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「ヤーダー行きたく無いようぅぅぅ」
私は多分、記憶に有る中で人生初の駄々をこねていた。家の柱にしがみついて断固拒否の姿勢をとる。
「珍しいわね、マリカが駄々をこねるなんて」
大姉ちゃんの手には化粧の刷毛が握られている。
「ま、これも可愛いけどね」
中姉ちゃんの手には髪を結うための櫛が握られている。
「これが素なんだよ、やっぱりマリカに嫌われてでもあいつ締めときゃ良かった」
小姉ちゃんがくしゃっと伝統的な衣装を握り潰していた。
「ちょっと! シワ作んないの! マリカも、そろそろ支度するわよ!! いい加減に放しなさい」
ベリっと大姉ちゃんに柱から剥がされた。
「うー、何が悲しくて嫌いな男のために花嫁衣装を着なきゃいけないの」
グチグチと言いながら、大姉ちゃんに促されて化粧台の前に座る。
「だから、意趣返しでしょ」
「仕返しだね」
「復讐だ、せいぜい綺麗に着飾ったマリカを目の前でかっ拐われればいい、ハーッハッハッハ」
「……小姉ちゃんが壊れた」
この作戦、発案者は小姉ちゃんである。
精神的にぼこぼこにするため、自分では敵いもしない男に、最高に見たかったで有ろう姿をした私を横からかっ拐わせる。が一番効きそうな仕返し、だそうだ。
そして今日はその決行日。コウさんとラハラが決闘をする日だ。あの日いつもの打ち上げは行わず、正式に本日の決闘が宣言された。立会人は集落の皆で、試合後にどちらが勝っても打ち上げをするという取り決めとなったらしい。つまりこの決闘は当事者以外に取っては単なる余興のような落とし処になった訳だが。
「まあ壊れたくなる気持ちは分かるわ」
大姉ちゃんの手の中で化粧の刷毛がミシッと悲鳴を上げている。
「知ってた分歯痒かっただろうしなぁ」
パキっと中姉ちゃんの持っていた櫛が悲鳴を上げた。
「自分で何とかしようとしたのが、そもそも私の間違いだった」
小姉ちゃんの手でぐしゃぐしゃと、衣装が悲鳴を上げている。……ミリッといってないならいいか。
姉ちゃん達が暗い笑い声を出し始めたので、そっとして置くことにした。
「はぁ、やだなぁ」
ボソッと呟いた言葉は大姉ちゃんに拾われた。
「大丈夫よ、コウさん可愛げ無いくらい余裕だったから」
「……コウさんが負ける心配はしてないけど」
何をやらせても器用にこなすコウさんである。昨日姉ちゃん達と練習しに行ったら教えていたはずの姉ちゃん達を三回目には軽々と越したらしい。昨日も中姉ちゃんは地団駄踏みながら帰ってきた。
「見世物になるほうが嫌」
結局、ラハラが私に対してしていた事はなんともグレーな扱いになっている。証拠は無いし証言は私と小姉ちゃんの物のみ、物理に強い草原の掟は心理の分までカバーしきれない。
結果的に判断は長の裁量となった。長である母さんの出した結論は、今回の事は目をつぶりラハラが初恋を拗らせただけと言う認識を広めることとなった。居合わせた人たちもそれで納得するのだろう。ラハラが暴走してマリカを怖がらせただけであると。
これからも互いに狭い集落で生きていかなくてはならない。これが落とし処だったと、長の顔をした母さんに言われた。あいつはせいぜい派手に負けて大勢の前で大恥をかくがいいと母の顔をした母さんが吐き捨てる様に言っていたので、目をつぶるのは納得行かない判断だったのだろうなと、うかがい知った。
「まあ、余裕で何時間も見惚れていられる様な花嫁さんに仕上げてあげるわよ」
「化粧しなくても余裕で可愛いけどね」
「いや、いつもとほんの少し違うだけで俺の知ってるマリカじゃないみたいだ……を引き出す作戦」
なんて姉ちゃん達はしゃぎながら化粧を施し髪を結い上げてくれた。
「ところでコウさん勝ったらマリカはどうするの?」
紅をさしながら大姉ちゃんが聞いてきた。
「コウさんはあくまで、求婚する権利って言っていたから、求婚されるかどうかは分からないかな」
求婚してくれるであろう言葉は聞いているが、答えははぐらかした。
「でも好きじゃない女の事であそこまでキレないんじゃないの?」
「知らない……答えは本人から聞くもん」
小姉ちゃんの言葉は受け取り拒否をする。だって私まだなにも伝えてないし! 本人からも聞いていないし! って言うかあんな事を言ってしまったけどそもそも勘違いの線もあるかもだし……。
「……いや、コウさんのことで悩むこの顔見せるのが一番の仕返しな気がする」
必死で思案していた私はなにか呟いていた中姉ちゃんの言葉を聞く余裕はなかった。
「さあさあ! 今日と言う良き日に一人の女を賭けた男同士の戦いが幕を開ける!」
うわー、こう言うの得意なんだな、と壇上に立って周囲を煽っているお隣のおじさんを見てゲンナリした。
「一人は皆お馴染み草原生まれ草原育ちの草原の男ラハラ! 長年思い続けたその恋心、果たして敵を打ち倒しその恋心を成就させる事が出来るのか!?」
隣に立っていたラハラが手を上げると、野太い声援が沸き起こる。
……いや、その人応援しないでほしい。そして壇下で待機しているのだが、そこに上って行きたくない。
「対するは西の大国から来た客人、たった数日で女を虜にさせた、容姿良し、手際良し、お世辞良しの怪しい男、コウ! 正直結果が見えているような勝負だが……」
ラハラの反対側にいるコウさんのアナウンスは散々なものである。小姉ちゃんがヤジを飛ばす体制に入っていたが、その前に大きめの物体ががおじさんの頭目掛けて飛んでいった。
カーンと小気味良い音がおじさんの頭から聞こえ、ヤカンが壇上に落ちる。
「司会すんなら平等にやんな!」
そう言ったのはお隣のおばさんである。手にはヤカンの蓋が残っている。続けてそうだそうだと女性陣からブーイングが沸き起こる。
さすがに不味いと思ったのか、おじさんはそれをジェスチャーでなだめ、仕切り直すための咳払いをしていた。
「ごほん、仕切り直しまして、ラハラに対するは西の大国から来た客人コウ! 慣れない不利な戦いだろうが勝負を受けたその心意気は天晴れだ! 果たしてまともな勝負になるのか!?」
やはり中立とは言えない仕切りだったのでおばさんからヤカンの蓋を借りておじさんの足元に投げつけておいた。
以前言ったとおり二度目は容赦しない。




