第18話 太平洋戦争について聞いてみた
『天界の神々による手助けは、歴史のターニングポイントとなるミッドウェー海戦でも何度も行われた。だが、それが全部無駄にされただけでなく、アメリカはこの戦いだけで一四回も時間を戻して戦い直してるんだ』
「一四回? 太平洋戦争全体を通じて二一回なのに、ミッドウェー海戦だけで一四回も歴史を改変してるんですか?」
『そうだ。しかも、そのうち三回は二年先まで戦ったあと、時間をミッドウェー前まで戻して戦い直してる』
それだけ改変が繰り返されたからこそ、ミッドウェー海戦が歴史のターニングポイントになったのだろう。
『この歴史改変を、順番に語ってやろう。
最初の歴史では日本の大勝だった。被害は蒼龍が小破したのみ。対してアメリカはエンタープライズとヨークタウンを失っている。
そこでやり直した二回目では、日本の被害はそのままで、アメリカの喪失艦はエンタープライズだけになった。
三回目は大失敗で、日本は無傷なのにアメリカは空母を三隻とも沈められた。
四回目の戦いでは日本側は駆逐艦二隻沈没で、アメリカは空母ホーネットとヨークタウンを喪失。
五回目は日本の被害が駆逐艦三隻に増え、アメリカはヨークタウン沈没、エンタープライズ大破。
六回目の日本の被害は赤城と蒼龍が中破でアメリカの空母被害はゼロ。ただし重巡一隻と駆逐艦一隻を失ってる。
ここでアメリカは一度歴史改変をやめた。この世界線では日本は真珠湾攻撃をやり直すハワイ沖海戦でアメリカの三空母を沈めてハワイの米海軍基地を壊滅させたのち、ガダルカナル島の占領にも成功している。そこでアメリカはハワイ沖海戦のやり直しを二回行い、一九四四年まで戦うんだ』
「ということは、その世界線では日本が優勢だったんですか?」
『そうだ。実はアメリカにとって致命的な事件が起きていた。緒戦で日本がインドネシアを奪ったことで、世界的な天然ゴム不足を起こしてたんだ。ゴムはタイヤだけじゃないぞ。船の防水用のパッキンに必要だし、戦車のキャタピラもゴム無しで作ったらすぐに金属疲労で壊れてしまう。アメリカがどんなに圧倒的な工業力を持ってても、兵器を完成させられなくなったんだ。天然ゴムとは縁のない弾薬や食料などの補給物資なら、いくらでも作れるのにな』
「そんな事件が……」
開戦当時、世界で流通してる天然ゴムは、ほとんどインドネシアの寡占状態だった。アメリカは日本への石油輸出を禁じて経済的に干したつもりが、反対に天然ゴムを失って大ピンチに陥ったのだ。これは実際に起きた歴史的な事実である。
『アメリカは一九四四年まで戦ってミッドウェー海戦の前まで戻る時、合成樹脂の研究知識も過去へ持ち帰っていた。それでも開発は完成せず。次に戻る時はもっと前の時間まで研究成果を持ち帰っている。この時から、原子爆弾の研究や、B−二九のエンジンの知識なども持ち帰ってるんだ。これを三回も繰り返した』
短時間に決定的な発明や開発が出てきたのには、そういう裏があったのか。
B−二九の開発は一九四〇年に始まった。だが、軽量化を目指したマグネシウム合金のエンジンが燃えてしまうため、早々に開発を断念した爆撃機だった。マグネシウムといえば、石油に変わる燃料の候補になるほど燃えやすい金属だ。ところが開戦からしばらくして開発が再開されると、なぜかエンジンが燃える事故が減って、試作機の初飛行も無事に終わったという謎があった。
ちなみにネット情報では過給器を付けたら解決できたとか、実はエンジンの耐久性問題は解決してないが二〇〇時間〜二五〇時間で交換すれば火災事故は減らせるとか、戦時中なので事故と戦果を秤にかけて動けるものだけでも使えればいいと稼働率三〇%未満で戦ったとか、いろいろな謎の答えが出てくるが……。
一番の理由は、開発の知識を持って何度も過去に戻ったチート行為?
『それと二回目に技術の知識を持って過去へ戻った時、ミッドウェー海戦の前にあった珊瑚海での戦いを避けた。ここで沈められたレキシントンを温存して、四隻体制でミッドウェーに挑んだんだ』
「では、日本と互角?」
『いや、珊瑚海海戦で戦う予定だった翔鶴と瑞鶴がミッドウェー海戦に加わったことで、史上初の空母同士の決戦を狙う南雲機動部隊と、ミッドウェー島攻略の近藤機動部隊に分かれるんだ。ちなみに近藤艦隊には小型空母の瑞鳳と鳳翔が加わるから空母の数は八対四だし、このためにミッドウェー海戦の敗因となった兵装交換が行われなかった。おかげでこの時のミッドウェー海戦は、何度やっても無敵状態で手を付けられなかったんだ』
「あぁ〜……」
そっか、珊瑚海海戦がなくなれば日本の被害もなくなるから、五航戦も出てくるのか……。
『そこでアメリカは、取り敢えずあとでまた戻ればいいと考え、この時も一九四四年まで戦い、そして前回は戦わなかった珊瑚海海戦の前まで戻った。この時に、いろいろ試行錯誤した行動選択がハマって、ついに日本の空母四隻を沈めることに成功するんだ』
「それが今の知られる歴史ですね」
『その通り。もちろん天界の神々だって、日本を勝たせようと手を打った。たとえば利根四番機に乗る航法士に地図の読み方を間違えさせるために、別の世界線にいる航法士の意識と入れ替えた。向こうの世界線とこちらの世界線では北磁極の場所が違うため、向こうの北磁極のつもりで偵察機を飛ばせば、アメリカよりも先に機動部隊を見つけられるようにな』
「あれ? 利根機はカタパルトの故障か何かで出発が三〇分遅れたって……」
『それは軍事を知らない歴史学者が「三〇分遅れ」の意味を知らずに勝手な理由を作ったデタラメだ。この戦いでは「運命の五分間」の意味も勝手に創作してるな。とにかく利根機は時間通りに飛び立った。そして地図を読み違えて、機動部隊のいる方へ飛んでいく』
「地図を読み違えるって、どのように間違えるんですか?」
『地球の自転軸と地磁気の北極は位置が違うだろう。そのためコンパスが示す北と、本当の北はちょっとズレる。目印のない海の上では、それを補正しながら現在地を確認して飛ぶんだ』
「つまり、その補正が間違ってたと……」
『あとで飛んだ経路と、地図に記した経路が違ってるため、仲間から「足し算と引き算を間違えた」とか「経度が違うのに日本で訓練した時の補正をそのままやった」とか揶揄されたらしいが。まあ、そのおかげで先に同じ海域を飛んだ筑摩機の見つけられなかったアメリカの機動部隊を、利根機は見つけることができたんだ』
「『三〇分遅れ』は、同じ海域を飛んだ時の時差だったんですかね?」
『早とちりするな。まず利根機から敵機動部隊発見の報が打電される。それを利根が受信し、艦橋にいる艦長に伝えられるんだ。それを発光信号で旗艦赤城へ伝えられ、それが司令長官たちに伝わるまでの時間が三〇分なんだ』
「それ、ムチャクチャ非効率ですね」
『一分一秒を争う戦場で、これはかなり致命的だ。ところがそれを聞いた参謀たちは「艦種知らせ」とやって、せっかく先に見つけた優位を捨てて二時間半を更に無駄にしてしまう』
「神様が与えてくださったチャンスを、完全にドブに捨ててますね」
『このあと「運命の五分間」で空母三隻が沈められるが、これも歴史学者が言うような「あと五分あれば」なんて意味じゃない。五分は船に接近してくる敵機と戦ってる時間だ。その五分間で飛行機が落とされるか、船が被害を受けるかという一瞬の運命を表したものなんだよ』
「航空機の攻撃は『波状』って言いますもんね」
映画やアニメのせいで華々しい空中戦をイメージしがちだが、飛行機が空中で格闘戦をしたのは、第一次世界大戦の複葉機の時代が最後と言われる。飛行機の速度が上がると互いに近づいた一瞬だけ撃ち合って、そのまま離れていく戦い方が一般的だ。
『そしてアメリカは四回目の一九四三年の半ば。ついに合成樹脂の開発に成功するんだ。この合成樹脂はしばらく採算度外しで、大勢の人を雇って手作業で合成された。だが、半年ぐらいで工場が作られると、そこから大量生産による圧倒的な物量作戦が始まるんだ』
「記憶を過去へ持ち帰ったことを棚に置けば、開戦からわずか一年半で開発に成功したようなものですね。こういう開発のために過去へ記憶を持ち帰ったことはありますか?」
『一度だけ。原爆の開発でやってる』
「やっぱりやってますか」
『やったのは広島に落としたウラニウム爆弾の爆発実験だ。よくウラニウム爆弾は構造が簡単だから、実験は要らないと言われるだろ。だが、そんな話は無責任なデタラメだ。それが本当かどうか確かめるために、最初の一回だけは試す必要がある』
「理論通りに爆発する保証はありませんからね」
『そうだ。もしも広島に落として爆発に失敗したら、ウラニウムの原料をタダで日本に与えたことになる。日本でも陸軍が原爆の研究を続けていたから、もしも精製した分のウラニウムを持っていたら、それを加えて日本が完成させる恐れが出てくる』
「それはアメリカにとっては悪夢ですね」
『だけどウラニウム爆弾は高価な上に作るのに非常に手間がかかる。そのため一つしか完成させられなかったんだ』
「それで爆発実験をしたあと、結果の記憶を持って爆発させる前に戻ったんですね。だから、この世界線では爆発させた実験記録がないまま、広島に原爆が落とされたと……」
『その通りだ。一方でプルトニウム爆弾は二個完成させてるから、一つを起爆実験に使って、その映像を世界に向けて公開した』
「戦後の立場を優位にするために、力を見せつけた感じですね」
『感じじゃなくて、そのものだ』
歴史の大きな謎の一つが、また妙なところから説明されてしまった。
『それから終戦に関しても、アメリカは歴史改変してるぞ。最初の世界線では、八月一四日が敗戦の日だ』
「え? 一五日じゃなくて?」
『日本時間でも一四日だ。日本はポツダム宣言を受け入れると、すぐに全権大使の重光葵が沖縄へ飛んで、日付が変わる前にマッカーサー将軍との間で降伏文書の調印を行っている』
「沖縄へ飛んで?」
『降伏するなら、敗戦国の方が戦勝国のところへ出向いて調印してもらうのが当たり前だろ。ドイツもそうやってる』
「あれ? 言われてみれば……。でも、この世界線では……」
『わざわざ戦勝国が日本までやってきて調印している。これを当たり前だと思ってるから、この異常さに気づかなかっただろ』
「たしかに……」
『話ついでだが、この世界線はこのあと放棄されたはずだ。それなのに、なぜか最近アメリカの公文書の中から、一四日を終戦の日とする世界線の書類が出てきたそうだぞ』
「それも不思議な話ですね。でも、なんでその世界線は放棄されたんですか?」
『原因はソ連のスターリンだ。ドイツの降伏でもスターリンは認めず、降伏を無視してプラハまで攻め込んでる。日本に対してもその時点での降伏を認めなかった。不可侵条約を破って日本に宣戦布告したが、このやり方も非道い。八月八日、モスクワにある日本大使館の電信をすべて切って、日本と連絡ができないようにした。そして軍隊で包囲してから宣戦布告状を突きつけたんだ』
「それじゃあ、本国では宣戦布告されたのを知らないまま……」
『大使館員を軟禁して連絡させないんだから、そうなるな。だから駐在武官が決死の包囲網脱出に挑んで、追っ手を振り切って満州までの脱出に成功するんだ。だが、この時の満州はソ連軍の侵攻で大混乱だ。ここでも連絡する手段がなく、満州からの引き揚げ船で新潟まで来た二〇日、ようやくソ連から宣戦布告があったことを外務省に伝えるんだ』
「それは、すごいドラマがあったんですね」
『そのソ連の対日参戦だが、日本は遠い。国境で攻撃を始めたが、侵攻する準備が整ったのは一五日から一六日だ。ドイツの場合は降伏調印の前から戦闘が続いてる状態で侵攻を始めたが、日本へは降伏調印が済んでからの侵攻開始だ。それが国際問題になってそのまま米ソの軍事衝突が起きてしまった。これが泥沼化したため、アメリカは落としどころを考えた。それがソ連が千島列島、樺太で一時的に戦闘をやめた二五日だ。それに合わせて降伏文書の調印式をやり直せば、米ソの衝突は起きないだろうと……』
「おや? この世界線の調印式は九月二日ですよ?」
『それは天界の神々が二五日の時点での調印を認めず、台風で邪魔をしたからだ。二五日では今の日本が主張してる北方四島が日本領で確定してしまう。天界の神々としては神の国には樺太が必要なんだ』
「そういう理由で邪魔されたんですか? そのせいで、いまだこじれたままですよ」
『ホント、困ったものだよなぁ』




