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『しかしそこは魔力が薄い土地なんですか、そんな所があるなんて知りませんでした。でん……げふん、コウさんなら魔力が無くとも剣一本あればしばらく大丈夫、とお墨付きが出ています』
(私も最近になって初めて知りました、これが普通だと思っていたので……お墨付き?)
相手も声に出していないはずだが、咳払いとはまた古典的な誤魔化しかたである。
『せめて様式美と言って欲しいです!』
何かあったら、特に怪我人が運ばれてきたらすぐ呼んでと伝言を残して、中姉ちゃんと姉ちゃん達が居る部屋に向かう。ドアを開け、静かに横たわって居る姿にギクリとした。
『呼吸を確認してください、必要なら心音も』
冷静にそう言われ、頭を切り替える。駆け寄って口に手を当てた。
(良かった……)
どちらもちゃんと呼吸をして静かに寝ているだけだった。
入り口で固まって居る中姉ちゃんに大丈夫だよ、と声をかけて手招きする。
先ずは小姉ちゃんから、と思って手をかざす。しかし急に怖くなった。この二人は怪我してから誰よりも時間が経っていて、酷い状況だ。はたして元通りに治るのだろうか……治せるのだろうか。
『大丈夫です、本人の身体がちゃんと覚えていますから、あなたは元に戻る手伝いをするだけですよ。そうですね、詠唱もしてみましょうか? そうすれば私は魔力を送るだけで楽チンになりますし』
(詠唱ですか?)
『私がブツブツ言ってたアレです。本来、長々と詠唱して魔法を使うのがスタンダードなのですが、魔力の扱いに馴れてイメージが固まっているようなので短くていいです』
(イメージですか、私は風に祈っていました)
魔法を使わない私に中姉ちゃんがオロオロし始めた。後で説明するからちょっと待ってほしい。
『なるほど、詠唱は只のキーワードです、ぶっちゃけしっくり来るなら何でもいいです。無くてもいいですが、こう、有ったほうがやりやすいので。では魔力を先ほどの様に操作しながら復唱してください、合いそうな単語を見繕います』
『風よ』
「風よ」
『祈りを届けたまえ』
「祈りを届けたまえ」
手から風が吹くように魔法が放たれ、小姉ちゃんを癒やす。顔が、肩が腕が元の形へ治る。鷹を乗せている腕が、独特の盛り付けをする手が、悪戯っぽく笑うあの顔があった。
「成功、した、良かったぁ」
「マリカぁ、ありがとう、ありがと」
へなへなと座り込んで泣きじゃくる中姉ちゃんに抱きつく。
「中姉ちゃん、私のおかげじゃ、無いの」
『いいえ、あなたの力ですよ! 自信持って胸を張ってください、あなたはもう魔力さえあれば魔法が使えます。立派に一人前です』
そんなこと無い、と言おうとして頭を振った。それよりも伝える言葉がある。
(ありがとうございます、あなたが居てくれなかったら私は……)
ぎゅっとリボンを握る、感謝が少しでも届く様に。
『なにやら決着ムード漂っていますがもう一人のお姉さんも癒やしてあげてください。それに、まだまだ頑張って貰わなくちゃが残ってます』
あれ? 私四姉妹だって言ったっけ? と首を傾げた。
『中小居るなら大が居ると思ってました、あなたは姉ちゃん達と言ってましたし』
なるほど、と納得して大姉ちゃんに向き直る。
「風よ祈りを届けたまえ」
驚くくらいしっくり来た詠唱で魔法を使う。
風が当たる場所からするすると足が再生されていく。以外と足癖悪いんだよね大姉ちゃん、と元通りになった足を見て思う。続けて中姉ちゃんも癒やし、終わると中姉ちゃんは泣きながら二人に抱きついていた。
『仲良し姉妹、実在したんですね』
しみじみとそう言われたので、思い返してみる。切っ掛けをくれたのはコウさんだった。
(本当の仲良し姉妹になれたのは、たぶんコウさんのおかげです)
コウさんが来てくれなかったら私は臆病で怖がりで、僻みと妬みを抱えて歪んだまま過ごしていたはずだから。
『ああ、波動が! 何やら甘酸っぱい匂いのする波動をキャッチしました! サフィ様、やはりこれは!! ……え、身内の恋愛話は聞きたくない、ですか? いやいや、サフィ様から惚気聞かされたって殿下から聞いてますよ』
(誰か側に居るんですか?)
何か色々言われて色々聞いちゃいけない単語が聞こえてきた気がするが、ひとまず置いておこう。本人から後で聞きたいし。
『えっ、えーっとはい。でん、こここ、コウさんの兄弟で、そのリボンと対になる青のリボンの持ち主が側に居ます、ってか隣にいます』
(コウさんの兄弟、ってことは双子の?)
そして出来ればコウさん呼びを統一してほしい、ちょいちょい素性が漏れかけているので。
『そうですそれは聞いて居たんですね! ってうあぁー、ごめんなさいいぃ頑張りますぅぅぅ』
思ったことが素直に伝わるのは少々厄介だなと思った反面、気を使わないように振る舞ってくれるから助かるな、と思った。気安さがちょっとコウさんに似ている。
『えぇ! 一緒にしないでください! それ本人にも言われましたが、私クールビューティー路線だと思いますけど!?』
……自分でビューティーとか付けちゃう辺り、どっちかと言ったらコメディだと思います。
『えええ!?』
ブツブツと何か考え初めたみたいで、所々は流れてくるが、言葉にならないものは、こちらには伝わらないみたいだ。
クスクスと笑い声をこぼした。
「マリカ?」
「ああ、ごめん、このリボンの向こうの人と話をしていたの」
中姉ちゃんが心配そうな顔をしていたからそう答えると、もっと心配そうな顔になった。
うん? なんで? あ、頭の心配されている……のかな?
『あらー大変ですね』
半分はあなたのせいですが。
「うっ」
小さく呻き声を上げて大姉ちゃんが目を開けた。
「姉ちゃん!」
中姉ちゃんの呼び掛けに大姉ちゃんが飛び起きた。
「うわ、寝てた。いやー極限状態でも寝られるものね」
あははと笑いながら、手をついて起き上がろうとして、起き上がった。
「ん?」
自分の足を見て、こちらを見て、また足を見た。
「……夢?」
むにっと自分の足をつねって確認していた、なかなかに効率的な確認方法である。
「マリカが治してくれたんだよ」
「そうなの? ――そうなの。ありがとうマリカ」
ぎゅうっと抱きしめられもう一度お礼を言われた。
「ほんとに、ありがとう」
抱きしめてくれた腕は震えていて、本当は大姉ちゃんも怖くて、それを見せない様にしていたのだと知った。私だったらきっとあんな態度で居られない。
大姉ちゃんは本当に強くて、いい女であるとあらためて思った。




