1.18. サッとやる
レムペーゼンはボーイさんに向かって一直線に降下してく。
しかも今回は、先程のようにただ降下するだけではない。降下の途中、それもかなり上空から光線を照射し始めたのだ。
光線は放射状に広がりながら降り注ぎ、地表に至ってはその中心にボーイさんを捉える。これでボーイさんは籠の鳥だ。逃げ場はない。
レムペーゼンは更に速度を増して降下を続ける。地表まで程なく到達するだろう。そして地表が迫るにつれ、光線の輪は狭まっていく。
ボーイさんには最早身動きできる余裕は無い。
悪い結末を予感して、心臓が強く鼓動した。
ボーイさんが次に打つであろう一手が絶望的な事のように感じる。
既に両者の衝突までに何か手を出す時間は無い。
無意味と知りながら、ボーイさんの無事を強く祈っていた。
僕はいったい何を動揺しているのだろう、と思う。
これからボーイさんに訪れるであろう未来が妥当なものなのか、それとも妥当でないものなのかは解らない。
ボーイさんが凶悪犯なのであればレムペーゼンの下敷きとなりトマトと散る未来はむしろ望ましいものであるかもしれないが、しょぼい子悪党程度だとするとトマトはあんまりな気もする。
確かに、彼は僕にホウ酸団子を食べさせ、硫酸を飲ませたのかもしれない。しかし僕は平気だったのだ。
そして僕を半空間へ閉じ込めようとしたかもしれないが、それも未遂だった。
結果として、僕個人としての被害は極小だ。
広域の停電を引き起こして世間的には物凄い被害を出している気がするが、ひとまずそれは無視しよう。
だがそれを加味して考えても、「死を以て償え!」という程のものとは思えない。
いや、例え彼がそれ程の罪を犯していたとしても、目の前で決定的な瞬間が訪れることに拒否感があるだけかもしれない。
どうにも考えが纏まらない。
そもそも、あんな剣一本でどうするというのか。逃げてほしい。だがもう逃げ場はない。レムペーゼンが降ってくる。地表が近づいてくる。
ついさっきまで「ヒト対メカのガチバトルだ!」等と見世物気分で居たのが腹立たしい。
光線は更に狭まる。
狭まり、狭まって、その光線がついにボーイさんに触れた。あるいは、触れたように見えた。
その間際、ボーイさんは僅かな予備動作と共にレムペーゼンに向かって跳躍していた。
レムペーゼンは止めとばかりに更なる加速を行い、鱗粉のような羽の光を瞬かせながらボーイさんに向けて突撃を行う。
ボーイさんはレムペーゼンの光線を切り裂きながら鋭く高く飛び上がり、跳躍と共に突き上げた剣を一直線にレムペーゼンへと叩き込む。
決定的な瞬間はハッキリとは見えなかった。しかし、二つの影が交差するひとコマだけが、鱗粉のように舞う光の中へ陽炎のように消えるのを見た。
結果は相殺……となろう筈がない。
そもそも、衝突した二者の質量が違いすぎる。
レムペーゼンは、その軌道を反らす事無く地表へと突き刺さり、重い衝突音と共に土埃を巻き上げた。
ボーイさんは、どうなったのかわからない。見えなかったのだ。
衝突の直後からレムペーゼンの姿に塗れて消えてしまったのだ。
そんな映像を見ながら、いつの間にか拳を強く握りしめていた。
気づけば口の中がカラカラに乾燥している。
「あぁ……」
言葉にならなかった。
目にした事柄に現実感は欠片も無いが、現実だという事は理解している。
ボーイさんは果たして無事なのだろうか。一瞬そんな事を考えたが、すぐに否定した。
普通に考えればわかる。
高速で突っ込んでくる巨大な金属の塊に真正面からぶち当たれば、無事で居られる訳がないのだ。
画面の中では舞い上がった土埃がパラパラと音を立てながら降り注ぎ、それと共に茶色かった視界は徐々に晴れていく。
そして、後に残った惨状が見えてきた。
抉れた地面の中央にレムペーゼンが収まっている。既に羽をたたみ、六本の足でしっかりと地面を捉えていた。
その頭のすぐ脇に、ボーイさんの剣が突き立っている。
ボーイさんの一太刀は、確かにレムペーゼンに届いたようだ。
しかし、レムペーゼンは突き立った剣などまるで意に介さずに動き、その健在ぶりを示していた。
レムペーゼンは多少土埃に汚れた程度で、剣が二本突き立っている以外は無傷のようだ。その動きに淀むところは見当たらず、滑らかに足を動かして抉れた地面から這い出すと、辺りを探るように体を旋回させる。
動作に何か異常を示すものは見受けられない。
まり子の言う通り、ボーイさんの剣は装甲を貫いたところで決定的な一撃にはなり得なかったのだろう。
そんな事を考えている間にも宙に舞った土埃は降り注ぎ、視界は更に明瞭さを取り戻していく。
その中で、僅かに残った土煙の向こうで、ゆらりと動く人影が見えた。
思わず息をのんだ。
その人影はまた、ゆらり、ゆらりと土煙の中でゆらめいて、ゆらめく度にその輪郭をはっきりさせていく。
レムペーゼンもそれに気付いたのか、そのゆらめく人影に差向かって動きを止めた。
『手こずった様ですね』
ゆらめく人影は土煙を脱し、そこに本山の姿となって現れた。
胸がズキリと痛んだ。言わずもがな、ボーイさんの姿を期待していたのだ。
画面の中には本山とレムペーゼンの姿しか確認できない。
本山がレムペーゼンに何かの指示をして、レムペーゼンは再び背中の装甲を開いて羽を広げた。そして羽ばたきによって風を起こし、周囲一帯の土煙を吹き飛ばす。
払われた土煙の中からまず現れたのは、光の環で背中合わせに捕らえられた店長さんとリトルパーシャルさんだった。
本山に捕らえられたのだろう。
光の環は二人の胴体部分に巻き付いて、直立の姿勢で宙に浮かんでいた。捕らわれた二人は共に気を失っているのか項垂れた姿勢のまま身動きひとつしていない。
そんな二人を束ねた光の環は、レムペーゼンに向かって歩を進める本山の後ろを音もなく追従していく。
そして、すべての土煙が払われ、視界が完全に明瞭となったとき、地に伏し流血したボーイさんの姿があらわれた。
再び息をのんだが、まずは、その姿が原型を保っている事を糧に心を落ち着かせた。
「まり子! ボーイさんは?」
生きてるの? と問いたかったのだが、しかしその部分は口に出せなかった。
「はい。恐らく生きていると思われます。呼吸、脈拍および脳波ともに問題なさそうです」
それを聞いて肩の力が抜けた。
最悪の結果にはならなかったのだ。まずは、それだけで良かった。
しかし、本山がボーイさんに向かって歩いているのを見て嫌な気持ちになる。
何とかしたいと思った。
あまり無茶な事をするつもりは無いが、可能であれば店長さん達を助けたい。
いや、僕が横やりを入れるのが結果として「助ける」ことになるのか不明な上、彼らが犯罪者なのであればむしろこのまま連行して貰うべきなのかもしれない。
しかし、何か心に引っかかる。
ここで店長さん達を見捨てた場合、後悔することになる予感がする。
その理由を考えると、店長さん達とはまだきちんと話が出来ていなかった事に気が付いた。
結局、店長さん達は何が目的だったのか、何を思って行動しているのか。僕はそれが知りたいだけなのかもしれない。
そんな好奇心を満たすためだけに行動して良いのだろうか。はっきり言って、今行動して、うまくいって店長さん達を助けられたとしても、自分の得になる事など無いかもしれない。
でも、何か気になる。助けたい。
しかし……、いや、これ以上考えるのはやめた方が良いだろう。
この心の動きが何なのかはわかっている。
行動するための理由を探しているだけだ。
「まり子、店長さん達をこっちへ転送できる?」
「はい。可能ですが、本山さんに追跡される恐れがありますのでおすすめ出来ません」
以前まり子から聞いたのだが、入道相国は「未登録の宇宙船」だそうで、パトロール隊に見つかると面倒な事になるのだそうだ。
「じゃあ転送は無理か」
思えばまり子はレムペーゼンの転送元を追跡できた訳だから、本山もこちらの転送を追跡出来る可能性がある訳だ。
転送を追跡される可能性についてはこれまで意識していなかったが、これは結構重要な事ではないだろうか。今まで何も考えずに使っていたが、これからは気を付けた方がいい気がする。
それは兎も角、ボーイさん達を助ける良い方法はないだろうか。と、考え込んだ矢先にまり子の声が割り込んできた。
「いえ、少し離れた場所にこちらから何かを転送するのであれば追跡される恐れはありませんが。どうしますか?」
-/-
計画はごく単純だ。
素早く接近して、店長さん達を確保して、速やかに逃げる。
人呼んで作戦名「サッとやる」は高度な楽観的思考に裏打ちされた行き当たりばったり戦法だ。非常に男らしくて良さがある。
木立の影から本山の様子を伺いつつ、そんな感じに余計な事を考えてみた。少しでも気分を盛り上げて気持ちに勢いをつけなければ一歩も踏み出せない気がするのだ。
実際、悠長に計画など立てている時間は無く、ぶっつけ本番ですぐに行動しなければならないのだから仕方ないというもの。
状況は悪い。
敵は腐ってもNOK……ではなく「警察機関のようなもの」の構成員で、そうであるからにはそれに充分な訓練を受けた人物であるはずだ。
それに対して僕はただのサラリーマンだ。超文明の遺産が後ろ盾として存在するものの、身体能力的には誇れる部分は無い。ホウ酸団子の事は忘れよう。
その上、今の自分の状態は、心臓がバクバクで、膝はケタケタ薄笑いを浮かべている。こんな状態で何か成し遂げられるとは思えない。
まり子ももう少し手を貸してくれたら良いと思うのだが、基本的にまり子は僕が一人でできる事には積極的に関わっては来ない。何故なのか問うても「管理者ポリシーに反します」としか言わないが、これは人を堕落させない為の対応なのかもしれない。
今回も結構突き放された感じだが、裏を返せばこれは僕一人で何とかできるとまり子が太鼓判を押してくれたとも考えられる。
だからやるしかない。そもそも自分で決めた事だ。
「まったく、こんなものを突き刺して」
本山のぼやきが聞こえてくる。
見ると、レムペーゼンに刺さった剣を引き抜こうとしているようだ。
レムペーゼンは地に伏せており、本山は足を突っ張って引き抜こうとしているが、どうやらビクともしないらしい。
ボーイさんも既に光の環に括られて宙を漂っている状態だ。
充分油断している気がする。
今がチャンスか不明だが、勢いが大切と腹を決めて行動を開始した。
足音を立てぬよう気を使い、静かに素早く歩を進める。
既に軽装甲・枯芒を装着済みの僕は一見ただの不審者だが、その実この格好は暗闇に紛れるには丁度良いのだ。問題があるとすれば、今が快晴の真昼間だという事くらいなので何の問題もある。
いや、理解している。問題があるのは充分理解しているが、性能は確かなので着ない選択は無い。現に、レムペーゼンが備えているであろうセンサー類にも引っかからずに至近距離まで接近できているのだ。
そんな高性能な軽装甲・枯芒だが、光学迷彩的な機能は無いとのことで、極力人目にはつかないように注意したい。
さて、余談はそれとして、最初の奪還目標は店長さんとリトルパーシャルさんだ。
まずは彼女らを甲矢導符の救命領域に避難させる。
救命領域はおよそ大人のヒト一人が収まる半空間で、本来一人用なのだが、華奢な店長さんと小柄なリトルパーシャルさんであれば問題なく収まるとのことだ。
本山はまだボーイさんの剣に手こずっており、こちらに背を向けて振り返る気配はない。
その隙に二人の所までたどり着き、甲矢導符を付けた手を翳して小声で命令を発行する。
「救命領域へ格納」
即座に店長さんとリトルパーシャルさんの姿が消え、後には光の環だけが残った。
順調だ。
後はボーイさんの回収を残すのみだが、救命領域は既に満員なので少々雑な運び方をする事になる。ボーイさんには悪いが、速やかに撤退する為には抱えて走る訳にはいかないのだ。
気付かれない内に早いところ済ませようと歩を進め、同時に横目で本山の様子を伺うと、肩越しに振り向いた本山と目が合った。
【特別付録】高野豆腐の味噌汁 (レシピ)
冬至を過ぎ、夜の冷え込みが骨身に染みる季節となりました。
温かいものをいただいてこの冬を元気に乗り越えましょう。
◆材料(1人前)
1. 高野豆腐 …… 200グラム
2. ねぎ …… 1/4本
3. 水 …… 200ml
4. かつおぶし …… 適量
5. 味噌 …… 大さじ1杯
◆作り方
1. ネギをお好みの大きさに切り分けます。
2. 小鍋に水を入れ、強火にかけます。
3. 鍋の水がよく沸騰したら、味噌、ネギ、かつおぶしの順に投入します。
4. 味噌がよく溶けたら、高野豆腐を投入します。
5. 火を弱火にし、10分間煮込んだら完成です。
◆おいしく作るコツ・注意点
かつおぶしが硬くて歯が立たない場合、鍋に投入する直前に削ると食べやすくなり、また香りがよくなります。




