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こうして皆が出て行くと家の中が一気に静かになる。
「マリカ、改めて言わせてくれ」
居住まいを正してコウさんがこちらを向く。こちらもつられて居住まいを正した。
「マリカの事が好きです、助けてもらったときから一目惚れだったけど、マリカの事を知るうちどんどん好きになった。料理が上手なところとか、気が利くところとか、根性座ると凄いところとか、ええっと、強いて言うなら全部。なので」
コウさんは頭を下げつつ右手を差し出した。
「俺と、ルビス・ジュエルドと結婚を前提にお付き合いしていただけますか?」
「……はい、喜んで。よろしくお願いいたします」
出された手を両手で握り返す。やはりコウさんの手は暖かい。
「……俺の立場的に結構大変な事が沢山有るだろうけど」
「姉ちゃん達に言ってくれしたよね? それを信じています」
「ありがとう」
少し照れたようにはにかむコウさんがとても幸せそうで、心臓が早鐘を打った……不意打ちである。
「そう言えばなんてお呼びすれば良いんですか? ええっとルビス殿下?」
「ここではコウのままがいい」
「ここでは私もそう呼びたいですが、流石に国に帰ったらそうは行かないですよね?」
「人前では、うーん様付けかなあ?」
「かしこまりましたルビス様」
「……やっぱり本名呼ばれるのもいいな、結構嬉しい」
コウさんが悶え始めたのでこちらまで恥ずかしくなってきて、慌てて握っていた手を離した。なんかこう呼び名が違うだけでこんなに小恥ずかしくなるものなの!?
「ととと、とりあえず晩ごはんの支度を手伝いに行きますね、多分今夜も炊き出しでしょうし!!」
さっきのお昼ごはんも、母さんが皆の分を炊き出しから貰ってきてくれた。サボっても良いとは言われたが、疲れは無いので働こう。うん働きたい。
「そうだな俺も片付けを手伝いたい」
でないと潰されそうだしと呟いていた。私には聞こえない、聞いていませんからね!!
それでも早鐘を打ち続けている心臓に配慮して、理由をつけて逃げ出したが、炊き出し係のおば様達に冷やかされた。プライバシー? そんなものは(以下略)
「で、次の日にはもう出発ってどう言う事ですか!?」
「学園に転入するならなるべくはやいほうがいいなってなった」
「それにしても早すぎません!? もうちょっと色々手伝いたかったんですが……」
あらかた集落の片付けは済んだが、まだやれることはあるはずだ。それに嫁入り前ってこんなにバタバタと支度するものなのだろうか? なんて疑問に思いつつ午前中に挨拶を済ませ、荷物をまとめてシロにくくりつけた。
「まあ、結婚は勢いだからさっさと行ってしまいな」
「まだ婚約の前だけどねー」
小姉ちゃんの茶々が入ったが流石既婚者、言葉の重みが違う。
「え、勢いだったの!?」
父さんが驚きの声を上げ、ここに来て夫婦のすれ違いが発覚していた。
「素性の知れない男と結婚するなんて勢い以外の何者でもないね」
……ごもっともである。父さんが撃沈していた。
父さん、多分昨日まで素性を明してなかったの根に持たれているだけだからね。
「しっかし魔法って便利なのね」
「通常半月かかる旅路を一瞬で済ますんだからね」
こそっと言われた言葉に頷く。そうなのだ、例の秘密の魔法を使って西の大国へ行くこととなった。私だって簡単に往来が出来ないのであればこの急な出発には頷いていない。
黙ってなくて良かったのか? と聞いたら、これから私の家族も往き来することも有るだろうから、とのことらしい。父さんが管理することと、無闇やたらと話さないことを条件に家の片隅に小さな魔方陣を書いておくことが許された。
ちなみに中姉ちゃんと小姉ちゃんは魔法を使うことは知っていても、どんな魔法を使うかまでは知らない。知ると話したくなるからと言って逃げていた。
「じゃあ、行ってきます」
流石にちゃんと出て行った体は取り繕う必要があるため、ちゃんと旅行用の支度をして集落から出て行く。
「帰ってくるんじゃないよ!」
「嫌になったら帰っておいで」
「定期的に帰ってくればいい」
「毎日でも帰ってくればいい」
そう言って送り出してくれる母さんと姉ちゃん達に頭を下げる。後ろには集落の皆が見送りに来てくれていた。
「十七年お世話になりました」
まずは婚約してからで、結婚はまだ先の話だけど、ここを出て行くのには変わりない。隣でコウさんも頭を下げていた。
「待って! 私まだ!!」
慌てて言いながら人並みをかき分けて走ってきたのはお隣の娘さんだ。
「おとといの事とか色々、謝りたかったのに……いきなり行っちゃうってどう言う事よ!?」
出だしは殊勝な態度だったのに逆ギレされた。うん?
「ともかく! 今までの色々と、一昨日場当たり的に叩いてしまってごめんなさい」
「今までの色々って……」
……一昨日はともかくなんか謝られるようなことは有っただろうか? 首を傾げるがなにも閃かなかった。
「……気にも止められて無かったのが逆にショックなんだけど」
「ごめんなさい」
だってそんなに親しくなかったじゃない、とは流石に言葉に出せなかった。私から必要最低限声をかけることは無かったし、相手だってそうだ。
「私が謝っているのになんであなたが謝るのよ!!」
「り、理不尽」
「言いたいこと沢山有ったのに急にどこかに行っちゃうあなたが悪いの!」
……こっちの都合無視だしやっぱり理不尽だと思う。
「なによその顔、こっちだって変なこと言っている自覚は有るわよ! ああ、もう、とにかく!!」
一旦言葉を切ってグシャグシャと髪をかき混ぜていた動きも止まる。
「お父さん治してくれてありがとう、精々西の大国で幸せになるといいわ!」
言ってることは好意的なのに、態度が攻撃的でなんだか面白い。こんな人だったんだな……もっと話しておけば良かったと少しだけ後悔した。
「ありがとう、うちの家族をよろしくお願いします」
頭を下げてそう言うと相手はそっぽを向きながら叫んだ。
「ありがとうはこっちのセリフよ!!」
「そうねマリカちゃんありがとう」
「そうだありがとな!」
お隣さんご一家にお礼を言われ、それにつられて集落の皆が口々にお礼を言ったり、はげましたりしてくれる。
「今までお世話になりました! 行ってきます」
手を振る皆にそう叫んで、手を振り返す。大好きな草原を目に焼き付けてから後ろを振り向くと、
「ううぅまだ先の話じゃないかー」
後ろで中年男性が号泣していた。色々台無しである。




