第28話 パラレルワールドの実例について聞かされた
今回はオマケの話。前の話で話題に出てきた母方の伯母に関するエピソードである。
母方の家系は古くから藩の家老を務めてきた家柄で、明治以降は医者の家系である。伯母もその関係で医者になった一人だ。それも親戚が集まると「うちの家系は英語さえできれば京大に行けるのに、できないヤツは私立の理系に行くしかないよなあ」という話に出てくる、京大出の一人である。その伯母は京大を卒業したのち、故郷に戻ってずっと医師を続けている。
その伯母が二〇〇七年に川崎で暮らす従妹と孫に会いに来た。そのついでに、当時、東京、神奈川で暮らしてた親戚にも声をかけて集まる機会を作ったのだ。その時に起きた事件である。
昼前に横浜中華街に集まって、一緒に食事をすることになった。伯母の行きつけのお店があるので、そこのお座敷を借りようという話だ。夜は宴会が入るので予約を取るのは大変だが、昼はけっこう空いてるので飛び込みでも大丈夫という話だった。
ところが中華街に着いて、最初の事件が起きた。伯母の行きつけというお店が存在しなかった。そこにはまったく別のお店が立っていたのだ。それもけっこう年季のある建物だったので、その時は伯母が道を間違えたと思われた。
だが、しばらく中華街を散策したが、伯母が「何か街並みが違う」と言い出し、ついに目当てのお店は見つからなかった。そこでお座敷を借りられるお店を探して、予定より遅れたが昼食を始めるという流れになった。
そして、そこでの食事がある程度進んで雑談もやんだ時、急に伯母が「日本、ホントは大東亜戦争で勝ってたよね?」と言い出した。それにみんなが否定したところで話は終わったが、伯母は釈然としない顔をしていたのを覚えている。
「あの当時は伯母が奇妙なことを言い出したとだけ思って深く考えてませんでしたけど、あれが私にとって、もっともパラレルワールドの存在を実感する事件だったのですね」
『そうだ。五四%の世界線において、日本は第二次世界大戦の戦勝国になっている。きみの伯母さんの言葉から、その世界線にいた意識とすり替わっていたと思うぞ』
「たしか集まる直前、関東地方を台風が直撃してた記憶があるんですよね。伯母はその台風の最中を新幹線で横浜まで出てきて従妹の家に泊まり、その翌日、台風一過の週末の土曜か日曜に横浜中華街に集まったのですから……。二〇〇七年の九月八日の事件ですか」
気象庁のホームページで、過去の台風の経路を見て確かめる。
「敗戦を意識したってことは、八月一五日以前にはこっちの世界線に来てたんですかね? それなら毎年、太平洋戦争の特集番組が多く流されますから……」
『おそらくは、そうだろうな。俺には魂は見えても、その中の意識までは見えないから、どの世界線の意識と入れ替わったのかまでは調べようがないが』
「大戦では空襲で多くの建物が壊されましたから、勝った世界線と負けた世界線では、街並みがまったく違ってませんかね?」
『いや、二〇〇〇年を過ぎると、どの世界線でも似たような街並みになる。一つ一つの建物に違いはあっても、街全体の雰囲気には違いを感じなくなるぞ』
「そうなんですか……。ましてや私の地元では、戦時中に爆弾が一つしか落ちてないんですよね。被害に遭ったのは、よりによって伯母が働くことになる地域の大病院。爆撃目標の軍事施設とは何十kmも離れてるのに、山の上を飛ぶ間に目標を見失って、目に入った大きな建物──病院に爆弾を落としちゃったと……」
病院だから戦時中でも赤十字のマークがあったはずなのに、そこへ爆弾を落としたわけだ。さすがはいい加減で、戦争になったら国際法も無視するヤンキーである。
『どのみち建物は老朽化してたから戦争から一〇年以内に建て替えることになったさ。とはいえ神社仏閣などの文化財や美術品は昔のままだから、地元から出なければ元の世界線との違いには気づきづらかっただろうな』
「なるほど。だけど……」
話に引っかかりを覚える。それは、
「日本が戦争に勝った世界線では、GHQによる農地解放はありませんよね? だからその世界線での私は大地主であった清水本家を継ぐため、政治家になっていたんじゃ?」
『それはそうだが、政治家になる前まで作家をやっていた世界線もあるぞ。俺がきみの守護神になる世界線では、二〇〇五年ないしは二〇一〇年代の前半まで作家をやって、そのあとで政治家に転身してる。その伯母さんがきみが二〇一〇年代まで作家をしてた世界線から来たのだとしたら、作家をしてても齟齬はないだろ』
「ちょっと待ってください。守護神様は母方のご先祖様に近い人ですよね? 農地解放がなかった世界線でも、父と母は結婚するんですか?」
『どっちも隣町に住む旧家の生まれ同士だぞ。むしろ、この世界線で出会って結ばれてた方が、確率としては低かったと思わないか?』
「ん? ……あれ?」
『この世界線では敗戦後の農地解放で、清水家は貸していた農地や建物をすべて奪われて、一気に貧しくなっただろ。きみのお父上もそれで大学進学をあきらめて、旧制中学を飛び級の一六歳で卒業して営林署務めになったわけだ。しかもその頃にはきみのお父上を本家の養子に入れて継がせる話もなくなってしまう。片やお母上は医者の箱入り娘だ』
「でも、お互いに冬の国体に出るスキー選手として出会って……」
『この世界線ではな。他の世界線はそういう顔見知りではあるが、それよりも旧家同士のお見合いで結ばれてるぞ』
「お見合いですか。そういえば親戚の間で語り種になってる笑い話がありましたね。母方の祖父が恋愛結婚には猛反対で、ポーズだけのお見合いをやらされたとか。ついでにまだ結婚してない姉がいるから、順番を守ってそっちをもらえと言われたとか」
今回の話題になってる伯母のことである。
『旧家には旧家としてのモノの考えがあるからなあ』
「世界線が違ってても結ばれるのですから、それだけ運命的な関係だったんでしょうかねぇ?」
『大戦に勝ったかどうかで世の中は大きく変わってるけど、それでも結ばれたんだからな』
誰もが世界線によっては自分が生まれてないところもあれば、片方の親が別の人に変わってるところもあるだろう。
私の場合は守護神様が母方の家系の人だから、そっちの顔立ちをしている。政治家の守護神様がついている世界線では、どんな顔立ちをしているのだろうか。
「それにしても日本が大戦に勝ってる世界線で作家をしてる私って、どのくらい活躍できてるんですかね?」
『そんなの、イマイチに決まってるだろ。作家にしても、政治家にしても……』
「そうなんですか?」
『作家になる世界線は、すべて俺が守護神だ。だから政治家としては活躍できないと思え』
「自虐的なことを言いますね。いちおうは戦国武将の一人だったんですよね?」
『技術や芸術なら多少の心得はあるが、政治的な駆け引きはまったくの門外漢だ。俺が守護神になった時点で、政治に関するサポートは無理だと思え。あとはきみの過去生にある政治家の経験が、この地球で通用するかどうかの話だ』
「その口ぶりだと、私の過去生の経験は通用してないんでしょうね」
『そりゃあ世の中の霊的なカテゴリーが違うからな。バカ正直に正攻法でいく上位のカテゴリーの経験じゃ……』
「カテゴリー一の海千山千の世界には通用しないと……」
そもそも私はカテゴリー一の悪意と手口を学びに来てるらしいからねぇ。
「作家としては……」
『作家としても理不尽な編集に振りまわされる不運ぶりは、この世界線と変わらんぞ』
「夢も希望もないことを言わないでください」
他の世界線でも畳みかけるような不運が続いてるのね。
「ところで大戦に勝った世界線から来た伯母の意識は、あのあとどうなったんですかね?」
『おそらくだが二〇〇七年の九月八日の仕組みで、近い世界線へ戻ったんじゃないか?』
「ああ、そのための仕組みですものね。だとしたら今の伯母の中では、あの時の中華街の記憶は、どんな内容に変わってるのか……」
『さあ、そこは想像するしかないなあ』
守護神様でも他人の記憶の中までは覗けないからねぇ。
さて、パラレルワールドでも作家をしてる私は、どんな作品を書いているのだろうか?
もしも違う話を書いていたら、読んでみたい気持ちはするが、はてさて……。




