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自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合  作者: 下書き
2. 首都に大天狗が降臨した場合
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2.3. 古民家

「お先に失礼しまーす」


 トムトム・ハンバーガーでのアルバイトを終え、タイムカードを切って裏口を出た。

 時刻はもう午後二十時半を過ぎている。見上げれば、(とお)に日が暮れた空に星がチラチラと瞬いていた。

 昔は畑ばかりだったこの田舎町だが、ここ数年で急速に開発され、微妙に大きめの商業施設が増えてきた。自分が小学校に通っていた頃この辺りは一面畑だったのだが、時代の移り変わりと言うのは恐ろしいものだ。

 町が開けてお店が増え、生活していく上で便利になったのはとても良い事だと思う。それでも、開発に伴って思い出のある風景が幾つか消えてしまった事を少しばかり残念に思わないでもない。

 そんな事を考えていると、昔の事が連鎖的に思い起こされた。週末に家族三人で出かけた事、買ってもらったソフトクリームの味、お父さんの車から見た町の景色、お母さんの笑顔、一緒に行った最後の旅行――。

 余計な事を考えようとした自分の意識を今に引き戻す。


 早く帰ろう。


 家に帰れば、夕飯を食べて宿題をやって……などなど、明日に備えてやらなければならない事は沢山あるのだ。

 自転車に乗って家路につく。

 まだ梅雨前の気候の良い季節なので、風を感じて走る分にはそこそこ快適だとは思うが、やはり一人で夜の街を行くのは何となく心細いものがある。

 ペダルをこぐ度に、ライトを灯すダイナモが唸りをあげてやかましい。

 この自転車は結構古くて、製造されたのは私が生まれるよりもずっと前だ。なんでも、お父さんが学生の頃に買ったものだという。当時、「蟷螂(かまきり)」という愛称で売り出された自転車で、それはそれは人気があった自転車なのだそうだ。見た限り、どこが蟷螂(かまきり)なのかわからないが、フレームの色が緑色なのでその辺りが蟷螂(かまきり)なのかもしれない。

 有難く使わせて貰っているのだが、欲を言えばもう少しスピードが出ると嬉しかった。しかし、私が帰るべき自宅は山側の少し斜面を登った辺りにあるので、上り坂の事を考えればむしろギヤ比は妥当なのかもしれない。


 商店や街灯の灯りの溢れる幹線道路沿いを抜け、脇道に入った時点で周囲の暗さが一段深まる。同時に商店の類は姿を消し、新築の住居がまばらに立ち並ぶ小奇麗な住宅街へと景色が変わった。この辺りは幹線道路の整備と同時に区画整理されて、昔の面影は微かにしか残っていない。

 曲がり角の先、街灯の灯りの向こう、様々な物陰から飛び出すものは居ないか注意を怠ってはならない。

 幹線道路を行き交う車の音が遠のいて、ダイナモの音だけがまとわりついてくる。

 道すがら学校での事を思い返す。居なくなった二人の事だ。「どこに行ってしまったのだろう」、「二人は一緒に居るのだろうか」、「どうやって居なくなったのだろう」、「家には帰ったのだろうか」、「立花さんの家は知らないけど、錐蘭の家はわかるから行ってみようか」、「でも錐蘭に会うのは気が重いな」そんな事を考えながら自転車を漕ぎ進んだ。


 そうして更に進んで旧道に入ると景色は田園地帯へと変わり、街灯の灯りは青色に変わる。青色に光っているのは防犯灯だ。防犯灯の青い光は、その光量の割に暗い。その名の通り、防犯の効果があるという理由で設置された青い光は、その領域内を重く曖昧に照らし出して、ある種の異様な空間を創りだしてしまう。

 薄暗く曖昧な視界の中に居ると、むしろ犯罪の発生を助長しそうな気もするのだが、偉い人が考えて設置したのならば間違いなく効果はあるのだろう。そう信じたい。

 自転車の前照灯も暗く頼りない。今時LEDではなく豆電球を使っているので恐ろしく暗い。しかし、こんな見辛い灯りでも無いよりは遥かにマシなのだ。


 防犯灯と前照灯が描く風景の中を目を凝らして進むと、ついに山のふもとに差し掛かった。このなだらかに続く坂道を暫く登ったところに自宅がある。

 ここから先は更に暗くなる。一応、ぽつりぽつりと街灯があるのだが、茂った木立が被さっているので半分も用を成していない。

 いつもの道だ。小さな頃から使い慣れた道だ。でも夜の道は全く別物で、これには慣れる事など出来ないように思う。



-/-



「ただいまー」


 裏口から家に入って、家の中に帰宅を告げる。春先までは祖父(おじい)が居たので返事があったのだが、今はもう返って来るのは静けさだけだ。

 この家は平屋だが、部屋数が十余りもあるという広いものだ。先祖が代々問屋のような商売をしていたそうで、お金持ちだったことから家の造りもそこそこ豪華な物らしい。

 しかしそれも祖父(おじい)が若い頃の話で、今ではひいき目に見ても無駄に大きいボロ屋でしかない。

 この家が建てられたのはなんと大正の頃だそうで、以降は補修に補修を重ねてなんとか今まで持たせている状態だ。当然ながら、床も壁も天井も痛みの度合いは相当なもので、畳はささくれて起毛と化し、廊下は歩くとキィキィ鳴り、壁の漆喰はところどころ崩れて木舞竹(こまいだけ)が見え、天井には雨漏りが染みて妙な具合の模様が各所にできている。

 隙間風も酷い。台所や風呂場など、一部の窓は近代的なアルミサッシに取り換えてあるが、大部分は古式ゆかしい木製の引き戸のままなのだ。それらは長い年月の内に歪んでおり、もはや隙間無く閉まる事はない。そもそもよく見れば、柱と土壁の接合部にさえ微妙に隙間があるのだから、もはや気密性など存在しない。

 だから居住性は最悪だ。冬はひたすら寒く、夏はひたすら暑い。無いはずの気密性は夏になると姿を現して、熱く湿った空気をこれでもかと溜め込んでくれる。そのくせ冬になると外の冷気を細く吹き込ませて背筋を震わせてくる。

 そして、気密性の悪さは「虫が入り込む」という個人的に一番厄介な問題も内包している。家の周囲が藪なので虫の種類は実に豊富だ。それも、蛾や蜘蛛、ムカデにゲジゲジなど、苦手な虫ばかり居る気がする。不思議とゴキブリはあまり見かけないのが唯一の救いと言えるだろうか。

 虫対策には本当に難儀していて、一度家じゅうの隙間を粘土で埋めようとしたがキリが無いので断念した。なにかうまい解決法が無いかプロの意見を求めて地元の工務店に聞いたところ、各所にある隙間の原因は家自体の歪みによるものなのでどうしようもない、との事だった。それでなくても昔の家なので、元々隙間は多いのだという。

 少し考えただけでも問題が多い家だ。しかし、さまざまな経年劣化がありながら、それでも家としての最低限の体裁を保っているのは、やはり元々の造りが良いのだろう。しっかりした家を建ててくれた先祖には感謝する他ない。それでも限度という物は確かにあって、本来ならば全て壊して新しく建て直すべきだとは思う。

 そうしない理由は単純で、お金が無いのだ。


 台所に入ると、家族三人で撮った写真がいつものように出迎えてくれた。幼い私を中央に、向かって左側にお父さんが、右側でお母さんが微笑んでいる。出かける前と帰った後は、必ずこの写真を見るようにしていた。今はもう居ない両親の顔を、決して忘れない様に。

 改めて写真の中の両親に帰宅を告げ、夕飯の支度を始める。と言っても、週末に纏めて料理しておいたものを冷凍庫から出して温めるだけだ。時刻は既に二十一時をとっくに過ぎているので、今からあれこれやろうとするなら一つ一つの行動に時間をかけていられない。

 夕飯の献立は、おにぎりとハンバーグ、それとポテトサラダだ。これらは全て一食分ずつラップに包んであり、電子レンジで温めた後は半分ほどラップを剥がしてそのまま口に入れる。すべて手掴みで食べる事になるので行儀が悪いが、食器を洗う手間が無くなるので時短を優先するにはこの方法が一番良かった。

 慌ただしく夕食を終え、次はお風呂に入る。お風呂、と言ってもシャワーを浴びるだけの(からす)の行水だ。本当はしっかり湯につかりたいのだが、節約と時短を両立させるには我慢する他ない。

 そうして、給湯機に火を入れて脱衣所に向かおうとしたとき、それに気が付いた。


 居間の(ふすま)が、少し開いている。


 居間は普段「使っていない部屋」だ。春先までは祖父(おじい)が自室として使っていたが、介護施設に入ってしまった今はもう立入る者は居ない。

 現在、この家で私が使っているのは台所、トイレ、風呂場そして台所脇の小部屋だけだ。居間から玄関の側には客間や仏間などの部屋が多数あるのだが、そのどれも使っていない。

 それらの「使っていない部屋」だが、普段そこに通じる襖はすべて閉め切ってある。それこそ、月に一度掃除をするのに立入る程度なのだ。

 その「使っていない部屋」である居間の襖が開いている。前回掃除して以来閉め切っていたはずだ。それ以降開けた覚えは一切無い。

 誰がこの襖を開ける可能性があるだろう。考えられるのは、祖父(おじい)か、秀数(ひでかず)伯父さんが来たかの二通りだ。でも、どちらも無さそうに思える。祖父(おじい)は外出自体が難しいし、秀数(ひでかず)伯父さんは来る前に必ず一報くれるはずだ。ただ、緊急の用事であれば、事前の連絡は無いだろう。

 いや、待った、他の重大な可能性を忘れている。


「泥棒……?」


 その考えに至って息を飲んだ。

 泥棒か、またはそうでないにしろ、身内以外の第三者が訪れた可能性がある。事によっては、今まさに、この家の中に、招かざる客が潜んでいるのかもしれない。

 警察を、と考えて電話に目をやる。反射的に受話器へと手を伸ばしかけたが、途中で止めた。

 こういう時に限れば、物事を悪い方に考えてしまうのは良い事なのかもしれない。

 もしも、この家の中に侵入者が居たとしたら?

 もしも、警察に電話している事を侵入者に気づかれたら?

 もしも、それが原因で逆上されたら?

 この三つの「もしも」がすべて成立した場合、その先には相応の悪い結果が待っているだろう。確率としてはとても低いのかもしれないが、決して「無い」とは言い切れない。用心はするべきものだ。杞憂ならば被害は無いが、杞憂でなかった場合には被害が出るのだから。

 慎重に――、充分慎重に対応しなければならない。

 まずは助けを呼ぶべきだろう。だから、警察を呼ぼうと考えたのは多分「正解」だ。ただ、家の電話を使うのは良くない。まずは、自分自身が安全な場所に逃げる必要がある。その上で助けを呼ぶのだ。

 方針が決まれば後は動くだけだ。裏口から表に出て……。


 身を翻した時、視界の端に捕らえた襖の隙間に、その奥に、薄暗闇の中で見覚えのあるものがちらりと見えた。

 心臓が強く打った。目を凝らして「それ」を注視する。台所の灯りが斜めに差し込んだ居間の奥に「それ」が置いてある。暗い塊にしか見えない「それ」は、しかし輪郭だけでも見慣れた物だと判別できた。

 思わず、一歩襖に近寄った。床板がキシリと音をたてる。たった一歩近づくだけで、「それ」は一層鮮明に見えてきた。間違いなく、高校の、学生鞄だった。

 息を飲んで台所に目をやると、自分の学生鞄は床に放置したまま置いてある。つまり、居間の学生鞄は、自分の物ではない。

 誰の学生鞄だろう。誰か高校の知り合いがウチに来たのだろうか。しかし、高校の生徒で、私の家に来るような人物は居ないはずだ。仲のいいナツとシロを含めクラスメイトに私の家を知っている者は居ない。他のクラスにも思い浮かぶ相手は居ない。錐蘭は私の家を知っているが、まさか、考えられない。あとは紅紫郎(こうしろう)お兄ちゃんくらいだが、ここ数年は没交渉なので可能性は低い気がする。

 すぐに警察なり何なり、助けを呼ぶのが正解だとわかっている。しかし、居るのが自分と同じ学校の生徒かもしれない事を考えると、警察に突き出すのは躊躇してしまう。良くない傾向なのは自覚している。こういう時にスマホを持っていれば良かったと真剣に思う。どこからでも助けを呼べるのは物凄く心強い事なのだから。

 しかし、無いものねだりをしても仕方ない。そっと引き返して台所からフライパンを取り、なるべく足音を立てないように注意しながら居間に向かう。フライパンは護身用だ。鉄製の重量があるものなので、いざという時に振り回せばそれなりに役立つだろう。

 襖の影に誰も居ないことを確認して、そっと踏み込む。毛羽立った畳の感触が足の裏に刺さってきた。注意しながらその学生鞄に近づいて確認する。

 やはり、私と同じ朽城山(くつぎやま)高校の学生鞄だった。特注の校章入りのものなので間違いない。それも新品に近い状態から考えて一年生のものである可能性が高い。すると、やはり錐蘭の鞄だろうか。仮に錐蘭だとして、何のためにウチに来たのだろう。

 不意に「カタリ」と音がして心臓が跳ね上がった。

 その音は仏間の方で鳴った。居間の南側に客間があり、仏間はその西側にある。仏間は特に古い家財道具が置いてあって苦手な部屋だ。音は、間違いなくその部屋から聞こえて来た。

 息を潜めた。良く見ると、客間に続く襖にもわずかに隙間ができている。錐蘭か誰かわからないが、そこに居るのだろう。

 一声、呼び掛けようとして思いとどまった。と言うよりも、うまく声が出なかった。口の中がカラカラに乾いている。自分の呼吸音が妙に大きく聞こえてくる。

 客間に続く襖を、そっと引く。歪んで開き辛くなっているが、途中までは比較的滑りが良いのを知っている。それでも、音を立てずに開くのは半身程度だ。そこから客間を覗き込む。すると、夜の闇に暗く沈んだ客間の中に、仏間から僅かに漏れ出る光がぼんやりと線を描いていた。

 心臓の音が更に大きく聞こえてくる。

 居間も、客間も、仏間もすべて蛍光灯が切れているので明かりは灯らない。であれば、あの仏間から漏れ出る光は、恐らくロウソクだ。ちらちらと揺らぐ淡い光が、客間と仏間を仕切る襖の隙間から確かに見えている。

 フライパンを握る手を胸に引き寄せた。自分の家だ。生まれた頃から慣れ親しんだ自分の家なのに、なぜここまで怯えなければならないのだろう。ほんの数メートルの距離を進むのに、なぜこんなに勇気が要るのだろう。周囲の暗闇に怯えながら這うように進んで仏間の前までたどりつく。息を整えて隙間に顔を近づけて中を覗き見る。


 見た。

 正面奥に仏壇があり、灯されたロウソクの炎を受けて鈍く輝いている。その左手前に、その人物が立っていた。

 すらりと背の高い長髪の人影だった。制服は間違いなくうちの学校のものだ。背を向けているので顔は見えない。ただ、輪郭しか見えないその立ち姿に強い既視感を覚えた。

 その人物が誰だかわかる。接点としてはとても薄いはずの人物だ。それにもかかわらず強く印象に残った人物でもある。しかし、なぜここに居るのだろう。なぜ。


「すまない。勝手に入らせて貰った」


 言葉と共に、その人物が振り向いた。

 ストンと、力が抜け、その場に尻もちをついてしまう。同時に襖が大きく開かれ、客間にバッと明かりが広がった。

 そこに居たのは、立花さんだった。

 とにかく「何故」という言葉だけが頭の中を埋め尽くす。何を言えばいいのかわからなかった。どうする事も出来ず、立花さんの顔を見つめる。ロウソクの灯りで横合いから照らされた立花さんの顔は、悲しそうな、或いは困ったような、なにか難しい表情をしていた。


「まずは、ワシの事を教えておこうと思う」


 立花さんはそう言いながらまっすぐにこちらに向き直った。ロウソクを背にしたことで、立花さんの表情が影に沈んで見えなくなる。


「え?」


 なぜか、立花さんの体が大きくなった。意味がわからなかった。今まで女子の平均よりは少し高い程度の身長だったのが、見る間に鴨居の上まで届くような身長になっていた。良く見れば、身長だけでなく、体格や服装まで変わっている。すらりと細長かった体つきはがっしりとした頑強なものに変化し、学校の制服はカーキ色の金属質な服に変化していた。

 完全に見上げる形になった私は、そびえ立つ立花さんの影に言いようのない恐怖を覚えた。

 立花さんの影がのそりと動いて背を縮める。それがしゃがみ込んだのだと気づいたのは一瞬後だった。思わず息を飲んで喉が「ヒッ!」と鳴った。

 そして、近づいた事で顔が見えてしまった。その目は前髪の隙間から鋭くこちらを伺い、ギラギラと輝いていた。


「私の本名は船場山(せんばやま)ヒゴノカミ。信じられんと思うが、キミの先祖だ」


 聞こえてきた声が低い男のものだったのが衝撃で、その言葉の意味を理解する前に私は意識を手放した。


ここがあの女の、ハウスね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 章変わっていきなり新キャラが出てきたからここまで困惑してながら読んでたらまさかの船場山氏の実家の話だった!
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