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「へっクシュン」


 コウさんが大きめなくしゃみを出した。草原は日が暮れると、とたんに寒くなる。弱っているはずのコウさんを付き合わせてしまった、風邪をひかせてしまったら申し訳ない。


「コウさん、帰りましょう。付き合わせてしまって申し訳ありません」

「マリカと一緒ならいつまでも、どこまでも付き合うけど?」

「はいはい、お上手なのは分かっていていますから」

「……本当なんだけどなー?」

「はいはい」


 くすくすと笑いながら家路を急ぐ。帰ったらヤギの乳でも温めて二人で飲もう、取って置きの蜂蜜を入れるのも悪くない。


「……ただいま」


 それでも飛び出した手前、居たたまれなさを感じて家のドアをこそっと開けようとするが、後ろから勢い良くドアを引かれた。


「ご要望ご命令にお応えしまして、マリカ嬢をお連れし帰って参りました!」


 ばぁんと効果音がつきそうな位に、元気良くコウさんが声を張り上げた。


「近所迷惑だよ!!」


 同じくらい声を張り上げた母さんが、右手のスナップを効かせて毛糸玉を放つ。それは私の頭の上を通過してコウさんの顔面にばっちり当たった。


「申し訳ありません!」

「母さんも近所迷惑よ」


 くすくすと笑ってしまった。母さんは客人にも容赦が無い、おかげで気まずさは吹き飛んでしまった。


 家には母さんだけ残っていて、姉さん達は多分気を使ってお風呂にでも行ったと思う。父さんは……小屋かな? 集落にいる間、夜は道具の手入れをしていることが多い。


「……まったく夜は冷えるんだ。二人共こっちに来てこれでも飲みな」


 火鉢の上には鍋がかけてあり、蜂蜜の良い匂いがする中身は多分……


「うん」

「いただきます」


 二人とも火鉢の側に移動して差し出されたカップで手を暖めた。フーフーと息を吹いて冷ましてから一口飲んで、やっぱり自分が飲もうとしていた物と母さんの作ってくれていた物が同じだったから、また笑い声が出た。


「なんだい、拗ねて出てったと思ったらずいぶんご機嫌だね」

「そう? これでも怒っているのよ」

「そうは見えないけどねぇ」

「怒っていないように見えるのなら、きっとコウさんのおかげよ」


 チラッとコウさんを見ると眉を寄せて舌を出していた。


「どういはひまひて」


 視線に気が付いて何か言ってた。うん、舌を火傷したかな。熱いもんねこれ。


「締まらない男だねぇあんた」


 言いながら母さんも笑っていた。やっぱりコウさんは人たらしだ。


「母さん」

「ん?」

「ありがとう」

「何の事だい?」

「んー? コレの事」


 私はカップを持ってはぐらかすことにした。コウさんを迎えに寄越してくれたこと、あえて黙って居てくれたこと。色々あるけど気恥ずかしさと、やっぱりちょっと黙って居たことに対して腹が立っていたから、お礼はコレくらいがちょうど良い。


「そうかい、ならさっさと飲んで風呂にでも入っておいで」

「はーい」

「コウさんも男前を磨いておいで、何日も風呂入って無いだろ?」

「倒れる前に使った魔法が身体の洗浄魔法だったりします」

「……アホだねぇあんた」


 流石の母さんも呆れて物が言えないらしい。命の危機でそんな事に気を使う!?


「いやー、誰かに見つけてもらったときに臭かったら申し訳ないかな? とか考えていたんだと思います。やっぱり飯食ってないと頭ってまともに動かないんですね」

「違いないね、ほらいいから駄弁ってないでさっさとお行き」


 しっしと追い払われる動作をされたために、急いでお風呂用のあれこれを用意する。


 タオルの予備……あ、小屋かな。いや、こっちにあった。


「有り難うね、コウさん」

「こちらこそ役得でした」

「キザだねぇ」


 わたわたと用意をしていたから、母さんとコウさんが何を話していたのかは、知らない。

 ただ珍しく、母さんが優しい顔をしていたのが印象的だった。


「ただいまー」


 そうこうしているうちにバタバタと姉ちゃん達が帰ってきた。一気に家の中が賑やかになる。


「聞いてよ母さん! さっき凄いの見ちゃった」

「あ、マリカお帰り」

「マリカ、コウさんも見た!? さっき――」

「小姉ちゃんゴメンね後で聞く」


 とりあえず姉ちゃん達と話していたらお風呂に行きそびれる。用意したものを抱えてコウさんをつつく。


「コウさんあっちの家から着られそうなの持ってきてください、お風呂に案内します」

「ああ、すみませんまた後で」


 コウさんも姉ちゃん達へ断りを入れ、一緒に外に出る。外は一段と冷えていたが、何故かそこまで寒さを感じなかった。


「さっきの魔法の事、秘密にしておいてもらえませんか?」

「構わないけど、理由を聞いても?」

 

 とても素敵な時間だったと思ったから、姉ちゃん達と共有はしたくないなと思ってしまった。

 ……言えない。口が裂けても言えない。


「……内緒です。駄目でしょうか?」

「いいよ。二人だけの秘密」


 わざとらしくヒソヒソと返された言葉に頷き、出された小指に自分の小指を絡めた。


 生まれた国が違っても指切りは同じなんだな、ちょっと離したくない、なんて考えてしまい、頬が熱くなった。


 多分先ほど暖かい物を飲んだせいだ。きっとそうだ。コウさんと居ると外の寒さは感じなくなっているのも、きっと……暖かい物のせいにしておこう。


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