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ここから残酷な描写と流血表現があります。ご注意ください。
「さあ、勝利の一言をおくれ!」
相変わらず司会は隣のおばさんで、コウさんが口を開く。
「俺が勝ちました! マリカに求婚出来るのは俺だけです!! 俺がフラれるまでマリカに求婚は禁止です!」
どっと笑いが巻き起こる。あんな事を言った後なのにコウさんはいつもと同じ調子だ。
それが少し寂しく感じた。
「ならさっさとフラれろー!」
「嫌だ! どうせフラれるなら場所とタイミング位選ばせてほしい!!」
飛んでくるヤジにコウさんは律儀に言い返す。
「フラれるならいつでも同じだろーが!」
「せめて不特定多数のために綺麗な格好してる今日じゃなくて、せめて俺のためだけに綺麗にしている日にフラれたい!! 今日のあの美しさで否定されたら俺、死ねる」
どわっと笑いに包まれる。笑い事じゃ無いのに、楽しくなんて無いのに。会場との温度差を感じて一人取り残された気分になった。
「マリカ? どうした」
「あはは、朝から支度して全力疾走したから疲れちゃった」
小姉ちゃんが心配そうに聞いてきた。でも本当の事は言えない。言いたくなかった。
「家に戻る? もう宴会みたいだし」
大姉ちゃんの問いにコウさんの方を見ると、飲めや食えやの宴会に引き込まれていた。まだ日はそんなに傾いていないけれど夜通しの騒ぎになりそうだ。
「私、主役みたいだけど帰ってもいいかな?」
「いーのいーの、後でご飯持っていくから」
「じゃあお願いしようかな、姉ちゃん達は楽しんできて」
中姉ちゃんの言葉に甘えることとした。少し、一人で考える時間がほしい。
家に戻り衣装から普段着に着替える。膝を抱えて頭を付けた。
「コウさんは決めちゃったんだ」
先ほどのやり取りは私が断る前提で話していた。一人で帰る、と言われた気がした。
「付いてきてほしい、とは言ってくれないんだ」
言って欲しかった自分と、言われなくてほっとしている自分がいる。
コウさんの事が好きな自分と、家族が好きな自分だ。
「でも聞きたかったな」
そして言いたかった。その言葉を言わせなかったのは、きっと自分なのに、言わなかったのも、自分なのに。
その日はさっさと身体を清めてご飯も食べず寝ることにしたこれ以上外の喧騒を聞いていたい気分ではなかったから。
浅い意識の中で警鐘の鳴る音が聞こえる。
「……ん、なに?」
どれくらい寝ていたのだろうか? 辺りは真っ暗で家に私以外の人の気配は無い。
カンカンとけたたましく鳴らされる鐘の音に火事か! と、飛び起きた。
「マリカ!!」
「中姉ちゃん! ど……」
うしたの? とは言えなかった。夜目で見えるほどその顔は青白く、服にはベッタリと赤が広がっている。
「怪我しているの!? 早く手当てを!!」
「掠り傷だよ! 今はこれの心配している場合じゃない、集会場まで走るよ!!」
中姉ちゃんのただならぬ態度に嫌な予感がして、上着と短剣を手に取り素早く身に付け姉ちゃんと手を繋いで家を出た。
目の前に広がっていたのは見慣れた集落の姿ではなかった。
所々で火の手が上がり道が照らされている。踏み固められた土の道は点々と所によりにベッタリと赤く染まっていて、炎をてらてらと映す。
「中姉ちゃんお腹が!!」
じわりと赤いところが広がっていた。
「気にしないで走れ!!」
脂汗を流しながら走る中姉ちゃんは、いつもの足の速さより格段に落ちる。
オオーンと狼の吠える様な声が後ろから聞こえた、すぐ近くだ。
「振り向くな! もう少しだから」
矢が風を切る音がして、真後ろでの何かがキャンと吠えた。
集会場の二階窓に大姉ちゃんが弓を持って立っている姿を確認した。しかし直ぐに崩れ落ちる様にしてその姿が見えなくなる。
「あけろぉぉぉ!!」
中姉ちゃんが吠えるように叫んだ。入り口には複数の狼のような、異形のモノ、魔物が蠢いている。
二階の窓から身を乗り出した父さんが入り口の方に手をかざすと、魔物はわずかに吹き飛び隙間が出来た。
それは二人で通るには十分な隙間だった。
勢いよくドアが開かれ、中姉ちゃんと共になだれ込む。
剣を携えていたコウさんと入り口ですれ違い、コウさんは私の背後から入り込もうとした魔物を切り伏せていた。
タイミング良く何人かでドアを閉め厳重にかんぬきをかけテーブルや椅子でバリケードを張っていく。
「ちゅう、ねえちゃん、血が」
「だい、じょうぶだから、これくらい」
全然、大丈夫に見えなかった。肩でゼイゼイと息をする中姉ちゃんの顔には玉のような汗がにじんでいるし暗がりで見た顔色よりもさらに青白い。
「失礼する」
コウさんが中姉ちゃんに手をかざす、きっと魔法だ。
「すまない今は止血だけだ、あまり動くなよ、すぐ開くからな」
「貴重な魔力を私に使うなよ」
吐き捨てるように中姉ちゃんが言う。それはどこかなげやりで、疑問を持った。
「俺の力をどう使おうが俺の勝手だろう」
「ありがとうコウさん、あの」
「マリカちゃん姉さんつれて上に行け、コウさんも、客人を巻き込んじまってすまねえが、ここが破られる前になんとか頼む!!」
ドアをバリケードで塞いだ一人である、隣のおじさんがそう叫ぶ。
「わかりました、少し頑張ってください」
返事はコウさんがしていた。中姉ちゃんにコウさんと二人で肩を貸して、二階へ続く階段を上る。
一段、また一段と上がるたびにに泣きわめく声や呻き声、すすり泣く声が大きくなる。
上りきった二階の光景に息を飲む。目に見えている光景を理解することを脳が拒んだ。でもこの光景に自分の家族がいないことにほっとして、そんな自分に嫌悪する。
だからだろうか、自分の家族だけ三つあるうちの一つの部屋にいると教えられ、そのドアを開けたとき、罰が下ったと思った。




