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 草原の民である私、マリカは、今日も草原の丘の上まで相棒の白馬を走らせていた。


 理由はいじけるためである。


「家の女性陣は何であんなに強いのよ……」


 マリカは牧畜を生業とする草原の民で、母は草原で一番世帯数が多い集落の長だ。


 跡継ぎであり弓の名手でもある上の姉、馬の競争では負け無しの真ん中の姉、鷹狩りの腕は集落一を誇る下の姉と続く。


 家の女性陣は個性が強いのに、四番目の末の娘である自分は別段、秀でる取り柄がない。


 いや、母や姉達に比べれば料理や裁縫、掃除に洗濯……家事全般と読み書き計算は得意なのだ。


 ……草原ではそれが魅力と見なされていないだけで。


「うう、草原に一人位は大人しい女が居たって良いじゃない……」


 草原の民は男が放牧で長期間家を空け、女性が家を守る。そのためどこの家でも女性が家長となり、家族を守る存在となる。


 そのため女性は性格と腕力が強い人の方がモテる。体格が良いと一層モテる。


「好きで貧相なんじゃ無いもん」


 母に何か言われたわけでも、姉達に嫌味を言われたわけではない。家族仲は良いと思う、むしろ私を気遣ってくれている。


 ただ、ほんの少し、帰ってきていた男衆の会話を聞いてしまっただけだ。


 少し意地悪だけど根は優しいと思っていた幼馴染が、ほんの少しだけ良いなって思っていた男が、貧相なマリカだけはナイ、なんて言っていたのを。


 頭が真っ白になって気が付いたら馬上にいた。


 行き先を特に指示しなくても、相棒のシロは今日も逃げ場所である丘の上まで運んでくれる。


「こっちだって願い下げだもん!」


 息をめい一杯吸い込んで叫んだ。


 背が高い姉達に囲まれるとどうしても見劣りするのは知っている。それは両親のせいでも姉達のせいでもない。


 でも少しだけ、妬ましい思いが燻っている。


 長の娘じゃ無かったら、私は惨めな思いをしなくて済んだのかも知れない。


 集落の皆と屈託無く話す社交的な姉達と、友人と呼べる人すら居ない自分を比べては日々ため息をつく。


 母や姉達のようになりたい、でもなれないのだ。


 お腹一杯食べても肉が付かない。水汲みをしても、乗馬をしても、狩のために弓を引いても、筋肉すら増えない。


 人と話をしようとするが、話したい内容よりも緊張と怯えが頭を埋め尽くす。


「私の魅力に気が付かないのが悪いんだもん!」


 叫んで直後に、私の魅力どこよ、と自分に突っ込んでしまい悲しくなる。


 止めよう。へこむ。立ち直れない。


 沈みかけの太陽を見ながら、帰りたくないけど、暗くなる前に帰らなければ、と意を決する。


 この辺りには稀にではあるが魔物も出るし、暗くなればさすがのシロも帰り道が分からなくなる。


「シロ、そろそろ帰ろっか」


 首を撫でると、ぶるるっと鼻を鳴らし、耳をピンと立てたまま一点を見て動かない。


「シロ?」


 どうしたのだろうか? とそちらを見ればモゾっと動く黒い物体が有った。


「ヒッ」


 とっさに腰の帯に括っていた短剣に手を伸ばし、片手で構える。丸腰で出歩くほど迂闊ではないが、短剣を使いこなすだけの技量はない。


 ……距離があるし、弓の方が良いのかな?


 でも、距離があって目標に中てれるほど、私の腕は良くないし……


 考えているうちに、再びモゾモゾと物体が動く。


「ヒッ……と?」


 人? あ、人だ。


 動いたせいで、真っ黒なマントのフードが外れ、夕日色の髪の毛が見えた。


「……見たこと無い服? 草原の民じゃ無さそうだし……もしかして行き倒れ?」


 なら、助けなくては。ここで力尽きたら可哀想だ。


 ごく稀に案内も付けないで草原に入り、土地勘が無い人には同じに見える景色に迷い、行き倒れる人がいる。


 生きている状態で発見したら、集落に連れて帰り介抱してやる掟になっている。


 もしもお亡くなりになられていた場合は、見付けた者が身ぐるみを剥いで埋葬する掟だ。


 誰にも見付けられ無かった場合は、やたらとそこだけ伸びている人形の草地になる。


 そして謎の行き倒れは先程まで動いていた。つまり生きている……はず。


「あ、怪しい人じゃない? こ、怖い人だったらどうしよう」


 助けると決めたものの、おろおろしながら馬から降りて、恐る恐る近付く。


「あ、あのー、だ、大丈夫ですかー?」


 少し距離を取りながら声を掛ける。よく見たら夕日色の頭は、夕日で輝いている金髪だった。


 やはりこの人は草原の民では無いのだろう。草原の民は黒髪か濃茶の者が多く、こんなに見事な金髪なんて見たことは無い。


「あのー、おーい」


 持っていた物の中でも一番長い物、弓の端っこを持って、出来る限り距離を取りながらツンツンと突っついた。素手でつつく度胸はもちろん無い。


「生きてますかー? 返事出来ますかー? 気絶しっヒィ!!」


 ガシッと弓の先を掴まれ! 悲鳴を上げる。相手はガバッと顔を上げて一言呟いた。


「み、水」

「イヤあぁぁ!」


 動いたことと、言葉を発したことと、何よりも男の人だったことに驚き悲鳴を上げた。


「死ぬ」

「嫌あぁぁ!!」


 男が力尽きた様に突っ伏したのを見て、ますますパニックになる。


 この人死んじゃう! 男の人だよ? 私が身ぐるみ剥がすの!? 男の人だよ!? 無理だよ!!


 慌てて指笛を吹けば近くまでシロが来てくれる。


 鞍に取り付けている水袋の口を開けて男を横向きに転がしてから口に突っ込んだ。


「ん、ぶふ」

「キャー! ごめんなさいぃぃ!!」


 お互いに勢い余って男がむせた。手加減無く背中を叩き、吐き出させる。


「んぐ、ゲホっ」


 男は数回咳き込んで大分呼吸が落ち着いたみたいだ。


 この人が助かって良かった、止めを刺すことにならなくて本当に良かった、とホッと胸を撫で下ろした。


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