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自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合  作者: 下書き
1. 自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合
6/28

1.6. 結構なお点前で

 女性にしては低めだがしっかりと抑揚が効いた声だった。心地よく耳をくすぐる声に言葉の内容が頭に入らず、音色だけが耳に残る。

 なんだろう? カトウ……何だって?

 理解が追いつかない。

 カトウ……、加藤? 名前か?


「隣に座らせていただきますが、構いませんね?」

「え? ええ? はい、どうぞ」


 言うが早いか、女の子はその眼差しをこちらに向けたままゆっくりと隣に座ってきた。女の子側のソファーが沈み、ラベンダーの香りがふわりと漂う。近づくと、きめ細かな肌や長いまつ毛がよく見える。粗が見えるどころかむしろ逆で、よく出来たICチップのパターンを拡大して見た時のような感動があった。

 ……我ながらなんともわかり辛い表現だ。

 そもそも、紫基調という随分とエキセントリックな見た目のはずなのだが、そこに違和感を覚えさせない時点でかなり特異だと思う。

 日本人なのだろうか? 顔つきは日本人と言えば日本人だし、言葉も流暢でイントネーションも普通だ。しかし日本人離れしている。

 こんな子はテレビでもそうそう見ないのではないだろうか。

 ダメだ。ちょっと緊張してきた。


「あの、私は加藤ではなく篁と申します」

「ほう? タカムラさんですか。下等生物とは思えない立派な名前ですね。せいぜい誇るといいでしょう。あぁ……、それにしても、あなたの名前を聞いてしまったからには、こちらも名乗るべきですか。まぁ良いです。少々勿体ないですが、私の名前を教えて差し上げましょうか?」


 カトウ……、「下等生物」か!

 いやいやいや、なんて物言いだ! と言うか、全体的に物凄く上から目線なんですけど! 一体なんなんだ!? そういう趣味の人なのか? それとも何かのネタなのか? 無いとは思うが、まさかこれが素なのか? いったい、どう対応すればいいんだ!?


「……おや? お返事がありませんね? それはつまり、私の名前など聞きたくないという事でしょうか?」


 脳内でありったけの突っ込みを入れていると、銀河の瞳が蔑むような下目使いをこちらに向けてきた。


 どうする!?


 流石にここで「怒りのニールキック」とか繰り出すのは論外だが、変に突っかかって空気を悪くするのは考え物だ。

 自分一人で来ているのなら良いかもしれないが、連れてきて貰っている立場なのだから大人しくしておくべきだろう。なんと言っても、すぐ隣には鼻の下を伸ばしてご満悦な同僚たちが居るのだ。みんな楽しんでいるのに、この場をぶち壊すのは忍びないし、先輩にも申し訳ない。

 ここはもう、この子に合わせて乗り切るしかないか。


「いや、とんでもない! 是非っ! 是非お名前を教えてください!」


 それを聞くと女の子は口元を大きく綻ばせて満足そうな笑みを作り、口先だけでフフフと笑った。

 目が座っているので非常に迫力がある。


「では教えて差し上げましょう。よくお聞きなさい。いいですか、私の名前は」

「失礼します、おひやです」


 何とも絶妙なタイミングでボーイさんが水を持ってきた。

 話の腰を折られた女の子は片頬をピクピクさせながら水を受け取っている。そして、驚くべきことに、ちゃんと僕の分も受け取ってコースターまで敷いてくれた。

 変な所で律儀な人だ。

 仕事はしっかりやる、という事なのだろうか? いや、だとすると受け答えがあんなに上から目線なのは何故なのだろう? よくわからない子だ。


「ホホホ、何やら邪魔が入りましたが、改めて名乗りましょう。私の名前は」

「失礼します、おしぼり忘れてました」


 たった今おひやを運んできたボーイさんがおしぼりを置いて行った。

 慌てているのだろうか、何ともせわしない。

 そして、再び話の腰を折られた女の子は両頬をピクピクさせながらも、受け取ったおしぼりを渡してくれる。

 言葉と行動の乖離が凄い。

 この子がちょっと「愉快な人」に見えてきた気がする。


「ホ……ホホホホ! すみませんが、仕切り直させていただきますよ。私の名前は」

「パーシャルさん、ご注文決まりましたか?」


 またあのボーイさんだ。

 そして、パーシャルさんと呼ばれた紫の子は、それを聞いて彫像のように動きを止めてしまった。

 パーシャルというのがこの子の名前か?


「あの? どうしました?」


 ボーイさんが声をかけると、パーシャルさんの頭がグググと回転してそちらを向いた。なにやら凄い目つきでボーイさんを見ている。

 まぁ、わからないでもない。

 勿体ぶって名乗るつもりだったのが、寸前で他人にバラされてしまったのだ。

 ガッカリ? ちょっと違うか、まぁ、ヘソを曲げなければいいが。

 それにしても、源氏名なのだろうがパーシャル。パーシャルさんか。パープルさんの間違いではないのか?


「ぬぬぬぬ、下等生物め! ……タカムラッ! お酒を選びなさい!」


 いきなり呼び捨て!? と、それはまぁいいのだが、まさかの八つ当たりパターンがきた。

 僕は悪くないのだから勘弁してほしいのだが。


「あぁ、はいはい、じゃあウーロン茶を」


 半ば呆れつつ適当に思いついた飲み物を頼んだところ、パーシャルさんは目を細めて返してくる。


「タカムラさん、それはアルコールの入っていない飲み物ですね。私はお酒を選びなさいと言ったはずです。選び直してください」


 あれ、さん付けになった?

 いやいや、それよりも、ここにきて飲酒強要とは、お店的に大丈夫なのだろうか? 何かマズイ気もするが。

 とはいえ、僕は別に酒が飲めない訳ではない。

 くだんの節約生活で、ごく自然に飲まない生活を送っていたのだが、稀に集まりなどに行けば飲むことはあった。それでも嗜む程度だったが。

 しかし、それもここ二年ほど前から一切飲むのを止めていた。理由は色々あるのだが、一番の理由は、やはり金がかかるからだ。あとは、酒で身を持ち崩した先達を見て「これはダメだ」と思ったのもある。

 そういう訳で、進んで飲もうと思わないのも事実だが、今日は先輩のおごりだし、飲み過ぎないように自制すれば問題ないような気もする。

 たまには飲んでみるか。


「えーと、ニコラシカをください」


 メニューを一瞥して目についたカクテルを注文した。

 ニコラシカというのは少し変わったカクテルで、見た目と飲み方の双方に特徴がある。

 まず見た目だが、ブランデーの注がれたグラスの上に輪切りのレモンが乗っており、更にそのレモンの上には砂糖が山盛りになっているのだ。当然、レモンで蓋がされた状態なので、そのままでは中の酒を飲むことはできない。

 ならばどうやって飲むのかと言うと――


「ブランデーベース、ですか。なるほど、今度は間違いなくお酒のようですね。では私も同じものをいただきましょうか」


 パーシャルさんはメニューを見てニコラシカが酒かどうか確認したようだ。

 という事は、もしや、ニコラシカを知らないのか?

 だとすれば、アレだな。

 オラなんだかワクワクしてきたぞ。


「お待たせしました」


 余計なことを考えていると、例のボーイさんが注文したカクテルを運んできた。

 恐ろしく仕事が早いが、この人は一体何者なんだろう。

 って、ボーイさんか。


「ここでは、最初の一杯は相手と同じものを飲む決まりがあるのです。下等生物に合わせるのは癪ですが、幸い私は寛大な心を持っています。感謝しなさい、許されたことを。幸福に思いなさい、私と対等に飲めることを。そして、これほどの幸福は恐らく二度と味わう事がないでしょうから、その事をじっくりと噛み締めながら飲み干しなさい」


 流れるように出てくる上から目線ヴォイスが耳を素通りしていった。もしかして、今のが乾杯の音頭だったのだろうか?

 それはともかく、今注目すべきはパーシャルさんの手元、口元だ。

 能書きを垂れ流し終えたパーシャルさんは、手にしたニコラシカを持ち上げて口に運びかけて……止まった。

 その目は真剣にニコラシカを見詰めている。


「タカムラさん、これの飲み方を教えなさい」


 もしやと思ったが、やはり飲み方を知らなかったようだ。

 それならば丁寧に教えて差し上げるしかありませんね!


「わかりました。このニコラシカはですね、口の中で完成させるカクテルなんですよ」


 自分のグラスを手に取りながら説明を始める。


「まず、グラスに乗っているのはレモンと砂糖です。このレモンと砂糖、そしてグラスに注がれたブランデーを、ある手順に従って口の中で混ぜ合わせることでニコラシカは完成します。では最初に、砂糖を包み込むようにレモンを二つ折りにしてください」

「なるほど、こうですか」


 実演して見せると、パーシャルさんも同じようにレモンを二つに折った。


「次に、これを少量かじって充分に咀嚼します。この時、咀嚼するだけでまだ飲み込まないでください。まだ説明がありますので実演できませんが、やってみてください」


 指示通り、おちょぼ口が少量のレモンを齧ってもぐもぐやり始めた。

 意外と素直に従ってくれる。


「口の中でレモンの酸味と苦み、そして砂糖の甘みが混然一体となったのを見計らってブランデーを一口含んでください」


 クイッとグラスが傾くのを見て畳みかける。


「最後に、うがいをする要領で混ぜ合わせてから飲んでください」


 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ


 やりおった! マジでやりおった!

 天を仰ぎ、真っ白い喉を震わせて高らかに咆哮する見事なうがいだ!

 同僚や店の女の子たちも、何の音かと振り向き、それを目にして唖然としている。

 実際には、それほど長い間続いた訳ではなかったハズだが、静まり返った店内で注目を浴びながら行われるうがいは異様に長く続いて見えた。


 ガラガラガラガラ…… ごっくん


 嚥下する音がハッキリと聞こえた。


「ほう。悪くない味でした……。おや? みなさん、どうしたのですか?」


 全員に注目されている事に気付いたパーシャルさんが怪訝な目をしている。

 あー、これは、ちょっと、やらかしちゃったかな?



-/-



 しばらくして、ボーイさんに奥に連れて行かれたパーシャルさんが戻ってきた。


「初めてですよ……。この私をここまでコケにしたおバカさんは……」


 顔を真っ赤にして拳を震わせている。

 相当お怒りの様子で目力が恐ろしい。

 それ程お怒りでなければ「コケ? キノコのこと?」と返してみたいところだが、そんな余裕は無さそうだ。


「タカムラさん! あなたを潰して差し上げます!」


 そういう経緯で飲み勝負をする事になってしまった。


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