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「なんで?」


 部屋に入って口に出たのはそんな言葉だった。


 壁に持たれる様に座り込んでいたのは、さっき私を助けてくれた大姉ちゃんだった。


 弓を引いたのはここの窓で間違いないはずだった。


「なんでぇっ」


 窓から隠れていた、有るはずの片方が無いのか。どうやってここで弓を引いていたんだろうか。


「だいじょうぶ、血は止まっているから」


 そんな状況でも微笑む大姉ちゃんに対して、なんで? どうして? としか言葉が浮かばない。


「小姉ちゃん」


 大姉ちゃんの隣で横たわる小姉ちゃんに声をかける。苦しそうに歪めている、顔半分が布で覆われていた。その下、鷹を乗せる肩から下が見当たらない。


「無事で、良かった」


 小姉ちゃんはなんとかそれだけ言って荒い息を繰り返す。二階に眠らされている誰よりも小姉ちゃんの怪我が一番酷い様に見えた。


「コウさん魔法」

「ダメだ!」


 すがるようにコウさんを見上げたが中姉ちゃんが待ったをかけた。


「なんで」

「これだけ、重傷だとね、回復させるにもたくさん魔力が必要なのよ、私達を回復するより魔物をどうにかするほうが先」


 息も切れ切れに大姉ちゃんが説明してくれた。それだけ、私達にはどうにもならないものなのだろうか?


「後からでも、治るものなの?」


 そもそも無くしてしまったものは元通りになるものなのか?


「……っ」


 コウさんが悔しそうに息を呑んだ。それだけでなんとなく悟ってしまう。


「私の魔力、そうです! 私の魔力を使って……」

「コウさんには収納魔法を使ってもらう」

「父さん」


 部屋に入ってきた父さんの言葉に愕然とする。なんで、どうして? としか言えない。収納魔法は魔力を沢山使うんじゃなかったの? そんなの使ったら姉ちゃん達このまま……


「手持ちの装飾品に魔力が貯まっている物が数点有るみたいだから、それを使って僕らが魔物をなるべく倒す、マリカの魔力ももらっていくよ」

「父さんは姉さん達のことどうでもいいの!?」


 淡々と告げる父さんに食って掛かる。だってヒドイ、それじゃああんまりだ。


 パシッと頬を叩かれた。叩いたのは隣にいた中姉ちゃんだ。


「どうでも良いわけないだろ!! そうしなきゃいけないからだ! そうしなきゃ全員死ぬんだよ!」

「恨むなら私を恨みな、長としてそう命令した全部私のせいだよ」


 いつの間にか部屋に来ていた母さんにそう言われた。母さんはいつも通りに見えるように振る舞っている。それでも隠せない悔しさが滲んでいるようだった。


「んー? まずは生き延びないと恨めないわよねぇ」

「うらめしや、で化けて出るのもアリだ」

「ナシだよ、そんなの」


 変わらぬやり取りに私が励まされている、姉ちゃん達が一番辛いはずなのに。このままじゃいけないと腹を据えた。


「ありがとう中姉ちゃん、目が覚めた。辛いことを言わせてごめん。あと助けに来てくれたお礼言ってなかったよね、ありがとう、中姉ちゃんが来てくれなかったらきっと死んでたと思う」


 中姉ちゃんの方を見ると、泣きそうな顔をしていた。いつかしてくれたみたいにぎゅっと抱きついた。もちろん傷に障らない程度で納めている。


「コウさん、私の魔力使ってください」

「ありがとう、ごめん。使わせてもらう」


 中姉ちゃんから離れてコウさんと両手を繋ぐ。身体中の魔力を手のひらに集める。感覚は摑んでいた。これをコウさんに渡せばいい。


 ふと、昼間のやり取りを思い出した。草原の民は風に祈るものだ。


 魔力が風に乗って、届く様にと願う。


「凄いな、三回目で操作は完璧じゃないか」


 ごっそりと魔力が抜けた脱力感を感じた後に、コウさんにそう言われた。


「才能、有るみたいなので」


 コウさんはそれを聞いて目を細めて笑った後、片手で髪

 に結んであった赤いリボンをほどいた。


「これを持ってて欲しい。必ずマリカの事を守ってくれるから」


 そう言って私の左腕に結ぶ。


 綺麗なリボンだった。リボン自体が宝石のような美しさで、小さな紅玉(ルビー)が縫い止められている。金糸で、たぶんコウさんの本名の方のイニシャルだろうか? それが刺繍されていた。


「これな、実はあの時屑野郎の矢を止めたスグレモノ」


 やっぱり、からくりがあったのか。でも。


「なら余計コウさんが持っていなきゃダメです」


 この後戦いに出るなら危ないのはコウさんのほうだ、私が持っているよりコウさんが持っていたほうがいい。


「いや、持っててほしい。その方が安心して戦える」


 握られた手にの力強さに、拒否することは出来なかった。私は守られてばかりだ。


「……お預かりします。だから必ず帰ってきてください」


 繋いだままの手を額につける。祈りかたはこれしか知らない。


「コウさんあなたに勝利の風が吹くことを願っています」

「ありがとう、行ってくる」


 ぽすんと頭を撫でられた。泣きそうになって唇を咬む。泣いている場合じゃない。


「父さん、必ず帰ってきてね」


 家族を代表して私が父さんに抱きつく。


「期待に添える様に努力するよ」


 父さんの物言いで、厳しい戦いになるのだと理解してしまう。相手はこの辺りに出る、短剣で勝てる魔物とは違うのだろう。ちらりと見たその姿は見たことが無い姿だった。


「……ダメ、必ず帰ってくると約束して、でないと許さない」

「……必ず帰るよ」


 できたら、と小さく呟いた声は、たぶん私にだけ聞こえただろう。こんな時くらい、嘘をついてくれてもいいのに。


「行ってきます」


 そう言って父さんとコウさんは部屋を出ていった。


 背中を見守ることしか出来ない非力な自分を、この時ほど恨めしく思ったことはない。



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