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コウさんの背中に吸い込まれるように矢が走る。
刺さる、と思った瞬間、コウさんの三つ編みのしっぽ、結んである赤いリボンが光った気がした。遅れてキィンと金属がぶつかり合うような音がする。
「っコウさん!!」
射たれたハズだ、距離はあったけど、でも真っ直ぐコウさんの背中を目掛けて放たれていたのをこの目で見た。
しかしコウさんは何事もなかったようにシロを走らせ勝利を決めた。いてもたっても居られなくて、コウさんの元に駆け出す。
顔の前の邪魔な薄絹は剥ぎ取って捨てる、長い裾はたくしあげて走った。
射たれてた? どこに刺さった? 速く手当てしなくちゃ!! 思いだけが急いて中々足が前に進まない。それでも必死で足を動かした。
「コウさん!」
コウさんはシロから下りてビックリした様にこちらを見ていた。
「コウさん、あっ!」
足がもつれてつまずく、勢い余ってそのままコウさんの胸に飛び込んでしまった。しっかりと抱き止められて逆に焦る。
「コウさん怪我が!」
逆に悪化させてしまったのではないか!? と慌てて離れようとするがコウさんはケロっとしていた。
「マリカ落ち着け、怪我していないから大丈夫だ、ほら」
「……ほんとだ」
抱き上げられてコウさんの肩越しに背中を見るが、どこにも矢は刺さって無いし、傷口も見当たらなかった。
「なんで、刺さった様に見えたのに」
「さあ? 性根だけじゃなく、弓の腕前も腐っていただけじゃないか?」
私への答え兼、やっと戻ってきたラハラへの中々に辛辣な言葉を浴びせるためのセリフである。
「ああ、お帰り愚図な屑野郎。俺と的を間違えるなんて随分なウッカリさんだな。もう弓は持たないことをオススメしておく」
ギリギリと唇を咬み目を血走らせているラハラは今にも襲いかかってきそうであったが、二回目の失態を犯さない位の理性は残っていたみたいだ。
「ラハラ、弓は僕が預かるよ」
成り行きを見守っていた父さんがラハラから弓を取り上げていた。父さんも締めるときは締める人である。影の薄さは否めないけれども。
「さ、二人とも、後一仕事残っているだろ?行っておいで」
「はい」
いい返事をしたのはコウさんである。
はたっと自分の中の行動を冷静に振り返って見る。
もしかしたらコウさんが勝って嬉しくて抱きついた形に見えていたりする?
や っ て し ま っ た !
いやいや、ラハラが弓を射ったのを見ていた人は多いだろうし……
願虚しく皆がいるほうからヒューヒュー言ってる声が聞こえる。
うん若干の高低差で見えないモノだったよね……
「自分で歩きます……」
急に恥ずかしくなってコウさんに下ろしてもらおうとするが、足が地面に付いたとたん痛みが走る。
「いっ」
「さっき捻ったのか? 無理をするな」
横座りの状態でシロに乗せられ、足を確認される。
認識したとたんに、赤く腫れ上った患部から熱を持っている様なじんじんとした痛みを感じた。
「派手にやったみたいだな、腫れてる」
ぴたっと指を当てられる。
「ひぅっ!?」
痛いからなのか驚きからなのかよく分からない声が出た。しかしコウさんは気にせずに何か呟いている。
身体の中のナニカがそこに集まった。
……あ、この感覚は知っている、魔法だ! 集まったナニカがフワリと散った後、痛みも霧散していた。
「コウさんこれ、魔法ですか?」
「ああ、前みたいにマリカの力を借りたけどな」
言いながらひょいっと後ろにコウさんが乗り手綱を握る。横座りは安定せず怖いのでしっかりとコウさんに掴まった。ゆっくりとコウさんはシロを歩かせた。
「じゃあ何か、こう、集まる感じのやつが魔力なんですか?」
「そう、でも二回で感覚を掴むなんて、魔法の才能有ると思うぞ」
「草原で持っていても宝の持ち腐れですけどね」
使えないですし、と自嘲気味に答えるとコウさんが真剣な声で聞いてきた。
「……マリカ、草原から出る気は無いか?」
「え?」
「俺は帰らなきゃいけないんだ。だから草原から出て生きる気はあるか? 俺と、一緒に、俺の故郷の国で」
草原から……?
考えたことがなかった。父さんが元客人で、そのまま家に居座ったから、コウさんもそうだと思い込んでいた。よく考えれば父さんの方が普通じゃなくて、コウさんみたいに帰るところがあるのが普通なのに。
「私は」
ここには大好きな家族が居て、そこにコウさんが加わるものだと考えていた。自分が出ていくなんて考えたことはなかった……考えていなかった。
「いいよ、急にごめんな」
優しく、そう言われたから、口を閉ざしてしまう。
言いたかった言葉も、聞きたかった言葉も、互いの口から出ることなく、この心地の良い関係はこんなにも唐突にあっけなく終わるのだと理解した。
「そうだ、今日のマリカ凄く綺麗だ。俺の鼻の下伸びないか心配だった」
「ありがとう、ございます」
わざと明るく言われた言葉に、本当はコウさんのために着たかった、とは返せなかった。そんなこと言えるはずがなかった。




