。白い方が高く売れるという話が出て、家もマンションも自動車も白ばかり。街から色が消えたという感じで見てました」
当時、ホタル族という言葉が流行った。部屋の中でタバコを吸うとヤニの臭いで部屋の評価額が落ちるからと、冬でもベランダに出てタバコを吸ってた人が多かった。それを外から見ると。ベランダに出た人たちで、赤い光がチカチカ見えたという話だ。
『その不動産高騰も、アメリカから金融引き締めを押しつけられた政治家によって、過剰な締めつけが始まった。その途端、バブル景気が崩壊して三〇年続く大不況の始まりだ。しかもバブル景気と言いながら、世界史で唯一、他国に経済崩壊の被害が及んでいない。ということは、あの時の不動産価格の高騰は異常であったが、景気の方は本当にバブルだったのか?』
「今、二〇二一年の韓国の不動産価格の高騰を見てると、日本も同じ状況だったんじゃないかと思うんですよね。外から見ると不況にしか思えないのに、一部の人たちは『日本の経済を超えた』だ何だと強気になってて……」
『うん。それとはまったく次元が違うけど、似てなくもない……』
あ、守護神様が呆れてる。
『とにかくだ、こうやって日本は何度もアメリカの悪意で経済を潰されてきただろ。しかも相手は世界を相手に権謀術数に長けた連中だ。日本でトップクラスの優秀さを持った大蔵官僚、今の財務官僚たちでも、彼らの手練手管には勝てないと思い知らされ、大きなトラウマを植えつけられたんだ』
「それが今の不況の原因ですか?」
『長くなったが、そういうことだ。だから今の彼らは自分たちの持つ知能を使って、日本に再び悪意の牙が向けられないように不況を続けることにしたんだ。それで国民から出てくる不満は、むしろ自分たちが日本の防波堤になっているという自負心を強めてるだけなんだよなあ』
「なんか、八方塞がりですね」
『困ったことにな』
「守護神様。少し確認させてもらいますよ」
ここからは現状に関する再確認である。
「日本の財政は増税が必要なほど逼迫してますか?」
『まったく逼迫してないぞ。俺には財政を詳しく見るほどの知識はないが、そっち方面の神も「問題は何もない」と言ってる』
「じゃあ、日本の財政は健全なんですか?」
『ハッキリ言うぞ。世界一健全だ』
守護神様、紐が切れそうなくらい強く振り子を回してくれる。
「一千兆円の財政赤字があると言われてますけど……」
『あるけど、そんなのは金利を見れば一目瞭然だ。本当に国の財政が危なかったら、一〇%の金利を付けても借りる人を見つけるのが一苦労だ。だけど日本の国債を見てみろ。マイナス金利だぞ。お金を出して「借りてください」ってやってるんだぞ。国にとっては借りれば借りるほど追加で金利がもらえるんだ。それでは使い途に困るからと、海外に貸した結果が世界最大の債権国だ。そんな国が財政赤字で首が回らなくなってると思うか?』
「でも、国債を一千兆円も出してるんですよね?」
『出してるな。でも、半分は日銀が持ってるぞ。日銀には通貨発行権がある。そこが国債を持つのは、お金を刷ってるのと同じだ』
「半分の五〇〇兆円のお金を刷ったのと同じなんですか?」
『そうなる』
「そんなことをしたらインフレに……」
『なってないだろ?』
「むしろデフレですね」
『そりゃあジンバブエみたいにお金を刷りすぎたらハイパーインフレになるが、ちゃんとコントロールしてれば問題ない。それに国債を発行しても今の低金利だ。マイナスからプラスになっても、たかが知れてる。それよりも国債を持つのは、ほとんどが高齢者だ。三〇年もしないうちに相続税という形で半分が国に返ってくる。だから年利二%未満だったら、いくら発行しても国の財政に影響はないんだ』
「なんか、すごいカラクリですね」
ほとんど国家版の金融錬金術である。
「それなのに財務省が『赤字、赤字』と喧伝するのは、なぜですか? 経済評論家の中には、赤字でいた方が財務省の権限は強まるのでちょうどいいと言ってる人がいますが」
『それは言いがかりだな。財務省にそのような意図はないよ』
「じゃあ、増税すると財務省内での評価が高まるという話は?」
『そんなバカな話があるか! 財務官僚が自分の出世のために増税したがってるという話は、単なる都市伝説だ』
「それでは財務省は、国の経済よりも財政を黒字にする方が優先度が高いと考えてるという話は?」
『まったくの逆だ。彼らは財政のプロだ。うっかりでも財政が黒字になったら、直後、どんなに景気が好くても市場経済が悪化する現象があるのをよく知ってるはずだ』
「そんな現象があるんですか?」
『あるよ。一九二九年の世界恐慌、一九八七年のブラックマンデー、一九九一年の日本のバブル景気崩壊、一九九七年のアジア通貨危機、そして二〇〇八年のリーマン・ショック。どれも起こる直前は空前の好景気で、国には自然増収した税金が舞い込んできていた。それで政府が発行していた赤字国債はすべて返済となり、それを新聞やメディアが報じた数日から三か月以内に、なぜか株価などが値崩れを起こして経済破綻する謎の現象があるんだな』
「謎なんですか?」
『いろいろな仮説は言われてるが、まだどれも定説になってないから謎の現象だ。とはいえ、財務官僚たちがこの現象を知らないとは思えないだろ?』
「まあ、そうですね……」
『だから、彼らは財政黒字は目指してない。それにプラマリーバランスなんて帳簿の話は、通貨発行権を持つ国には何にも関係ない話だ。むしろ、さっきも言ったが、黒字にならないように使い途に困ったお金を海外に貸し出してるんだぞ』
「そんなお金があるのなら、国民にベーシックインカムとして配った方が健全じゃないですかね?」
『その考えは、今の財務官僚たちは絶対に避ける発想だな。お金を配ったら、景気が良くなるじゃないか。そんなことをしたら、また海外の悪意から日本は酷い目に遭わされるじゃないかと……』
「トラウマですねぇ」
『ホント、すっかりトラウマを植えつけられてるな』
「そんなに日本の景気を悪くしておきたいんでしょうかね? 国民から文句を言われてまで……」
『むしろ自分に酔ってるんじゃないか? 「日本のために泥をかぶってる俺はカッコいい」って』
「日本の景気を悪くするために、外国のスパイになってる人や利用されてる人はいませんかね?」
『それは一人もいないから安心していい。みんな日本のためと思って働いている』
「でも、中には私利私欲で財務官僚になった人もいるのでは?」
『それは否定しない。だが、そういう連中は出世できない。早めに天下りさせて、霞が関から追い出されてる』
「そういうものですか?」
『きみだって技術者時代に被害に遭っただろ。天下って会社に大赤字を出したバカ社長がいたのを……』
「そりゃあ、いましたけど……」
『私利私欲の官僚は天下り先で甘い汁を吸わせておけば、国にとっては大きな害にならないんだ。押しつけられた会社には被害は出るが、そこは何かフォローするだろ……』
「あの人の時は、フォロー……あったのかなぁ?」
ちなみにこの旧大蔵省からの天下り社長は、とんでもない無能だった。
いきなり会社の宣伝用と称して大型看板を一つ三千数百万円でいくつか発注するが、そのこと自体が問題だった。
なんせその会社は鉄道機器や産業用大型機械を扱っていて、その中には大型看板印刷機もあった。しかも、その制御システムを組んでいたのが著者自身だ。印刷機械も立て看板の材料も作れる技術はすべて会社にあるのだから、社員に頼めば他の仕事の片手間で安く作ることも可能だった。
そしてできあがった立て看板の一つが会社の敷地内に建てられた時、社員たちの怒りが頂点に達した。真ん中に笑顔の社長が立つ役員の集合写真。要するに銅像を建てる感覚で作られた自己顕示欲の発露だろう。だが、社員の怒りはそこじゃない。一つ三千数百万円も出したにしては、自社製で作ったものよりあまりにも粗悪なデキの看板だったからだ。
この社長、もう一つ大きなトラブルを起こしてくれている。会社には電子機器の基盤を組み立てる工場があった。そこに発注するよりも外に頼んだ方が安く済むと言い出して、むりやり一部の製品の組み立てを外に出してしまった。だが、安いものには裏がある。外注が安いのは当然。設計図の指定を無視して、品質のバラツキの大きい安物の部品を使っていたからだ。精密さが要求される電子制御の基盤なのに、品質にバラツキのある部品を使われたら、当然、不良品が大量に発生する。結局、外注した分をすべて社内の基盤工場で作り直して差し替える事件が発生した。
そんなこんなで会社に三億五千万円の赤字を出したバカ社長は任期をまっとうしないまま解任され、一億五千万円の退職金と役員報酬を受け取って逃げていった。合計五億円にもなった赤字は、そのあとの夏のボーナスで社員一人あたり一〇万円の減額という形で穴埋めされている。
世の中にはお金を払ってでも「何もするな」という無能がいると知らされた事件だった。
ホント、何もしないで欲しかった無能は、世の中には何人もいるんだよねぇ。
「それはそうと財務官僚のトラウマは、いつまで続くんですかね?」
『さあ、どうだろうな。俺には心の中までは覗けないから確定的なことは言えんが、五〇歳以下の財務官僚には問題のトラウマはないらしいぞ』
「そういう話、聞きますね。上に何でやるべき経済対策の逆をやるのか、食ってかかってる若い人たちがいるって」
『上は上で日本のために不況にして、下は下で日本のために好景気にしなきゃダメだって衝突。不毛だよな』
優秀な才能を、なんで変な方向へ発揮させてしまうのか……。
「その世代がトップに立つのは?」
『五年以内には来るぞ。もしかしたら、もう今のトップの官僚にもトラウマはないけど、まだ上の世代の目が光ってるから、顔色を窺ってるだけかもしれないな』
「そこのところはお役所ですね」
『おそらくトラウマを持つ世代は二〇二五年までには全員、第一線を退くだろう』
「それが過ぎれば忘れかけた好景気になりますかね?」
『日月神示にある松の代だな。来るんじゃないか?』
「来て欲しいですね。できれば、もっと早く……」




