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さて、我が家の台所事情だが。
台所奪取は間に合った。
繰り返す、台所奪取は間に合った。
大姉ちゃんと中姉ちゃんが必死で止めていたからである。小姉ちゃんは味覚が独特である、しかし自覚は無いので厄介なのだ。
「え、別に私でもよくない?」
「お前が作ったら大惨事よ」
「客人にお出しするならマリカの味付けが一番いいに決まっている」
小姉ちゃんがブーブー言っていたが母、大、中姉ちゃん達がたしなめていた。ナイスである。
切り分け済みの食材に下味をつけたり鍋に放り込んだりと手早く作業をする。
行き倒れになるくらいなら、きっとコウさんはお腹も空いているはずだ。何日も食べていない可能性もあるからお腹に優しい食物を作っておこう。
「ただいま」
そうこうしているうちに父さんが帰ってきた。髪が濡れているので、どうやらお風呂に行ってきたらしい。
父さんは娘達に臭いと言われないように、集落に帰ってくると必ず共同のお風呂へ向かう。ここの暮らしは気に入っているけど遊牧に出ると何日もお風呂に入れないのが辛い、とも溢していたから、もともとのお風呂好きも有るのだろうが。
「お帰りなさい父さん」
「ただいま。お、今日はマリカの当番か、楽しみだな」
父さんが台所に立つ私へそう声をかけると、小姉ちゃんはブーブー言っていた。
父さん、真顔で小姉ちゃんにだってマリカの料理が一番美味しいとか言わないの!余計なことを口走り、その度に肩身が狭い思いをしているのに学習しない。ちょっと迂闊だと思う。
「そう言えばお客人が来ているんだって?」
「マリカが連れてきたんだよ、そこらで倒れていたみたいだね。父さんみたいに」
小姉ちゃんのブーブー口撃に耐えられなくなって父さんが母さんに話をふり、母さんは糸車で羊毛を紡ぎながら答えた。
「私会ったわよ! すごく顔がいい男前!」
「へー楽しみ」
「だからご飯別に私が作ってもいいじゃん?」
母の助手を勤めながらうっとりと話すのは大姉ちゃん。
糸の巻き直しをしながらわくわくしているのは中姉ちゃん。
中姉ちゃんの巻き直しを手伝っているため両手が塞がり、ブーブー言っているのは小姉ちゃんである。
ちなみに姉妹そろって好みの顔は似ていたりする。
「いや、お客人居るならやっぱりマリカが適任だろう?」
と、父さんがまた余計なことを言って小姉ちゃんの口撃を再燃させていた。全く学習しない。
家族団らんを過ごしながら、そろそろ出来上がる丁度良いタイミングで家のドアがノックされる。多分コウさんだろう。
ちなみに家の集落でノックする人などいない。他所の家でもいきなりドアを開けるからだ。開けられたくないときはかんぬきを掛けておく等の対処が必要である。
「コウさんですか? どうぞ」
「お邪魔します」
身綺麗にしたコウさんはやっぱり顔も良かった。
姉達がワーキャー言っている。……やはりど真ん中だっらしい。
「どうぞ、よく来てくださいましたお客人、滞在中は回復に努めてください」
「お嬢さんに助けていただきましたうえに、そのように言っていただけて有り難うございます。しばらくはお言葉に甘えさせていただきます」
「そうしておくれ、ほらお前達、片付けて晩ご飯にするよ」
一瞬だけよそ行きの顔した母さんと、コウさんのやり取りを固唾を飲んで見守っていた姉達が、母の一声でわたわたと片付けて卓を出した。
「ご飯出来たから誰かお皿お願い」
「はいはーい」
すぐにやってきた小姉ちゃんに皆分のお皿を並べる様にお願いして、中姉ちゃんに盛り付けをお願いする。
……小姉ちゃんは盛り付けも独特なので。
「だいぶ男前を拾ってきたね」
こそっと中姉ちゃんに耳打ちされたのでこちらもこそっと返事をする。
「中身もだいぶいい人だと思うよ。シロ、嫌がらなかったし」
「でかした」
中姉ちゃんはバシッと私の背中を叩いてご機嫌である。
大体、馬で物事を測る中姉ちゃんは、それだけでコウさんを信用することにしたらしい。いや、落とすことにしたらしい……かな?
「大姉ちゃん、これ、コウさんの分」
中姉ちゃんと入れ替わりで手伝いに来てくれた大姉ちゃんに、コウさんの分をお願いする。
「あら、特別メニュー?」
「うん、消化に良いものが良いかなって」
「マリカはそう言うところ気が利くわよね」
私の頭を撫でてから父さん似たのね、と呟いていた。父さんは迂闊なことを言うが結構繊細で、逆に女性陣は大雑把が多数派である。出来れば母さんに似たかったところだがこればかりは仕方がないだろう。
料理を並べ終え、食卓につく。各々軽く自己紹介をしてから夕飯となった。
「コウさん三日も飲まず食わずだったんですか!? いやぁ大変でしたね」
コウさんは姉達の猛攻を物ともせず、父さんと会話を楽しんでいて、肉を勧めようとしていた中姉ちゃんの手が止まった。うん、お肉、美味しいけど消化に悪いもんね。
「マリカ嬢に助けていただいたときには天からのお迎えかと思いましたよ」
「本物じゃなくて良かったじゃないか」
あははと豪快に笑い飛ばしたのは母さんである。
「いえ、本物でもマリカ嬢にだったら連れられていっても本望です」
「あんたは口が上手いねぇ」
「で、連れてきて貰ったこちらは美人な方が多くて天上なのかと疑っております、ご飯も美味しいですし」
母さんはまた笑っているし、姉ちゃん達は三者三様の反応を見せ、父さんは子ども達が誉められてまんざらでも無さそうだ。
ちょびっと気に食わない。
「三日ぶりのご飯なら多分何でも美味しいと思いますよ」
もしかしたら小姉ちゃんの独特な味付けでも美味しいと感じたに違いない。……多分。チクリと嫌みを言うとコウさんは余計に笑顔で良い放つ。
「それにマリカ嬢の手作りというスパイスが入るから余計旨いと思っている」
コウさんのパーフェクトな返答に、この人結構な人たらしであると確信した。




