10
「何やらせても器用にこなすコウさんがズルい」
羊の毛刈りを初めて3日目、本日中に終わりそうな目処が立った。いつもより何日か早いなと首をかしげるたがまあ皆頑張ったんだろうなと納得した。
コウさんにちょっと刈るほうもやってみたいと言われを鋏渡すと、一頭目はおっかなびっくりしていたのに二頭目はわりとスイスイと、三頭目以降は私と同じくらいのスピードで刈っている。
「これは、マリカの手本が上手だったから」
「それはそれでズルいです」
しかもコウさんは羊の毛刈りだけではなく、馬に乗せてもご飯を作らせても、器用にこなしてしまう。
明日は猟を見学したいと言っていたので、大姉ちゃんと小姉ちゃんが負けてなるものかと闘志を燃やしていた。
大姉ちゃんは弓を使った猟が、小姉ちゃんは鷹狩が得意ではあるが、きっとコウさんなら弓も鷹も上手に扱うだろうと思えてきた。
「膨れっ面も可愛い」
そしてこれだ。コウさんは褒める、とにかく褒める。
「ズルい……」
会話の途中で、なんて事無しに褒めるので、私一人が狼狽えるている。どうにか一矢報いる! とは思っているが、結果は連敗でズルいを連呼している有り様だ。
「オイ! そこの余所者!!」
突然後ろからの大きな声を出された驚きで、びくっと肩が上がった。コウさんは視線だけ上げ、私の後ろをチラッと見て平然としている。
「おい、余所者」
コウさんが無視して毛刈りを再開したため、私もそれにならう。少なくとも話し掛けられているのは私じゃないし。一昨日の事もありこの人と話すのも嫌だ。
「あの、余所者……さん?」
どんどん尻すぼみになってく声掛けに、この人予想外の扱いされると勢いが無くなるんだな、なんて乾いた感想が頭を過った。ついでにこの人のどこが良かったんだろうか? と疑問まで湧いてきて、黒い歴史書の一頁に刻むことにした。
「聞こえてるから続きをどうぞ、もしくはコイツを刈り取ってからにしてくれる?」
コウさんは言いながらしゃきしゃきと小気味好いリズムで鋏を動かす。手元は正確で、安心して見て居られる。
「お、おう」
……どうやら待って居ることにしたらしい。コウさんの持つ鋏の音も明らかに遅くなった。
「コウさん、気持ちは分かるけどこの子に負担をかけるから、なるべく早めにお願いします」
ちょっと遅すぎたので注意する。倒している羊が可哀想だし。後ろの人にいつまでも居られたくないし。
「ごめんなさい」
コウさんは素直に謝ってからスピードを元に戻し、あっという間に刈り終えた。
「長いことゴメンなー行っていいぞー」
勿論羊に対して言って頭を撫でていた。この人羊までたらす気なんだろうか? 元気にメェェェと一鳴きして群のところに去っていく羊を見送ってから、話し掛けてきた男と対峙した。
「で、用件は?」
「お、俺の名前はラハラ!」
「俺はコウと名乗っている。で、用件は?」
コウさんは男、ラハラに向かって淡々と返事をしていが、扱いは羊以下である。
「俺は! お前に言いたいことが!!」
「で、用件は? 昨日からマリカの後をつけて、仕事もしないでマリカの事をずっと見て、風呂でマリカと痴話喧嘩したとか吹聴しまくってたラハラさん、用件をどうぞ」
ドン引きである。思わずコウさんの後ろに隠れた。ちょっとこの人の視界に入りたくない。
「お前!!」
コウさんは顔を真っ赤にして殴り掛かってきたラハラを軽く避けて、器用に足を引っ掛けて転ばした。
……お見事!!
「コウさん、出来れば言って欲しかったです……」
「いや、マリカ怯えるかなと思って、後」
コウさんが少々バツが悪そうに頭を掻いた。
「もしマリカの思い人だったら野暮かな、なんて」
「止めてくれませんか? 本人にも言いましたが、この人だけは拝み倒されてもナイです」
スンと冷たい声が出た。だってこの人と、なんて考えただけで鳥肌がすごい。
「分かった。で、ラハラさん、用件は?」
一転晴れやかな笑みでコウさんがのそりと起き上がったラハラに聞いていた。辺りには騒ぎを聞き付けた隣のおじさんを筆頭に集落の人達が野次馬しに集まってきている。
……草原は娯楽が少ないから、ちょっとした騒ぎがも娯楽にされてしまうのだ。当事者になってしまった身としては勘弁願いたいのだが。
「俺は、ラハラはコウに、マリカを賭けて決闘を申し込む!!」
頭を抱えたくなった。色々と、ちょっと待って欲しい。勝手に景品にしないで、とか、何で相手がコウさんなの? あ、まだ勘違いしたままなのか……とか色々文句はある。が、ラハラは話を続けている。
「勝負は馬上での的中て、馬に乗って走りながら、全ての的に当て早くゴールしたほうが勝ちだ!」
卑怯者!! てめぇの得意分野だろうが!! とヤジが飛んだ、次々と罵倒の言葉が投げつけられている。主に私の身内の小姉ちゃんから。うん、代弁ありがとう。
「うるせぇ! 俺はなあ、一目見た時からずっと人生賭けてて、やっと手に入りそうだったんだ! ここでトンビにかっ拐ってかれてたまるかよ!!」
ヒューヒュー言って居るのはラハラの友人達だ。揃いも揃って私を苛めてきた人達である。 うん? この人私の事好きだったの? しかも一目見たときからって、初めて会ったのって私が生まれた直後とかじゃ……
気持ち悪いを通り越して怖くなった。
「なあ、マリカお前その男に思われて居ると本気で思って居るのか?」
濁った目に睨み付けられて、足が震えた。一昨日は大丈夫だったのに、核心を突かれた言葉に狼狽える。
「甘言を本気にして、どうせお前なんてここに置いていかれるのがオチだろ」
「黙れ!!」
見かねた小姉ちゃんが野次馬ではなく本格参戦してきた。コウさんは冷ややかな顔でラハラを見ている。
「お前はずっとそうだ、そうやってマリカを怖がらせて自分に都合良いように誘導しやがって! 小細に関しては頭が回るよな、昔からさぁ!!」
小姉ちゃんは、ぶるぶると拳を震わせて今にも殴り掛かりそうである。私は小姉ちゃんが言っていた事の意味を考えていた。
最近不思議に思っていた事がある。
私は臆病で怖がりだ、知っている人でも話をするのに躊躇してしまう。相手がこちらを嫌って居るかも知れないとの疑念が消えない。
なのにコウさんとは普通に話せる、何故だろうと思っていた。コウさんは私が見て知った相手だからだ。相手が自分を嫌ってないと知っている。
じゃあ、集落の知り合いは……?
答えにたどり着いて、カタカタと震えが走る自分の身体をぎゅっと抱きしめる。ラハラが言っていた言葉を思い出す。
皆弱虫な臆病者のお前とは遊びたく無いと言っていたぞと、言われたことがある。でも俺は遊んでやると言って遊んでくれた、楽しかった。
でも皆は私の事が嫌いなんだと思った。とつまらなく思った。
誰もお前の言うことなんて聞かないぜと、言われたことがある。その後に俺は聞いてやるけどなって言われて、優しいと思った。
でも皆は私の話を聞いてくれないんだと思った。寂しいと思った。
お前は何も秀でるものがない味噌っかすだと、言われたことがある。でも俺は良いところ知ってるからなって言われて、嬉しいと思った。
でも皆私の事を使えないと言っているんだと思った。悲しいと思った。
家族に似ていないと、言われたことがある。姉ちゃん達と比べて美人でないと言われたことがある、そんなんじゃ嫁に行けないと言われたことがある、そんな特技に何の意味があると言われたことがある――その後には……?
これは誘導だったのだろうか?だとすると思考や感情を容易に操られていた。
私の中の私を否定する言葉の出所は全部ラハラの言葉だった。
気が付いてしまったら崩れ落ちそうで、一人で立って居られなかったから目の前にあったコウさんの上着を掴む。
震えが止まらない。いつの間に私、この人に支配されていたんだろう?
コウさんの手が私の手に優しく触れた。上着を握っていた私の手と絡める様に繋ぐ。暖かい手。
たったそれだけの事なのに、何故か震えは収まった。
「今だって! マリカをまるでを物みたいに賭けやがって!! この勝負私が――」
「いや」
言い終わる前にコウさんが小姉ちゃんを制した。
「俺が勝負を受ける。ただし、俺が勝ったら、俺だけがマリカに求婚出来る権利だけ貰う。それでいいか?」




