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 ギャンと、魔物が鳴く声が聞こえる。


 続けてキャインキャインと怯えた様な声も聞こえてきた。


(……父さん、私が来なくても平気そうなんですけど)


 バッサバッサと魔物を薙ぎ払い、父さんの回りには魔物だったモノで山が出来ている。


「これは上のお姉ちゃんの分」


 言いながら剣を振る。


「これは中のお姉ちゃんの分」


 続いて剣で刺す。


『おおー、お父様は中々アグレッシブなお方ですね』


 違う、父さんは普段、のほほんとした羊みたいな人だ。まだ若いのに半分好好爺へと片足突っ込んでいるような人だ。誰だこれ。


「これは下のお姉ちゃんの分」


 ……ちょっと表現を控えたくなる感じで魔物に止めを刺していた。


「こんなもんじゃ足りないんだよ、僕の家族を傷付けておいてさ。ねえ、何度でも何匹でも切ってあげるよ、ほらおいで?」

『やだ、惚れそう』

(正気ですか!?)


 それはずいぶん特殊な男性の好みをお持ちのようで……としか思えない。


『うあああ、口に出てたあぁぁ!? 違います、言葉のあや、物の例え! 一番はサフィ様ですから、え? いやいや、ちょっと待ってくださ』


 向こうは向こうで修羅場に突入したようだ。ぷっつんと魔力が切れた。うん、すぐ戻ると信じよう。


 魔力に余裕はあるし大丈夫。と言うか砂糖水みたいに甘い何かの気配を感じ取って、聞いているほうがちょっと居たたまれない。


「父さん!」


 辺りを警戒しつつ、付近に居た最後の一匹を仕止めた頃合いで父さんに声をかける。


「マリカ、どうしてここに? 危ないじゃないか」 

「このリボンのおかげ。で、これなんだけど……」


 ごそごそと腕輪を取り出して、しかし渡すのに躊躇(ちゅうちょ)する。

 修羅場、続いていたらどうしよう。


『修羅場でもなんでもないですから、大丈夫ですから、むしろ早く渡してください!』

(あ、お帰りなさい)

『なとさの間をびょーんと延ばして、生暖かーい感じだすの止めてもらえます!?』


 伸ばしたつもりはない。そう感じるのは一重に、思い当たるフシがあ


『うわあぁ、ない、ないですから! っていうか、状況シリアスなのに随分余裕有りますよね!?』

(皆無事でしたし、父さんこんな感じですし、コウさんもお墨付きだそうなので)

 

 若干気が緩んでしまっても仕方がないと思います。そう思いながらきょとんとしている父さんに腕輪を渡す。ジェスチャーで付けて、と促すと首を傾げながら腕にはめていた。


『それなんですが』

「うわ、凄いですねこれ。頭に直接声が届くんですか。え? 凄い時代になりましたねぇ」

「父さん、思うだけで伝わるから気を付けてね」


 うら若き乙女に聞かせられないスプラッタホラーな内容を思い浮かべられても困る。


『スプラッタなら大丈夫ですよ。ですがお父様はサフィ様担当です。同性の方が気を使わないでしょうから。今、状況をサフィ様が説明していますので、辺りの警戒をお願いしますね』

(はい)


 目視で辺りを見渡し、耳で音を拾う。

 月夜の晩で辺りは比較的明るいが、目だけを信じるのは少し危うい……気がする。


『ほほう、それではどうなさいますか?』


 少し楽しげに問われたので、これは試されているのかな? と感じた。


「風よ、我が目の代わりに敵を洗い出せ」


 イメージは風を広範囲に広げ、魔物が居るところは反響するように。


 見つけた!


 すぐさま攻撃用の詠唱を紡ぐ。魔物は一匹、物陰に隠れるようにこちらを伺っていた。


『広範囲の索敵ですか、お見事です。しかし』

(どうしました?)

『魔物の動きが気になります。今のはまるで監視している様でした。ん、何です?』


 あちらでも話をして居るらしい。相づちが聞こえてくる。


「マリカ。今、えーっと腕輪の先の人と話していたんだけど、襲ってきた魔物を操るモノが居る可能性があるんだって」


 代わりに父さんが説明してくれた。


「それは聞いているよ? 倒せば楽になるんでしょ?」

『ただそれが魔物だとすると、そんな個体がいる割に被害が少なすぎるんです』

「被害が、少ない……あれで?」


 集会場の二階は凄惨な光景だった。隣のおじさんは生死の境をさ迷っていたし、他の人達だって。姉ちゃん達だって酷い目にあったのに。あれが、少ない?


「野生の魔物の群れならこんなものじゃないよ。僕だってどうなっていたか分からない。マリカとこの方々のおかげではあるけれど、死者は居ないのだろう?」

『その気になれば狙う場所が違うんですよ。獲物を確実に仕止めるなら場所が違います。それにあれだけいた重傷者が今は増えていない。お母様達が無事だったのもそのおかげかもしれません』

「致命傷を与えないように動いている……?」

「もしくはそう命令されている、かな? まあ魔物はそんな配慮しないから、確実に人だね」


 誰が、と言いかけて、思い当たる人物が頭を過った。それじゃあ……!


「コウさんが危ない!!」


 言いながら走り出していた。昼間のラハラのあの行動とあの目、コウさんを逆恨みしていても可笑しくない。


 コウさんが居る西側へ、自然と足はそちらに向かい駆け出していた。


『あわわ、よく分かりませんが、あなたはお母様達の助太刀で、あちらはお父様に任せた方が懸命では!?』

「因縁の相手なの、出来ればどさくさに紛れてひっぱたきたい!」


 声に出して叫んでいた。ラハラのせいで理不尽に叩かれたのも思い出した。


 やはり引っ叩く、往復で。姉ちゃん達の仕返しもしたい。該当箇所を踏みつけてやる。どさくさに紛れて。


『……アグレッシブさはお父様譲りですね。分かりましたお父様にはお母様達の所へ向かってもらうようにお願いしておきます』


 うわー殿下に後で怒られそう……とまで聞こえてきた。

 だから、情報漏洩せずに隠しておいてほしいのだけど。


『うるさいです猪娘』


 どうやらネズミから猪に昇格したようである。


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