第16話 戦前の歴史チートについて聞いてみた
第二次世界大戦。これは戦前に天界や地球の神様が立てた予定では、人類にとっての最終戦争になるはずだったそうだ。
この戦いでは日本とイギリスが組んだ神の陣営が、アメリカ、ソ連、ドイツの悪の三大陣営を倒すと戦前の予言にはあるらしいので、それが神様の計画だったのだろう。だが、実際にはそのような歴史にはならなかった。
「神様の立てた最終戦争の計画ですが、これもアメリカの執拗な歴史改変によって失敗したんですかね?」
『たしかにアメリカは一九三〇年代から太平洋戦争が始まるまでに、対日工作だけで二六回も歴史を変えている』
「そんなに?」
『そうだ。しかも神の計画は悪魔たちにとっても都合が悪いからな。悪の三大将である邪鬼、大老智、悪狐も、いろいろと日本に仕掛けてきてたんだ』
「それは日本が神の国だから……ですか?」
『そうに決まってるだろ。おかげで日本では一九三一年頃から、急に世の中の空気がおかしくなったんだ』
「世の中の空気? メディアを使ったアメリカの裏工作じゃなくて?」
『アメリカがどんなに裏工作したって、世の中の空気までは自在に変えられないぞ』
「そりゃあ、そうですけど……。それで、どんなふうに空気がおかしくなったんですか?」
『言われたことを、真逆に忖度するバカが増えてしまった』
「……は?」
『要するに思考の分断現象だ。おかしくなるのは一九三一年に起きた二・二六事件のあたりからだな。この時の日本は長引く昭和恐慌でデフレが深刻だった。そこで大蔵大臣の高橋是清と内大臣の齋藤實は経済対策として大量にお札を刷らせて、軍事費でも何でもいいから市中にお金をばらまく積極財政を指示したんだ。だけど頭でっかちで経済理論がわかってない大蔵官僚たちは、まったく逆の緊縮財政を押し進めて、第一次上海事変で軍事衝突が起きてるのに軍事費まで勝手に忖度して削ってしまう』
「今の財務官僚とまったく同じですね。財政はマクロ経済で考えなくてはいけないのに、家計簿と同じミクロ経済で考えてるあたりなんかは……」
『まあ、それはそうなんだが、バカの忖度はまだ続く。緊縮財政で市民に金が回らなくなったのに怒りを感じた陸軍の青年将校たちが、天皇の名のもとに政治を腐敗させた六人さえ殺せば世の中は立て直されると決めつけて二・二六事件を起こした。それでに勝手に標的にした高橋是清と齋藤實を殺してしまったんだ。この二人は国家を立て直したいなら、絶対に味方にすべき人材だったのにだ』
「ムチャクチャですね。……ん? 天皇の名のもとに?」
『そうだ。この二・二六事件も、天皇のお考えを真逆に忖度してやらかした暴挙だ。当然、天皇は「自分がもっとも頼みとする重臣たちを殺すなどと」と大怒りされ、首謀者たちはほとんど叛乱罪で死刑か無期禁錮刑になってる』
「なんか今も似たようなことが起きてますけど……」
現在も二〇一〇年頃から『勝手な忖度』が横行するようになった。
これにはハッキリした理由がある。一九九〇年代後半からの正規雇用者の貴族化によって「仕事を覚えたら出世できなくなる」という変な空気が広がった。これは一部の愚かな経営者が「優秀な社員を派遣会社に出向させれば、グループ企業内でうまく人材をやり繰りできる」とやらかした影響が大きいだろう。その結果、正社員として残って管理責任者となった人たちの中に、現場の仕事を何一つ知らない無能が増えてしまった。そういう人たちが現場監督や管理職になっても、マトモな指示を出せるはずがない。当然、それでは仕事が進まないので、現場は自分たちの判断で勝手に動くようになる。
同じ頃の日本では「自分の判断で動け」と指示待ち人間をバカにする風潮も生まれた。だが、仕事でそれをする危険性を多くの人が理解してない。雇った料理人が勝手に自分の味を求めたせいで客が来なくなり、店を潰された経営者。お客様第一を謳ったために「お客さんが喜びますので」と勝手に値引き販売されて大赤字を出した量販店。これはやった人の問題ではない。現場に目を光らせて、それをさせない、早くやめさせることをしなかった管理責任者の問題だ。
勝手な忖度は、まさにそういう意味でのものだ。
それに加えて二〇一七年には、敢えて部下に犯罪をさせる意味での忖度が流行語大賞になっている。まさにおかしな空気だ。
『おかしな現象は一九三三年にも起きた。まずは二月に日本が国際連盟から脱退した。脱退の原因となったのは、満州に関する勧告だ。表向きは日本に対する言いがかりだが、中味は「満州のインフラ整備をするな。学校を作るな。植民地らしく原住民を虐げろ。でないと西欧列強の植民地経営が邪悪なものに映るじゃないか」というお願いだ』
「それもまたムチャクチャですね」
『そもそも、この勧告自体は、国際連盟に加盟してないアメリカとソ連の裏工作によるものだ。小国は完全に米ソの言いなりだし、大国も本気では勧告に賛成してない。ただ、日本が西欧列強と同じ植民地経営をしてくれれば、自分たちが植民地の扱いを変えなくて済むという意味での賛成だ。国連加盟国の中では誰も本気では日本を非難してない。それに日本の思惑は満州を独立国として国連に認めさせたいのに対して、国連は満州を日本の植民地として見たいだけだ。まったく逆の意見がぶつかってるが、ここに日本が国連を脱退する理由はどこにもない』
「でも、非難されてると思って脱退してしまった……」
『それが、ちょっと違う。外務省から全権大使としてジュネーブに赴いた松岡洋右は「絶対に脱退は避けろ」という指示を受けて総会に臨んでいた。外務省も「最悪の場合」として脱退を想定していたが、あくまで米ソが裏で暗躍してるだけで、国際社会というか国連加盟国は日本を否定してないとわかっていたはずだ』
「それが、なんで脱退なんて……?」
『そこは松岡洋右自身が語ってる。勧告が決まったあと、形ばかりの反論をしたつもりだったそうだ。まあ国際社会で舐められないための、一種のお約束だな。ところが語ってる途中で頭が真っ白になって、気がついたら会場から出ていたそうだ。あとで脱退宣言をして会場を出たと知って、血の気が引いたそうだぞ』
「何が起こったんですか?」
『悪魔に意識を乗っ取られてたんじゃないか? それで帰りの船に乗ってる間、このまま日本に帰ったら殺されるとか、途中で寄る港で亡命しようかとか考えていたそうだ』
「でも、日本では新聞社が好意的に報じたおかげで英雄扱いされてて、それで国会でも脱退を後押しして正式決定したと歴史の本では……」
『おそらく本人は、そうとうに面食らっただろうな。それほど世の中の空気がおかしくなって、時代は戦争へ向かって流されていたんだ。そして夏には大阪で天六事件が起こる』
「天六事件って、赤信号を無視した陸軍兵を警官が注意したことで始まった事件ですね」
別名『ゴーストップ事件』という俗称で呼ばれる事件だ。
『あの事件は赤信号を無視した陸軍兵が悪い。しかも注意されて逆ギレしてつかみ合いのケンカになった』
「そういう話でしたっけ?」
『そうなんだよ。で、梅雨の蒸し暑い頃の話だから、双方イラ立ってたのだろう。警官の方まで熱くなって、兵士の方は全治三週間、警官の方も全治一週間のケガを負うんだ』
「兵隊の方が負けたんですか?」
『負けたな。そこに憲兵隊が駆けつけてきた。あとは、どっちが悪いかじゃない。陸軍と警察のメンツの問題になってしまった』
「それで裁判所が判決から逃げて、致命的な判例を作った……ですか?」
『いや、致命的な判断を下したのは行政だ。まず世論は判官びいきで陸軍の味方だ。市民から批判されたことで担当の警察署長が、事件から一か月後に心労から持病が悪化して亡くなってしまった。こうなると軍部も警察もメンツを守るために引けなくなり、互いに事件目撃者を事情聴取と呼びつけて激しく尋問を繰り返した。それが二か月も続けば自殺に追い込まれる人も出てくる……』
「都合の悪い証言が出てきたら、難癖をつけたんですかねぇ?」
『それでも双方が泥仕合をやめようとしないため、事件から五か月近く経った頃、事態を憂慮した天皇からの特命が入り、軍部と内務省が政治的な和解を図ることになった。だが、これは警察が大きく譲歩したことになる』
「事件の発端は、陸軍兵の信号無視ですもんね。それをなかったことにしたんですか?」
『当時は信号が世に出てきたばかり。だから陸軍兵は信号を知らなかったのかもしれんとな。それに道交法もちゃんとしてなくて、信号は車のためのものだから、歩行者には赤で止まる義務はないとも読める』
「ひどい理屈ですね」
『それに今回の件で警察が懲りて、陸軍には憲兵隊があるのだからと、軍人のやらかした違法行為はそっちで取り締まってくれと投げてしまった。ここから陸軍の暴走が始まって、日本が一気におかしくなっていくんだ』
「自分で自分を取り締まって良いのなら、やろうと思えばどんな悪事でもできますもんね」
悪名高い治安維持法が改悪されて、それを警察ではなく憲兵隊が取り締まるようになったのも、この直後だ。
「……で、それをさせたのが悪の三大将ですか?」
『そうだ。やつらは第二次世界大戦が起こる前からアメリカ、ソ連、ドイツに手を貸して、いろいろと日本に仕掛けてきている』
「あれ? ドイツは日本と同盟を組んでたんじゃ?」
『同盟を組む前から中国に武器や資金を送ってるし、同盟を組んでからもしばらく続けてたぞ』
「そんなことが?」
『ドイツは地政学でいう陸軍国家だからな。同じ陸軍国家である中国とは昔から親和性が高いんだ。そのため今もドイツ企業は何か問題があっても、中国との取り引きを続けてるだろう』
「それは企業利益が目的じゃ?」
『企業利益を考えたら、むしろリスクが高くなったらすぐに撤退するはずだ。それなのに、なんで進んで中国と付き合い続けると思う』
「同じ陸軍国家だから馬が合う?」
『そうだ。企業経営者はドライに割り切ってるようでいて、そういう心の部分は捨てられないんだ。それに今の中国の抱える問題は、ドイツが過去二回の世界大戦を起こしたものと同じだ』
なるほどねぇ。だからこそドイツ企業は中国に親近感を覚えるのかもしれない。




