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集落の家は木造の平屋が多い。男達は遊牧のために遠出するが、女は家に残るため、そこそこ頑丈な家が建てられている。とは言っても台所兼土間と家族の寝室兼居間のシンプルな造りだ。着替え等は衝立の後ろで済ます。
プライバシー? 本の中で物語に登場するお話である。
しかしお客様はそういかない、特に男であれば女しか居ない家に泊まらせるのは、ちょっと問題がある。そこでお客様用の宿泊する家が存在するのだが、行き倒れの人、客人もそちらに泊まってもらう。
お世話とははつまり、言葉通りお世話である。
衣食住を整えてあげること。ご飯を出したり、必要なら着替えを用意したり、動けそうに無いなら服も洗うし、掃除もするし、布団も敷いてあげる。
……やることは完全に奥さんだ。
「今日はこちらに泊まってください、着替えや布等、ここの家に有る物を好きに使って構いません。ご飯は家でご馳走します」
「何から何まで有り難う。ただ、こんなに手厚くしてもらっても良いのだろうか?」
「この辺りの風習なんですよ、客人はもてなすものですので」
優しくして、居座らせる事が目的だったりするらしいが。
母さんいわく、集落の血が濃くなると子どもが産まれ難くなるから、年頃の客人には居着いてもらったほうが良いらしい。そして集落の誰かと結婚してくれればさらに良い、と言っていた。実際父さんが元客人だったりする。
さらに男の人の世話は年頃の娘に世話させるのは一番効率が良いとも言っていた。まさしく今の状況である。
……やっぱり大姉ちゃん交代してくれないかな。私には無理だし。
「その風習のおかげで命拾いしたんだな。そう言えば名乗って無かったな、俺は冒険者をしながら旅をしている、コウと言う者だ。偽名だけど」
「それ言っちゃ駄目なやつじゃないですか?」
「いや、命助けてくれた人に対して偽って教えるのもな、と思って」
素敵な心掛けだと思うけど、何のために偽名使っているの? と頭を抱えたくなった。ちょっとこの人は変わっていると認識する。
「……私はマリカです。ご存知かと思いますが名乗って無かったので名乗っておきますね、コウさん」
冷静になって考えると、きっと大姉ちゃんが言っていたのを聞いたから私の名前を知っていたんだなと思う。
「マリカ、あらためて礼を言う、本当に有り難う。君に助けてもらったときは、天からのお迎えが来たかと思った」
それはまあ、死にかけていたみたいだし、私が止めを刺しかけたから、お迎えも半分嘘ではないのかも知れない。だけどなぜいつの間にか両手を握られているの? しかも絶妙な力加減なのに外れないのはなぜなの!?
草原の外では普通なのかな? 後で父さんに聞いてみよう。今日帰ってきている男衆に混ざって居たはずだし。
そこまで思い出して嫌なことまで思い出してしまった。止めておこう。
「幻覚が見えるほど危険な状態だったんですね、助けられて良かったです。あ、晩ご飯の支度を手伝ってくるので……」
手を放して欲しい。そして離れて欲しい。が、言外に伝えようとした思いは伝わらなかったみたいだ。
「世話になるし、マリカの家族にもご挨拶させてくれ」
「いえ、家の事は気になさらないでください。お疲れでしょうからお休みしていても……」
「自分で言うのも何だが、こんなに怪しいやつを一人置いておくより、目の届く範囲に居たほうが安心じゃ無いのか?」
一理有ること言うから困る。そしてこの人、私にどう思われているか分かって言っている。
「自覚有ったんですね」
「多少はな。マリカに警戒されているのは感じている」
少しシュンとして寂しそうな顔をするので、申し訳なく思ってしまう。ごめんなさい、悪い人だとはそんなに思っていないけど、ただ単に他人が怖いだけです。
「ええっと、コウさんが特別と言うわけではなく、風習とはいえ、知らない人をもてなすのに、うちの集落の皆は、警戒心無さすぎるなと思っていたので。昔から」
一番の理由をちょっとすり替えたけど、これも警戒する理由の一つだ。お客様は目的が有ってくるからまあ、いい。連れてくる案内の人も判断材料になるし。
ただ、行き倒れは別だ。判断材料が少ない、草原に来た目的なんかは連れてきてからしか分からないし。
昔怖くなって、疑問に思ってそれを姉ちゃん達に相談したことがある。
悪知恵働くやつはそもそも草原で行き倒れてないわよ、とは大姉ちゃん。
馬を盗っても結局迷うだろうね、とは中姉ちゃん。
そのための世話担当じゃん? とは小姉ちゃんのお言葉である。
最後は三人揃って、怪しいと思ったらボコボコにしてやりな! だ。最終的な解決方法は腕力である。自分には足りないものだから、警戒するしかないだろう。それをザックリと伝えた。
「そうか、なら俺は怪しいやつだから安心して、思う存分警戒してくれ」
「……ふふ、何ですか?それ。怪しいって、自分で、ふふふっ。安心も警戒も一度に両方は無理ですよ」
コウさんの物言いに思わず吹き出した。なんだか肩の力が抜ける。この人は話しやすい人だな、と何となく確信した。
……手のひらくるくるなのは私も大姉ちゃんと同じだ。
「じゃあ警戒してくれるか?」
「ふふ、何で警戒の方なんですか、普通、安心の方ですよね、あはは」
「笑うなんて酷いんじゃないか?」
ニヤリと笑いながら言うものだから、わざと言ったのは私にも分かる。そしてちょっとツボに入ってしまった。コウさんは多分人懐っこい人なんだろうな。私と違って。
「ふふふ、お招きするのは問題無いのですが、まずは汚れを落としてはいかがですか? いっぱい草の種が付いていますよ」
「え、うわ、本当だ」
コウさんが必死で服を叩くが、落ちる気配はない。
「後で取るのお手伝いしますね。取り敢えずこちらにある服で我慢してもらえますか?」
「ああ、お借りします」
「ええっと、集落の真ん中に井戸が有るので水を使いたいときにはそちらにお願いします、後はご飯を食べながらでもお伝えしますね、私の家はここを出て向かいの家ですので」
では、と言って立ち上がる。
晩ご飯の味付けまでに帰らなければ、今日の料理当番は小姉ちゃんである。どうにか味付け前に代わらなければ、初見でトラウマになるレベルの物をお出しされる。
……小姉ちゃんは味付けが独特なのだ。盛り付けも独特な感性をお持ちなのだけれど。
「ご相伴〈しょうばん〉にあずかるため、服を整えてからお邪魔させてもらいます」
居住い正して言われた言葉に、お待ちしていますと、返事をして家を出た。
さて、やることは決まっている。台所奪取に向けて腕まくりをしながら向かいの家まで急いだ。




