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「えーそれではマリカちゃん壇上にどうぞ」
私の投げたヤカンの蓋を皮切りに壇上に数人なだれ込んで、おじさんを囲んだ後に引き摺り下ろしていた。
……なだれ込んだほぼ半数が、私の姉達と隣のご家族である。ちなみに母さんは勝負の後の宴会の準備に勤しんでいて不在である。結果は知ってるからね、とのことだ。
おじさんの代わりになだれ込んだ勢いのままおばさんがハキハキと仕切る。
うん、覚悟はしていたけどこの格好でやっぱりそこ上がんなきゃいけないのかな?
シャラシャラと音を立てる飾りはあちこちに付いていて意外に重いし、顔を覆っている薄絹は結構視界を遮る、裾の長い衣裳だから足元が見えにくい。
……つまり転ぶ自信がある。
躊躇していると大姉ちゃんが壇上までエスコートしてくれた。いや、モタモタしていたら大姉ちゃんに連行されたが正解である。
「さあマリカちゃん、一言ずつ声をかけてやって」
クルッと向きを変えられたのはラハラの方にであった。
正直見たくも話したくも無い……最近この人の顔見るたびにこの考えに至っている気がする。
でもまあ、今日で綺麗サッパリ清算されるなら、一言くらいなら言っておこう。
「怪我の無いようにお気をつけて」
「ああ、絶対に勝つ!!」
――あなたに勝ってくれとは一言も言ってない!!
こちらを見ながらだらしなくにやけた顔は不快感しかない。
私の声は小さかったから、なんて言ったか周囲の人はあまり聞こえなかっただろう。ラハラの大きな声だけで判断して囃し立てる声が聞こえてきた。
腹が立ったのでクルッと振り替えって一言、今度は大きな声で、皆に聞こえるように叫んだ。
「コウさんの勝利を願っております!!」
「必ず勝利すると約束する」
コウさんは表情を引き締めて神妙な面持ちでそう言った。薄絹越しに目があうと、軽く微笑んでくれる。……心臓に悪いなぁもう。
コウさんの声は大きな訳ではないがよく通る声で、大勢の前で話すことに慣れているんだな、と思った。
「コウさん手を」
コウさんはきょとんとしていたが手を出してくれた。膝を軽く折ってその手をとり、私の額につける。
「あなたに、勝利の風が吹くことを願っています」
これは草原の古い言い回しだ。幸運や不運、運命や子宝など全ては風に運ばれて来ると言われている。
勝負事の勝ち負けも風によるもの、だから良い風が吹く様に祈る。
……らしい。母さんから今朝聞いた話だ。伝統の花嫁衣装を着るのならこれもやっておけ、とのことである。廃れちゃいるが私達位の女が味方に付くはずさ、とも言っていた。
「美しき女神のために全力を尽くすことを誓う」
コウさんが言い切ると、確かに母さん世代の女の人達から黄色い声援が飛んでいる。どうやら男性人気はラハラ、女性人気はコウさんで別れたようだ。
「さてマリカちゃんにはここから勝負を見守って貰うからね。さあ二人共、準備をしな!」
コウさんを見送り、出された椅子に座った。
ラハラ? 勝手にどうぞ、である。
スタート地点では父さんがシロを連れて待っていた。コウさんが何かを語り掛け、シロが鼻を擦り付けている。
……コウさん、今更だけどシロは私の相棒です。馬までたらすんですか、あなたは。
コウさんに若干の嫉妬を覚えつつ、まあ人と馬の相性が良いのは良いことだ、と無理やり納得した。
馬上での的中ては、丘をぐるりと回る様に置かれた四ヶ所にある的全てに矢を中て、相手より先にスタート地点に帰ってきたほうが勝ちである。
コース取りは乗り手の自由であるが、必ず的の全てに中てなければならない。一つでも外せば戻らなければいけないのでかなりのタイムロスになる。
通常、的の間近で速度を落とし、確実に中に行く作戦がスタンダードだが、中姉ちゃんの様なスピード狂なら一つ位中て損ねても勝てる見込みはある、それだけ距離も長い。
そして集落からは全ての的が見える位置にあるため不正はしにくい仕様になっている。
スタート地点に両者が並ぶ。スタートの合図はラハラの友人が勤める様で、ピューっと指笛が聞こえてきた。
「準備は出来たようだね! 旗が上がったらスタートだ!!」
こちらからも誰かが指笛で合図を送った。
皆が旗の方に注目をしていた、だからラハラの馬が一拍早く駆け出したのに気が付いた人は少なかっただろう。わずかに遅れて旗が上がりシロが駆け出す。
「ばりばり小細工してんのな、屑め」
小姉ちゃんがいつの間にか隣で高みの見物をキメ込んでいた。
「正々堂々と勝負すればいいのにね、あの屑」
「小細工しても結局負けるだろうからなぁ、あの屑」
大姉ちゃんと中姉ちゃんである。そうこう言っている間にコウさんが僅かに遅れたまま先ずは一つ目の的に差し掛かる。
たん、と矢が的に中る。遅れてもう一本が中った。
先に中てたのはコウさんである。コウさんは的から離れるが、シロを内側の方へ向かわせ、速度を落とすこと無く矢を射った。
「ね、可愛く無いでしょ? 馬上で、しかもあの距離で中るのよ?」
大姉ちゃんが肩を竦めて言った。私は頭を縦に振って肯定する。
「うん格好いいの方だね」
「惚気にあてられたわー」
綺麗に真ん中を射抜かれた的を見て、少し肩の力が抜けた。コウさんはそのまま内側を走りつつ、二ヶ所目、三ヶ所目と中て、四ヶ所目で弓を構えた頃に、ラハラはやっと三ヶ所目へ向かうところだった。
「うーん何て言うんだっけこんなの」
「公開処刑じゃね?」
「それそれ」
中姉ちゃんと小姉ちゃんの会話である。配られているシナモンとヤギの乳が入ったお茶を片手に談笑している。
「マリカも飲む?」
「汚しそうだからいい」
白い部分が多い衣装だ。うっかりシミを作るのは怖い。
あと乙女心的な意味で水分は遠慮したいところである。この格好でお花摘みはちょっとなので。
たん、四本目の矢が刺さる音が、見えている景色から遅れて聞こえた。後はコウさんがスタート地点に戻ってくるだけである。
遅れてラハラが三ヶ所目の的に矢を中たが、もう勝ち目が無いことは誰の目にも明らかだ。コウさんは手を緩めることも、速度を緩めることも無くシロを走らせている。
その圧倒的な強さに男女関係なく歓声が湧く。後少し、もうちょっとで勝ちが決まる。
ふと、ラハラとコウさんの位置が重なった。皆からはコウさんの影に隠れてラハラは見えないで有ろう場所。少し高い壇上にいた私には見えた。後ろで、的を狙うはずの矢じりが、正面に向けられていたのが。
「コウさん!!」
私が叫んだのとラハラが弦を放したのは、ほとんど同時だった。




