第17話 真珠湾攻撃について聞いてみた
『さて、話を日本の国連脱退まで戻そうか。悪の三大将に乱された世の中の空気だが、運命の流れには遡及作用がある。天界の神が予定した通り、イギリスから再び「日英同盟を組まないか」と持ちかけられたんだ』
「それを組んでたら、日本が世界最終戦争の勝者だったと……」
『その通りだ。それはアメリカの軍部が繰り返し行われたシミュレーションでも、アメリカに勝ち目のない唯一の同盟だ。となれば同盟を組ませないために歴史改変をしてくる。この同盟を組ませないためだけに、アメリカは三回の歴史改変をやってるんだ』
「何をやったのか詳しく聞きたいけど、ダウジングでは……」
『ははは。そこは我慢しろ』
著者の思いつかない答えは、ダウジングでは引き出せないのがこの審神者の難点だ。
『とにかく、この世界線では改変が成功して日本では陸軍が日英同盟に強く反対し、よりによって悪の三大陣営の一つ──ドイツと同盟を組んでしまった』
「だけど、そのドイツは同盟を組んだあともしばらく日本の足を引っ張るように、中国に軍事物資を送り続けてて……」
『ドイツは昔から中国との親和性が高いんだよ』
「地政学的には似たような境遇にあると言われてますもんね。どちらも大陸の陸軍国家ですし、海への出口を強い海洋国家に塞がれてますし……」
『それに海軍国家同士の日英同盟と違って、海軍国家の日本、陸軍国家のドイツ、半島国家のイタリアが鼎立した、あまりにも異例な三国同盟だからな。国の気質がそれぞれ違うから、共同作戦なんかできるはずがない』
「最近の軍事研究家によるシミュレーションだと、もしも日本とドイツが共同作戦をして中東の石油を取りに行くかスエズ運河の占領作戦をしたら、第二次世界大戦は三国同盟側が勝ってたかもしれないと言ってますね。その時はイギリスとソ連が、戦後の地図から消えていたかもしれないと……」
『机上の空論だな。日本とドイツどころか、同じヨーロッパ戦線を戦うドイツとイタリアですら共同作戦は一度もやってないんだ。この世界線だけでなく、他の世界線でもそんな作戦は皆無だ。三国同盟を組んだ時点で勝ち目は消えている』
「それでは同盟を組んだ意味がありませんね。でも、日本がアメリカとさえ戦わなければ……」
『それも無理な話だ。日本が真珠湾攻撃をしなくても、アメリカの佐世保空爆によって太平洋戦争は始まる。アメリカはずっと日本と戦うことだけを考え、そのために歴史を何度も改変してきたんだ。太平洋戦争が起こらなかった世界線は、南北戦争で北軍が勝ったパラレルワールド群には存在しない』
「ということは、日本は負ける運命だったと……」
『日英同盟を結んだ世界線なら日本が勝つ。だけど、それを放棄した時点で……』
「アメリカは日英同盟を組ませないために、三度も歴史を改変したんですもんね」
『それでも組んだ世界線では日本が勝ってるんだ。それに、この頃はソ連も多くの裏工作をしてるから、もう世界線が乱れて気持ち悪いよ』
スパイ戦の成否で世界線が複雑に分岐するから、世界線もからまってるのかもしれない。
『そして、ついに太平洋戦争が始まるが、この戦いの中でアメリカは二一回も歴史改変をやってくれた』
「ハル・ノートも歴史改変の一つですか?」
『いや、ハル長官や、コミンテルンのスパイでハル・ノートをすり替えたホワイト財務次官は歴史改変には関わってない。ここは純粋にソ連の裏工作だ』
「裏工作に純粋って……」
ちょっとツッコんでしまう。
『アメリカによる最初の歴史改変は真珠湾攻撃だ。最初はフィリピンかグァムを攻撃されると思っていたから、真珠湾にいた太平洋艦隊は空母機動部隊もろとも日本の目論見通り全滅だ。それでアメリカは反撃ができなくなった。そこで奇襲に遭った日から一週間戻して、空母や最新鋭艦を避難させるために、二回歴史を改変している』
「有名な疑惑ですね。奇襲のあった時間、空母も最新鋭艦も、航空機の輸送や訓練で真珠湾にいなかったという……。でも、なんで一回ではなく二回なんですか? 避難させるだけなら一回の改変でできるような……」
『二回目の真珠湾攻撃は、避難させて失敗したんだよ。それにプロパガンダにも失敗した。アメリカ政府は白人に盾突く黄色人種という構図で戦争を煽ろうとした。だけど、避難がうまくいきすぎて被害が抑えられたため、世論が日本をなめて盛り上がらなかったんだ。そのせいで、アメリカはジリジリと負けに追い込まれていく』
「それで、やり直しを?」
『そうだ。それでプロパガンダのやり方も変えた。人種戦争は前面に出さず、アメリカが常套文句にしてる「だまし討ち」という言い方を使ったんだ』
「それが宣戦布告の遅れですか。アメリカは自分では一度も宣戦布告しないまま先制攻撃してるのに……」
『被害を受けたという言いがかりで戦争を始めた過去も多いな。米西戦争のメイン号の爆発事故とか、第一次世界大戦のルシタニア号事件、ベトナム戦争のトンキン湾事件。日本に対しても太平洋戦争が起こる前から中国の軍に偽装した航空隊や爆撃機を送って戦ってるのに、パナイ号事件やレディバード号事件などを起こして日本に戦争を仕掛ける口実を探ってた』
偽装した航空機というのはフライングタイガー作戦のことだ。表向きは義勇兵と言ってるが、アメリカから最新鋭の戦闘機や爆撃機を中国大陸に持ち込んで日本軍と戦っていた。そして一九三七年には一回目の佐世保空爆を試みるが、当時の爆撃機では大陸から爆弾を抱えて飛ぶには航続力が足りなかったために作戦を中止している。
『三回目の真珠湾攻撃の時は、アメリカは初めから「だまし討ち」を喰らったと国民に報せるつもりだった。世界線の九割以上は宣戦布告が間に合ってたのに、アメリカの裏工作で「遅れたこと」にされている』
「じゃあ、本当の歴史は?」
『残念だがこの世界線は外務省がホントにバカな不手際をやらかして、宣戦布告が遅れた七・四%の世界線だ。この世界線では邪鬼がアメリカに手を貸すように、永田町や霞が関にマイナスの波動を浴びせて、宣戦布告に関わる政治家や官僚たちをバカにしてくれたんだ』
「おバカ光線ですか?」
『まあ、似たようなものだ。その最たるものが宣戦布告文だな。文章を作成した者がバカになって、饒舌に語りだした。当時の電文はモールス信号で、しかも手作業で暗号化してることなんか考えずに一四部にもわたる長文を作ったんだ。宣戦布告なんて必要最小限の要件だけで済ませて、他に言いたいことがあるなら、あとから付け加えればいいのにな。しかも一三部までは米英中に対する怨み言を自分に酔った文章かつ独りよがりな物言いで書いてるから、翻訳には困っただろうな』
「うん。日本語では高尚な単語を選んでますけど、中味は駄々っ子レベルの物言いですもんね」
確認のためにネットで布告文を探してみた。
「そうとう意訳してあげないと、ただの人格破綻者にしか思えません。それ以前に大使館で訳した人、同音異義語のどの漢字が使われてるか、区別付いたんでしょうかね?」
『そもそもアメリカ大使館には、送った文章が宣戦布告文とは教えてない。送られてきた文章も一三部まで結論は何も書かれてない。米英中への不満を並べてるだけだ。奇襲当日の未明に送られてきた最後の一四部で、ようやく宣戦布告の結論が出てくる』
「それでも大使館は送られてきた文章を前もって翻訳して清書しておけば、間に合ったと言われてますよ。それなのに送別会をやってて何も作業してなかったと……」
『それは濡れ衣だ。電文には訂正電報というものがあって、それを受けてようやく送信が完結する。アメリカ東部時間で、真珠湾攻撃のあった前日の午前中には一三部までの電文が送られていたが、その訂正電報が送られたのは、日付が当日に変わってからだ。しかも職員が送別会を三次会までやって午前様で帰ってきても、まだ訂正電報は届いてなかった』
「つまり正式に電文を受け終えたのは、当日の未明なんですね」
『そうだ。これでは翻訳も清書もできない。しかも訂正は一七五文字にも及んでいた。だから前もって暗号解読を始めていたとしても、訂正前はマトモな文章にはならなかっただろう。そのあとになって、ようやく最後の一四部が届くんだ。その時にはもう真珠湾攻撃まで一一時間を切っていた』
「そこから必死に解読、翻訳、清書をしたけど、結局は間に合わなかったんですね」
『邪鬼がアメリカを勝たせるために、手を貸したのが功を奏したんだな』
「日本の神様は、何もしなかったんですか?」
『もちろん日本というか天界の神々だって、なんとか日本を勝たせようと奔走してくださってる。だけど日本の将軍たちが、それをことごとく無為にしてくれたんだ』
「あああぁ〜〜〜〜……」
よく言われる「無能な将軍、敵より怖い」のアレ……ですか。




