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母さんにあらためて状況を説明してもらう。
中姉ちゃんに二人を見ていてもらうことにして、母さんと隣の部屋に移った。
皆は広間の方が安心できるらしく広間に固まっている。窓からなるべく距離を取りたい人も多いみたいだ。
若い娘二人に気を使ってくれたのもあるだろう。姉ちゃん達二人が一番ひどい状況だったから。
魔物は広場へ集まっていた人達へ一斉に襲い掛かってきたのだそうだ。
この辺りでは見慣れない魔物に、コウさんを筆頭に、なんとか皆で一番頑丈な建物である集会場へ逃げ込んだらしい。私と一人以外は皆広場に集まっていたのが逆に幸運だったと母さんは言う。おかげで怪我人は居るが死者は今のところいない、とのことだ。
「あいつらの先頭にラハラ達がいたんだよ」
「なんで、魔物が人の言うこと聞くわけ……」
「あいつらはおそらく隠れて魔物を飼っていた、西の大国に流がす予定だったやつをね」
およそ一月前に西の大国で長年悪事に手を染めていた貴族と悪人が芋づる式に捕らえられたらしい。
その件を追ってコウさんは境の町まで来た。西の大国に隣国政府の息がかかった組織の売人がそこまで逃げていたからだ。そして売人は捕まえたのだが、肝心の魔物が見当たらなかったのだという。おそらくラハラに売ったか譲るかした後だったのだろう。
「なんで、私は無事だったの」
「詳しいことは分からないが多分エサが多いほうに寄ってきたんだろね」
姉ちゃん達は逃げ惑う人達に的確に指示を出して避難させていた。その最中に大姉ちゃんは中姉ちゃんを庇って足を、小姉ちゃんはその魔物に挑んで仕留めたものの、顔の左側と左側肩下を。
「だからあの子がマリカを迎えに行ったんだ。気が付いたら一人で飛び出していた」
「じゃあ迎えに来てくれるまでに怪我したんだ、私の」
言い終わる前に鼻先を母さんに弾かれた。
「それ言ったら皆悪いことになっちまう。メソメソする前にやれることをやんな」
これが母さんなりの励ましだと知っている。
「……わかった。母さん私に出来ること無いかな?」
少しでも忙しく動いて考えたくないことを考えてしまわないようにしたい。
「今は休んでな。あの二人ができるだけ数を減らして、へばった頃に交代する。戦えるやつら全員で叩く予定だ。怪我人が今より増えるだろう、お前は手当て担当だ」
「なんで、私も戦える」
特技は何も無い、けれどせめて猫の手位にはなるから、母さんと一緒に戦わせて欲しいと思う。
「集落の維持のためにも若いもんを残すんだ、これは大人の総意で意地だよ。お前の戦場はここだ」
「……分かった、ここで、戦う」
長として、大人として、親としての覚悟が詰まった言葉だった。一緒に居られないのは悔しいけれど、肯定するのが母さんにとって、安心することだろうと思えたから。
「長! 一階の入り口が破られそうだ!!」
母さんが開いた口から何かを言いかける前に、部屋の外から叫び声が聞こえた。
「予定より早いが出るよ! お前達!!」
そう叫びながら母さんは出ていってしまった、部屋から、そして籠城していた集会場から。見知った顔の皆を、おじさん達やおばさん達を引き連れて。
母さんが言ったとおり怪我人はどんどん運ばれてくる。中には小姉ちゃん以上の重傷者もいる。
私は運ばれてきた人達を手当てをする。目の前の事に集中すし、なにも考えないように、考えてしまわないように。
「誰か、布を!」
中姉ちゃんも誰かの手当てをしている、中姉ちゃんですら軽傷の部類に入りそうなほど凄惨な光景だった。
私は隣のおじさんの手当てをしていた。きつく縛って血を止めなければ。
おじさんがうわ言でもういいと、言っている。そんなの許さない。良いわけがない。
「だれか、縛るものを」
言いながら顔を上げると、頬に衝撃が走った。遅れて頬に遅れて痛みがやってくる。構うか、おじさんの手当てが先だ。
「あんたの、あんたのせいだ! あんたがラハラを受け入れていればこんな事にはならなかった!!」
「うるさい! 人を叩く元気があるなら手伝え!!」
おじさんの娘に啖呵を切った、なりふり構っていられない。叩き返す暇もない。
「助けたいのなら動いて! あなたの父親だ!!」
相手はハッとしたように動き始めた、傷口を強く押さえるように指示をする。
「紐か何か探してくる、そのまま押さえていて!」
くるり、と踵を返した瞬間
『おぉー、かぁっくいい』
少し間の抜けた、やけに緊張感の無い場に相応しくない声が聞こえてきた。
こんな時に誰だ! そんな暇な人は!!
なんて思いながら振り向くがそこには該当するような人物は見当たらなかった。
『おお、通じた!? おーい聞こえますか?』
だめだ、いよいよ幻聴が聞こえてきたみたい。
目当ての長細い紐を見付けおじさんのところへ戻る。その間もおーいおーいと聞こえていたが無視した。きっと私の心が極限状態だから変な言葉が聞こえている様に感じているのだろう。まだ、大丈夫、まだ出来る。
「どうしよう、血が」
戻ると青ざめた顔をしたお隣の娘さんにそう言われた。鈍い動きでおじさんを見る、血が流れ過ぎているこれじゃあ……
『大丈夫ですよ、両手をその方に向けて、後は任せてください』
打って変わって優しい声へとなった幻聴に、今だけすがり付きたくなった。




