1.15. ざくろの味
突如として七十二番格納庫に現れたその建造物は、平たく言うとコンクリートの塊だった。
リアス式海岸的に言うと、砂礫や土の隙間からうっすらと鉄筋コンクリートの壁面が見え隠れする目測で立方三十メートル程度の巨大なつくねだ。
齧れば歯が折れるだろう。
問い:これは何か?
回答:例のキャバクラです。
脳内で謎の問答が行われたがそれはいい。
視線をつくねの上端に向けると、いつぞや目にした建造物がそびえ立っている。正しく、あのキャバクラが入っていた雑居ビルの地上一階部分だ。つくね部分にはビルの地下フロアが収まっているのだろう。
「えーと、こんな事になるとは思わなかったんだけどね」
果たしてあのビルの二階から上はどうなったのだろう。土台部分だけここに有るのだから、元の場所には土台の無いビルが建っていることになる。つっかえ棒でも立てたのだろうか。まさか宙に浮いている訳にもいくまいし。それとも、だるま落としの要領でズガーンと下に落ちたか。
「この地下の部分に敵性体の拠点があるようです。半分に切ってみますか?」
「いや、それはちょっと……」
流石にあんまりではないだろうか。
とは言え、確かにこれを依頼したのは僕だ。
モノの弾みで「いっそ今から乗り込んでやろう! いや、むしろこっちに呼び出すか!?」とか言ってしまったのが運の尽きか。某ハンバーガーチェーンのマスコットキャラクターである赤アフロが「お前が中に来い」と言っているバカ画像を思い出したのがまずかった。
「てか、こんなのを丸ごと持ってきて大丈夫なの? また半空間に飛ばされたりしない?」
「はい、問題ありません。電力の供給は絶ちましたし、発電設備も無いようなので、頑張っても大した事は出来ないでしょう。爆発物の類も無さそうです。安全ですよ」
何というか、運が尽きているのは相手の方かもしれない。
それにしても、相手方の素性が不明なのに思い切った事をしたと思う。
まり子が言うには「彼らは非合法の天体狩りの類かもしれません」だそうなのだが、それは単なる予測であって確証がある訳ではない。
ちなみにプラネット・ハンターと言うのは、金になりそうな天体を見つけて売り払う商売の事だそうだ。様々な面倒臭い条件をクリアーすれば一応合法な商売だと言う。もっとも、どこの法律で合法なのか知らないが。
そして「非合法の」という接頭語が付いた場合はその名の通り非合法で犯罪で悪徳なのだが、こちらはハンター等と呼ぶより侵略者と言った方が正しい気がする。
「合法」な方は、主に知的生物の存在しない未開の天体(惑星に限らず)を調査し、そこに存在する環境や資源を地道に計測・採取してレポートに纏め、正規の手続きに従って接収し売却する。
それに対して「非合法」な方は、主に知的生物の存在する「ある程度文明の進んだ惑星」をターゲットにし、力ずくで接収して裏ルートで売却する。
当然、文明の進んだ惑星ならば、資源を採取する施設も労働者も最初から存在するので、未開の天体をひーこら開拓する事に比べると色々と手っ取り早い。
道徳的な抑止力のぶっ壊れた御仁共からすれば、そういった非合法のプラネット・ハンターが扱う「商品」はサッカリンの汁でしかなく。困った事だが、それなりの需要があるらしい。
広大な宇宙の其処此処では、非合法のプラネット・ハンターとそれを取り締まるパトロール隊のいたちごっこが延々と続いているそうだ。そして、資源を搾取され続ける奴隷の惑星が度々発見され、ニュースになっているという。
これらは全てまり子から聞いた話でしかないのだが、壮大過ぎてなんとやら。宇宙規模の犯罪者というのは外道さも宇宙規模だという事か。
若干話が逸れたが、あのつくねの中に居るであろう店長さんやパーシャルさんは、そういった宇宙の彼方からやってきた外道かもしれないのだ。
まぁ、何もかも予測で「かもしれない」ばかりだが、一応辻褄は合っている気がする。
クラミン先輩に連れられてあの店に行った次の日、店での事を覚えていたのは僕だけだった。酔っ払い共の記憶力などそんな物かと思ったが、よくよく考えれば明らかに異常だ。店に行った者は全員口をそろえて「楽しかった」と言うのだが、何が楽しかったのかを問うても明確に答えられないのだ。
あれは、何かしらの手段で店に訪れた者の記憶を操作していたに違いない。そして、店に来た者から「楽しかった」以外の記憶を消して、店内の情報が外部に漏れるのを防いでいるのだろう。恐らく、あの店内には外部に知られては不都合な何かがあるのだ。
それで真っ先に思い出すのはパーシャルさんだ。
パーシャルさんは僕の目の前で「変身」した。一時はあんな非常識な事がある訳がないと「手品か何かだ」と結論付けたものだが、今になって考えて見れば、そもそも自分が「入道相国」だなんていう非常識の塊を所有しているのだ。何しろ宇宙は広い。探せば変身くらい朝飯前でやってのける異星人が居てもおかしくないだろう。
侵略者か否かは不明だが、パーシャルさんは異星人である可能性が高い。と言うか異星人で確定だと思う。全体的に紫色っぽいのは染めている訳ではないのだろう。店長さんやボーイさんの見た目に変なところはないが、ひと皮剥くとシ○・ミードデザインだったりするのだろうか。なんだか怖いから考えない事にするか。
順調に話が逸れまくりだが、そういう訳で彼ら(または彼女ら)がプラネット・ハンターでなくとも、一種の侵略者だと考えれば色々説明がつく。
例えば、彼らが「潜伏して悪事を働くタイプの侵略者」であれば、当然目立つのは何としても避けたいはずだ。原住民の生活に溶け込んで、現地の通貨を稼ぎつつ情報を集め、じわじわと社会を侵食していくパターンだ。気の長い話だが、ごく少人数で結成された犯罪集団であれば、そういった手段を取るケースもあるらしい。
そして、まり子の調査によって、彼らはごく少人数で行動している事が判明している。
状況証拠としては充分なのかもしれない。
彼らが地球を狙っているのだとすれば、その障害となりそうな人間は排除しようとするだろう。そして、これまでに二回、彼らは僕の排除に失敗している。
一度目のホウ酸団子はショボかったが、二度目は「半空間に閉じ込める」等という随分と思い切った手を打ってきた。それだけ僕を危険視しているという事だろう。
まり子によれば、彼らの持つ技術レベルは入道相国に及ばない。彼らは未だ入道相国の存在に気づいていない。そして恐らく僕を半空間に閉じ込める試みが失敗した事実にも気づいていないらしい。
それを聞いて、勝負に出ることにしたのだ。三度目の機会を与えるつもりは無い。その前にこちらから仕掛けるのだ。
今、この局面において僕は優位に立っていると思う。しかし彼らが追い詰められた時、どんな手段を取るかわからない。彼らからすれば、僕という存在は得体が知れないだろう。もしかしたら、僕の事をパトロール隊だか何だかの関係者だと勘違いしているかもしれない。そうした状態で追い詰められたとき、彼らはどういう行動に出るだろうか。自棄になられて自爆される可能性もあるかもしれない。まり子は安全だと言ったが、どんな時でもイレギュラーは発生する物だと思う。
だから、ここからは慎重に対応していきたい。
先の船場山との一件で対話の重要さが骨身に染みたので、今回はその教訓を踏まえ、まずはしっかりと対話するつもりだ。
対応を誤れば海を渡る羽目になるのだから。
「それでは、こちらをどうぞ」
「ん? 何これ? メガホン?」
いつの間にか背後に控えていた謎の台車に、電子式のメガホンが一つ乗っていた。これを使って呼びかけろという事か。
拾い上げてみると中々手に馴染む。
「あー、てすてす」
しかし、トリガーを引いて声を出してみるが拡声されない。その代わり、メガホンを持った手にビリビリとした振動が伝わってくるので、何かしら動作してはいるようだ。
……等と考えていた矢先、向かいの方で「ビシビッシィィ!」とか「バキパキッ!」の様な音がしたかと思えば、次の瞬間には「バーン!」と盛大な破裂音が轟いた。
咄嗟に顔を背け、腕を上げて目を庇うと細かな破片がバリバリと降り注いでくる。
それが収まって視線を戻すと、つくねの上側三分の一ほどが砕け散っていた。
円く抉れたその部分は見事な空洞になっており、いつか見たキャバクラの店内とその下にある地下室の一部がさらけ出されている。
「え?」
思わず疑問の声が漏れたが、直後に空洞から店長さんの頭がニョキッと生えて疑問の声を復唱した。
「え?」
久しぶりに見た店長さんは、目を丸くして口をぽかんと開けた締まりのない表情をしており、以前会った時のスゴみは半分も感じられなかった。
それはまぁ、こんな状況になっていれば間抜け面を晒すのも仕方がないのかもしれないが、そこはかとなく残念さが漂っているのが何ともいたたまれない。
そして互いに見つめ合ったまま硬直していると、店長さんの背後から追加で顔が二つ生えてきた。ボーイさんとリトルパーシャルさんだ。二人とも店長さんと同じ表情なのが何とも不気味に見える。
「あっ、どうも」
思わず間抜けな挨拶をしてしまったが、こういう時何と言えば良いのかサッパリわからない。
「あっ、ハイ、こちらこそっ、どうも」
思わず出た愛想笑いに、店長さんは若干引きつった笑顔を返してくれた。
-/-
急須に番茶を大匙二杯程投入し、テキトーに電気ケトルで沸かした熱湯を投入する。そうしてしばらくの間を置き、茶の成分を充分に抽出させた後、用意した三つの湯呑にローテーション方式でドボボと注ぎ込む。
なぜか畳の香りがする。
「粗茶でございます」
まだ小さかった頃「粗茶」という種類のお茶が存在すると思い込んでいて、「粗茶が飲みたい!」と親にねだった事がある。親に会うと未だに弄られる嫌な思い出だ。
「ありがとうございます」
「ああ、どうも、ありがとうございます」
「これがソチャですか。私にはゴミの浮いた黄色い水にしか見えませんが、まさかこれを飲ムグッ」
順に、店長さん、ボーイさん、そしてパーシャルさんの反応だ。
パーシャルさんが唱えた毒舌は、店長さんが咄嗟に口をふさいだ事により不発だった。
さて、ここは日本の某所に再建された僕の家にある一室、その名も「リビングダイニングキッチン」だ。世間では一般的にLDKと略される。直訳すると「生きている食事中台所」となり意味が解らない。
結局、あのつくねの中に居たのはこの三人だけだったので、そもそも広い空間は不要であり、この七畳程度の部屋で問題ない。
三人をここに連れてきたのは、まぁ、一言で言うと何となくだ。七十二番格納庫の物々しい雰囲気が嫌だったというのもあるし、丁度まり子から「再建が完了しました」と報告があったのも理由の一つだが、実の所深い意味は無い。
まぁ、何処とも知れない異様な場所(七十二番格納庫)よりも、麗らかな陽が射しこむパッと見普通の住宅の方が話はしやすいだろうとは思う。
「さて、色々と気になる事はあるんですが」
四人掛けテーブルの向かいで窮屈に座っている三人を見ながら席に着き、言葉を落とす。
しかし、続く言葉が思いつかない。
どこから切り込めばいいのだろう。いっそ初手から「何故僕の命を狙うのですか」みたいに核心部分をズバンと突けば良いのだろうか。
いや待て、店長さんとボーイさんの緊張を解くのが先決かもしれない。何やら顔色が真っ青で全身が小刻みに振動している状態なのだ。あれでは穏やかに対話できる感じではない。
緊張をほぐすために、何か当り障りのない世間話でもするべきか。
「そうそう、この間いただいたベーコンですが、とても美味しかったです。どうもありがとうございました」
丁度、先程朝食にしたのだが、甘みのある脂と香ばしい赤身が絶妙に合わさった逸品だった。半分以上を船場山に食われたのが残念だったが、それでも腹いっぱいになる程ボリュームもあった。加工肉の取り過ぎは体に悪そうだが、うまいものは仕方ない。
あれは、そこそこお高いベーコンだったのかもしれない。
「え? ああっ、はい! お気に召していただきありがとうございます」
これは、まずかったか。店長さんの顔色が一層悪くなった気がする。やはりホウ酸団子の件を連想させる話題は良くないか。
とはいえ、そもそも店長さんとは関わりが無いので話題にできるネタがない。というか平穏な話題は既に尽きている可能性がある。正真正銘の本格的なザ・世間話の代表格「今日は晴れてよかったですね」みたいな話なら出来るが、あれは気まずさが増すだけなので避けた方がいい。
あと何だったか、昔誰かが言っていたのは「親しくない人と話す時は、政治と野球の話題は避けろ」だったか。どちらも興味が無いので話題に出来ない。
さて、どうしたものか。
途方に暮れていたところ、不意に玄関のチャイムが「ピンポーン」と鳴った。




