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自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合  作者: 下書き
1. 自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合
2/28

1.2. ライトニングブレット

 翌日。

 公園に到着したところで、ぐっと腕を持ち上げて伸びをした。

 今日は天候に恵まれ、見上げた空は青く晴れ渡り、片隅に白っぽい昼間の三日月が見えている。

 数分前まであの裏側に居た事を考えると、どうにも奇妙な気分だ。

 そうして暫く伸びをしていると、体のあちこちがパキパキと音を立てた。

 これは……、仕事がデスクワークなので体のなまり具合が凄まじいのだ。ラジコンついでに、少しくらい体を動かすのが良いかもしれない。


 さて。

 ざっと園内を見渡して、人の多さを確認する。午前中の比較的早い時間だからか、子供は見当たらず散歩をしているご老人が散見される程度だ。

 ラジコンで遊ぶには丁度いい。

 キャリーケースを開け、ブツを取り出す。

 太いピンスパイクタイヤ(通称「世紀末タイヤ」)を穿いた大口径ホイールをダブルウィッシュボーンで支え、ゴツい箱型シャシーに直線基調の尖ったデザインのボディを乗せた四輪駆動車。それがライトニングブレットだ。

 まり子はバッチリ整備してくれたようで、各部のねじに緩みは無く綺麗に組み上げられていた。


 操縦に使う送信機(通称「プロポ」)はごくスタンダードなタイヤがついているやつだ。

 このタイヤは、ステアリングホイールとして機能するのだが、どうしてタイヤの形をしているのかは謎だ。大方「何となく」なんだろうけど。

 そして、タイヤの他には拳銃の引き金のようなトリガーがついており、これを引くことでラジコンカーが前進し、逆に押し出すことで後退する。つまりこのトリガーは自動車でのアクセルに相当するものだ。

 ちなみにブレーキは無い。正確には、トリガーを初期位置に戻す動作がブレーキとなる。クラッチやトルコンの無いラジコンカー特有の動作だ。


 電源を入れ、トリガーを引くと走り出す、マジで。ちょっと感動。

 いきなり全開にせず、トリガーを少しだけ引いての慣らし運転だ。控えめなモーター音が実に小気味よい。

 ギヤボックスからの異音も無く、しっかり整備されているのを改めて実感する。


「良い感じですね」

「おわあああ!」


 突然プロポが喋りだしたので叫んでしまった。

 なんなんだよ! 体がビクッとなったよ!


「ああ、すみません。驚かせてしまいましたか。私です、まり子です」

「ちょっ……お前、何? 何なのっ!?」

「実地での走行データが欲しかったので、観測用にプロポを改造したんです」


 プロポを裏返すとカメラのレンズが埋めこまれていた。あたかも最初からついていたかのように違和感なく収まっている。


「いや、なんでわざわざこんな改造を? お前、多分観測用の衛星か何かで見てるでしょ? 空から」

「はい、スパイ衛星からも観測可能ですが、今回は操縦者になるべく近い位置で観測したかったんです。あと、操縦のロギングもしたかったので」

「あらかじめ言っといてよ。まだ心臓がバクバクしてるよ」

「すみません。折角の休日にお手を煩わせるのは良くないと思ったもので」

「そうか、気をつかってくれたんだな。わかったよ。ありがとう」


 気をつかう部分がおかしい気もするが、良かれと思ってやった事なのか。

 気づかいの出来るコンピューターというのも凄まじいが、「操縦者に近い位置で観測したい」なんていうこだわりを持っていたり、まるで人間だ。

 実は入道相国のどこかに人間としての「まり子」が隠れていて、コンピューターのフリをしているんじゃないか? とか、そんな気がしてくる。

 帰ったらちょっと探ってみるか?


「ところで提案なのですが、ライトニングブレットを走らせるのは、あの柵の向こう側が良いと思います」

「あの柵?」


 目を上げると立木の向うに柵が見えた。どうやら公園の外縁を取り巻いている柵のようだ。


「あの向う側って、公園の外に出ちゃうんじゃない?」

「そうですね。しかし、丁度いい感じの広場がありますよ」


 この公園は、市街地にポツンと残された森に隣接している。まり子が示したのは丁度その森の方角だった。

 丁度いい場所があるなら行ってみようと思い、言われるがまま森の中を進んでいくと、不意に開けた場所に出た。

 地面は黒っぽい土がむき出しになっており、ところどころに雑草が生えつつある。また、広場の縁の辺りには枝の落とされた木が川の字に並べられていた。


「なんだ、ここ?」

「はい、以前この場所で侵略者と交戦したのですが、その際に大穴を開けてしまいまして、それを埋めた跡地です」

「大穴?」

「はい、その侵略者に爆弾を使われまして……。シールドで囲って事なきを得たのですが、地面にシールドを張り忘れたせいで大穴が空いたんです」

「地面に?」

「はい、地面にです」


 なにやら物騒な話が湧いてきた。

 ざっと見渡して、この広場はテニスコート四面分くらいありそうだが、この範囲に大穴が空いたというのか?

 と言うか地面に大穴を開ける爆弾ってどんだけだ? 危険だ。明らかに危険だ。危険すぎる。果たして大丈夫なのか?


「そ、その侵略者って」

「はい、撃退済みです。観測している限り、直近では外部からの悪意を持った干渉はありませんので。現在は安全です」


 直近では、と言うのが引っかかるが、危険が去ったなら問題ないのか?

 とは言え、少々現実離れしていて実感が無い。

 侵略者というのがどんなものなのか想像もつかないが、危なくなったら入道相国に引き籠ってまり子に泣きつくことにしよう。

 たぶん他にどうしようもないだろうし。


 ふぅと深呼吸し、今聞いた内容を心のゴミ箱に投げ入れる。


「じゃあ、ここで走らせてみるか」


 この広場は中々好条件のダートコースだ。雑草が少々気になるが、むしろパイロン代わりに丁度いいかもしれない。

 軽く走らせてみると、なんと言うか実に滑らかだった。

 ザッと見ただけでも地面には大小様々な起伏があり、場所によっては車体がすっぽり収まるような溝もあるのだが、そんな路面を滑る様に駆け抜けていく。

 まるでカーリングの石のようだ。

 これは、何かおかしい。

 以前走らせたときは、もっと路面の凹凸に反応してぴょこぴょと跳ねながら走っていたはずだ。

 そして、コーナリング性能も良くなっている気がする。

 ある程度速度が出た状態で目一杯ハンドルを切ると、以前は横滑りして地面を派手に耕しながら荒々しく曲がったのだが、今回はスイスイと舵角に従順な挙動でタイトでソリッドなコーナリングを見せてくれる。

 ……思わずヘンな表現をしてしまう程度には違和感がある。


「まり子、これ、妙に高性能になってない?」

「はい、昨夜ラジコンカーについて色々と調べまして」


 そう前置きして語り始めた。


「このラジコンカーはオフロードバギーと呼ばれるタイプで、主に未舗装の荒地を走行するのに特化したタイプでした。ですので、その特性に沿って改良させていただきました」

「まず、この車両は四輪駆動なのですが、センターデフが装備されていませんでしたので、これを追加しました」

「次に、前後のデフが通常のデフでしたので、これをアクティブ制御式のLSDに変更してあります。どこかの車輪が空転した場合に、その車輪への動力伝達を自動で抑止します。ちなみに、追加したセンターデフも同じくアクティブ制御式のLSDです。これで三輪浮いた状態でも走れますよ。また、トルク配分もある程度自由に制御できますので、旋回性能も上がりました。まぁ、タイヤごとに個別のモーターを設置すればデフやシャフト類も要らなくなって制御の幅も広がるのですが、今回はオリジナルのレイアウトを崩さない方向で調整しましたのでモーターは一つのままです」

「そして、車両はやはり足回りが命です。悪路なら特にそうですよ。標準で装備されていたサスペンションは性能が悪かったので、こちらもアクティブ制御式のマグネットサスペンションに換装しました。車載カメラの映像から進行方向の路面状況を解析し、リアルタイムに四輪独立で車高調整するので、ストローク内の起伏なら常に車体を水平に保てます」

「しかし、フロントのサスペンションはスプリングとダンパーが一組しかなくて左右共用なんですよね。そのせいで制御が難しいです。完全に左右独立だったら良かったのですが」

「その点、リアのサスペンションは完全に左右独立なのでセッティングが楽でした。あ、あと標準装備のスタビライザーですが、あれはまともに機能していないですね。設計ミスでしょうか? まぁ、今はサスペンションがアクティブ制御式なので機械式のスタビライザーは不要なのですが、一応そのまま残してあります。まともに機能していない、とは言いましたが、サスペンションからのフィードバック信号のノイズになっているので外した方が良いですね」


 整備どころか、大改造されていた。

 しかも、地球の科学力でも実現可能な辺りが何とも言えない。

 それでも市販の自動車よりハイテクなのではないだろうか? 技術力の無駄遣いの気がする。

 ともかく、足回りの説明だけで既にお腹一杯なのだが、まり子の解説はまだ続いていた。


「ボディは可鍛性クリスタルをベースに太陽電池を埋め込んであり」

「まり子、まり子もういい、わかったから」


 不穏な単語が聞こえてきたので思わず言葉を遮った。

 なんなんだよ可鍛性クリスタルって!


「わかった。充分わかったよ。これは凄いマシンなんだな」


 そう、この凹凸だらけのダートコースを、まるで平坦な道であるかのように駆けまわれる超高性能ラジコンカーだ。

 派手に車輪を空転させ、土を撒き散らしながらアグレッシブに駆け回る僕の古き良きライトニングブレットはもう無いのだ。

 なんだろう。目から変な汁が出てきそう。


「ええと、まだ目玉の機能を説明していないのですが」

「まだ何かあるの!?」


 聞き返すと、これは説明するよりも実際に見ていただこうと思います、などと勿体ぶった返事が帰って来た。

 何だろう。

 聞きたいような、聞きたくないような。

 少し嫌な予感もするのだが。


「アクセルを全開にして、『稲妻と疾れライトニングブレット!』と叫んでください」

「やだよ! なんなの、そのハズい掛け声!」


 即答したが、その掛け声は流石に無い。

 僕はもう二十五歳なのです。ごっこ遊びに励んだ小学生時代ではないのですから、そんなセリフをお天道様の下で発音するのは不可能君です。

 もちろん夜中でも駄目です。


「えっ? 嫌ですか? 絶対かっこいいですよ?」

「あー、何とも言いようがないけど、少なくともかっこ良くはないと思う」

「はぁ、では仕方ありません。今回は私が英治さんの声紋を合成して代理でコマンドさせていただきます」

「え? 声紋? って、ちょっ、まって!」


 咄嗟の制止も虚しく自動的にトリガーが引きしぼられ、同時に先ほどの恥ずかしい掛け声が辺り一面に響き渡った。僕の声で。


 突然、暗雲が立ち込めた。比喩でなしに本物の雲が一瞬で空を覆い尽くし、陽を遮って世界を黒く染めていく。

 どんな分厚い雲なのだろう。夜かと見紛うほどに暗くなって、既に森の奥を見通すことはできない。

 そして、そんな中を走り続けていたライトニングブレットが、青白いぼんやりとした光を放ち始める。


「え? なに? なんなの?」

「そろそろです。来ますよ」


 それは実際、瞬くほどの短い時間に起きた事だと思う。でも僕は確かに見た。

 ライトニングブレットの放つ光が強くなると同時に、空から幾条もの光が降ってきて、ライトニングブレットにぶち当たったのだ。

 それと同時に大気を震わせた轟音は、僕の耳から入って腹の底まで響き渡り、暫くの間耳がお釈迦になる程だった。

 ライトニングブレットは更に強く輝いて、それに同期するように加速に加速を重ね、遂に光の帯となって空の彼方へと駆け上った。

 光の帯は暗雲を真っ二つに切り裂き、そこに現れた虹の輪をくぐり抜けて遠く、遠くへと去っていく。

 その光の帯も最後にキラリと輝いてその姿を完全に消した。その頃には暗雲もどこへともなくかき消えて、異変の痕跡は何処にも残っていない。


 ウグイスが鳴いている。

 もう春か。


「まり子。僕のライトニングブレットは?」

「今、大気圏を離脱しました」


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