第21話 ヒヨコの魂について聞いてみた
「守護神様。養鶏場のオスのヒヨコは生まれてすぐ殺されると言いますけど、そのヒヨコに宿った魂はすぐに転生のやり直しですかね?」
以前、SNSで話題になったネタを、守護神様に尋ねた時の話である。
『ほとんどの殺されるヒヨコには、魂なんか宿ってないぞ』
「え? そうなんですか?」
意外な答えに、つい聞き返してしまう。
『考えてもみろ。この世に生まれるのは魂の修業のためだ。それなのに、すぐに死んだら修業にならないじゃないか。生まれ変わりを指導する神が、そんな生き物に魂を宿らせると思うか?』
「自分が神様なら、そんな無駄なことはさせたくないですね」
『その通りだ。少なくとも神が管理する魂は、生まれてすぐ殺されるオスのヒヨコには宿ってない』
「ん? その言い方だと、神様の管理してない魂なら宿ってるヒヨコもいるってことですか?」
『その通りだ』
「すぐに殺されると知ってて宿ってるんですかね?」
『おそらく転生回数を稼ぎたい連中だ。どんなに短くても転生回数は一回だからな』
「そんな魂がいるんですか? 転生回数だけカウントしても意味がないような……」
『まあ、転生回数を誇りたいだけの魂もいるんじゃないか?』
「いるのかなぁ?」
転生回数はゲームのステータスのようなものだろうか。それよりも……。
「もう一つ気になるんですが、もしかして殺されるヒヨコの圧倒的多数には魂は宿ってないんですか?」
神様が魂を宿らせないってことは、誰も入らなかったら魂のないヒヨコだらけってことになる。
『そうだよ』
あっさりと答えられてしまった。
「ヒヨコだって生き物なのに、魂は宿ってないんですか?」
『おっと。その疑問は「魂」と「命」の区別ができてないな』
「魂と命……ですか?」
意外なことを指摘されてしまった。
「二つはセットじゃないんですか?」
『まったく独立したものだ。これは「捕囚された魂」のところでも触れたぞ。まだ前の肉体に命があるのに、同じ病院で生まれた新しい体に魂が移ってた例があると……』
「ありましたねぇ。その時、疑問に思うべきでした」
『とにかく、その二つは別物だと認識しろ。「命」は生物と無生物の違いを生むものだ。生き物は体の中に「命」がある間だけ生き、「命」が出ていくと死んで物質に戻る』
「単純明快ですね」
『それに対して「魂」は意思や精神を生むものだ。だから本能だけで生きるウィルスや微生物には宿らない。草木や虫、魚も、ある程度成長するまでは宿らないし、大きくなっても魂のない個体の方が多い』
「ほとんどはゲームでいうNPC──誰もプレイしてないキャラクターみたいなもの……ですか?」
『そういうことだ。魂のない生き物は、本能と学習した脳内プログラムだけで動いているロボットみたいなものだ』
「もしかして、人間にも魂のない人はいますか?」
『もちろん先ほどの例に挙げたように、死ぬ前に先に魂だけが抜けて、命だけがしばらく肉体に残る場合もある。だが、そういう特殊な例を除くと、少なくとも大人にはいないかな』
「大人には? じゃあ、子供には……」
『幼いうちは、まだ魂が宿ってない場合があるぞ。特に昔は乳幼児の死亡率が高かったから、三歳ぐらいまで宿らないことは普通にあったな』
「昔はってことは、今は違うんですか?」
『そりゃあ今は医療が発達したからな。先進国では、ほとんどの魂は生まれる八時間前には肉体に入るようになったかな。中には一歳半まで肉体の外ですごしてる呑気な魂もいるけど、遅くとも保育器の中にいる頃には肉体に宿ってると思っていいだろう』
「魂の話にも、時代の変化があるんですねぇ……」
まあ生物の進化もあるのだから、当然といえば当然だけど。
『とは言ったものの、最近は魂が抜けてる大人が多いな。その間は本能と学習した脳内プログラムのまま、無意識で行動してるよ』
「魂が抜けても動けるんですか? 魂が抜けたら、呆けて動かなくなると思うんですが……」
『具体的によくある例を挙げると、歩きスマホやながらスマホが魂の抜けた状態の代表だな』
「スマホですか?」
『そうだ。スマホを使ってると「心、ここにあらず」になってる人が多いだろ。あれは体から抜けた魂が生き霊となって、インターネットを通ってどこかへ飛んでいってるからなんだ』
「画面に集中してるせいで、注意力が散漫になってるだけでは?」
『ははは。まあ、そう理解しておいても問題はないがな』
振り子が横方向に長く大きな楕円運動を始める。それを著者の目線で見ると、ちょっと開いた笑顔の口の形だ。守護神様は愉快そうに笑ってるのだろう。
「ところで魂の入った生き物と魂のない生き物に、見た目の違いみたいなものはありますか?」
『それなら、すごくわかりやすい違いがあるぞ』
「そんなものがあるんですか?」
『絶対ではないが、魂の入った生き物はスキを見てサボろうとする』
「…………はい?」
ダウジングの読み取りを間違えた……かな?
『ここに働きアリが行列を作って、せっせと餌を運んでるとするだろ』
真夏の道端で、セミやバッタの死骸に群がってる黒アリを思い浮かべた。そこで分解された手脚や翅を、列を成して巣に持ち帰ろうとしてる場面だ。
『ついでに、すべてのアリたちは魂が宿ってないものとして、本能のまま働いてると想像しろ』
アリたちは一糸乱れず、ロボットのように餌を運んでいる。
『その中のいくつかのアリに魂が入ったら、どうなると思う?』
「魂が入るってことは、意識が芽生えると考えればいいんですか?」
『そうだ。さて、どうなるかな?』
「運んでる餌が重いとか、ちょっと疲れたとか、体を動かしながら風景を見たりとか……」
『うん。やりそうだな。そうすると動きに個性が生まれるから、少し列が乱れるだろう』
左右にズレたり、前を歩くアリとの間隔が他と違ったりする個体がいるだけで、急に行列全体が生き生きとしてくる。
『中には列から離れて、サボるアリも出てくるだろうなあ』
「有名な働かないアリって、魂の宿ったアリだったんですか?」
『それ以外に何がある。本能には寝たり休憩したりして体を機能回復させるプログラムは書かれてるが、サボるなんてプログラムはないぞ』
「たしかにプログラムにサボるなんて書かれてたら……」
『働くアリが減って巣が全滅する』
「プログラムには書いちゃいけませんね」
さすがに巣のすべてのアリに魂が宿ることはないだろうが、もしもそんな巣が存在したら、それもグータラアリだらけで滅びるだろうか。
『とはいえ、アリに魂が宿ったからといって、すぐにサボるものじゃない。働くこと、努力することは生き物の本能だ。それでみんなのために働くことで魂が成長していくんだ』
「じゃあ、サボるのは?」
『学習した結果だ。人間だってそうだぞ。生まれたばかりの子は休むことを知らない。何かに夢中になったら、寝食を忘れて没頭することもある』
「それが怠けるようになるのは?」
『悪い大人に学習させられた結果だ。それは怠惰な親を見て学んだかもしれないし、無駄だ何だと口うるさくやめさせる親のせいかもしれん。自分に才能がないとあきらめた結果かもしれないし、悪いヤツに才能がないと吹き込まれて心を折られた可能性もある』
「学習って厄介ですね」
『それでも心が折れずに最後まで努力した人は、はたして不屈の心の持ち主か、それとも学習能力がないから最後まで努力を続けられたのか……』
「なんか哲学っぽい話が出てきましたよ」
『まあ、最初にアリに魂が宿ったらサボると言ったが、それは必ずしもそうなるという話じゃない。どこかでサボることを学習して、どんどん怠惰になっていっただけだ。反対に立身出世を学んで、リーダーを目指すアリになってる魂もいるかもしれんぞ』
「それもまた個性ですね」
ということで、今回は人に生まれる前──小動物時代の魂についての話題に触れてみた。




